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『なんのこっちゃい! Vol,2』🔳🔳🔳🔳🔳 🔳🔳🔳🔳EDO AKEMI & JAGATARA


左/高橋慎一 右/松原研二

松原研二写真展        JAGATARA1980-1990   
松原研二×高橋慎一(映画監督・写真家)Vol.1 4/18(Sat)トークイベント

出演
○松原研二/写真家
○高橋慎一/映画監督・写真家・ライター
 
構成・文◎カスヤトシアキ

『高橋慎一という謎の天然人物』


石神井公園駅の中央口を出ると、すぐ左に『上島珈琲』という喫茶店がある。

僕はそこに初めて入った。

何てこともない店内で、何てこともないアイス珈琲を飲みながら、ガラス窓越しに外の景色を眺めていた。

待ち合わせ時間を少し過ぎた頃だろうか、そのとき携帯が振動したので小さい声で応答した。

「もしもし‥」

「いま、着きました。カスヤさんはどこですか?」

「どこって、駅前のサテンだよ」

「なんでそこなんですか?」

「なんでって!? 高橋くんが指定してきたんじゃないか」

「エッ!? 僕はいま、三宝寺の茶店(ちゃみせ)にいます。豊島屋。待ってますね、ビールでも飲みましょう!」

という語尾が消えかかるのと同時に通話が切れた。
きっと、ビールが運ばれてきたのだろう。

理不尽という言葉はこーゆーときに使うのだろうか?

そう思いながら自転車を三宝寺に向かってこいでいた。頭の中では昨夜遅くかかってきたスマホでのやり取りがよみがえる。夜0時近くにスマホをとると高橋くんの声が遠慮なく脳を震わせた。

「カズさんをクルマで迎えに行ってもらいたいんですが」

開口一番、主語のない言葉が耳に入り込む。

『フールズ』の映画を新宿ロフトで上映するにあたって、ゲストとしてカズを呼ぶということで、千葉にあるカズの家までの送迎を頼まれてくれないかというのだ。ついては、詳細を打ち合わせようということになり、会って話すことになったのだが、

「でも、僕がまったく時間がとれなくて」と高橋くんが言う。

(いや、連絡してきたのはソッチだろう、なのに時間がとれないとはどーゆーこと?という言葉を飲み込んで)

「俺だってないよ!」と言いたいところだが、残念ながら僕は暇だった。

高橋くんは石神井公園駅の向こう側に住んでいる。向こう側というのは北口エリアである。ついでに言えば僕はこちら側、南口のエリアに住んでいる。まぁ、そんなことはどうでもいいのだが、こちら側には石神井公園があるのだ。

ボード池があり、その先に三宝寺池がある。

「三宝寺の豊島屋で飲みましょう」

会うたびに高橋くんはそう言う。豊島屋というのは昭和がプンプンと匂う茶店(ちゃみせ)である。昔の都内の公園には、こういった休憩処が随所にあった。子供相手に駄菓子や魚取り具が売っており、ラーメンや団子、おでんなど、簡単なものを肴にビールなんぞも飲めるのだ。僕が学生の頃は井の頭公園にもあったが、東京都がつまらない役所に成り下がっていくにつれて、こういった都民のいこいは排除されていき、ここら辺には豊島屋一軒になってしまっている。

「じゃあ、豊島屋で会って話そうか」

僕がそう言うと、

「でも、僕がまったく時間がとれなくて」という先程の言葉のつなぎとなる。

「駅前にある『上島珈琲』まで来てもらえませんか?あそこなら僕も次の約束に出向きやすいので」

と、高橋くんが言うので、

「わかった、何時にすればいい?」

という会話をもとに『上島珈琲』に居た僕はちっともおかしくないと思う。

そんなことをブツブツと呪文のように呟きながら、まるで親しいペテン師にでも会うような気分で豊島屋に着き、茶屋の近くに自転車を停め、駄菓子を売っている店員に軽く会釈をしながら進むと、屋外の陽だまりの中に高橋くんが居た。簡易的なテーブルで瓶ビールを飲みながら、穏やかな笑顔をコチラに向けている。

「此処はやっぱりいいですね、僕は好きだなぁ」

半径2メートルくらいに寄った時点で、まるでロバート・ハリスのインターFMのゲストにでも出ているかのような口調で、彼はそうのたまった。

席につくなり僕は、いや、俺は言ってやった。

「上島珈琲店じゃなかったのかい?」って。

すると、高橋くんは満面の笑顔で、

「でも、此処の方がカスヤさんの家からすぐだし、いつも来ようって言ってたじゃないですか」

「いや、でも、それだったら」

と言う僕の会話をさえぎるように高橋くんからビールを注がれ、茶屋の店員から「今日は何にします?」と聞かれ、頭上でカラスが“カァ”と鳴いた。

「まぁ、一杯いきましょう!今日はホントにいい天気ですね!」

と、言う高橋くんの会話に乗る頃には、僕の心はすっかりと公園の緑の中をヒラヒラと流れ、あっという間に過ぎ去った人生の景色を懐かしむかのような波長になっていたのだ。

「いい天気だね」

そう返しながら空を見上げる。

頭上にはまださっきのカラスが、物欲しげに舞っているのが映った。

『キューバの映画を製作中の高橋大監督』


松原/今日はありがとうございます。キューバの映画を制作中の高橋慎一大監督です。今日はお忙しい中、無理を言って来ていただきました。高橋さん、ありがとうございます。

高橋/松原さんの『じゃがたら』関連のお誘いだったから、何が何でも駆けつけねばという思いでやってまいりました。

松原/ 今、新作映画を撮っていらっしゃるんですよね。

高橋/新作映画、『ハバナの奇跡』というキューバ音楽をテーマにした映画を作りまして、いま、モーションギャラリーでクラウドファンディングというのをやっておりまして。 これがですね、お金が集まらないと仕上げられないという大ピンチに立たされてまして、ちょっとばかり同情心を持っていただける方は、『モーションギャラリー・ハバナの奇跡』って検索してみてください。1000円からクラウドできるんで、なんとか皆さんに助けていただかないと、どうにも立ち行かない状況です。 よろしくお願いします。

松原/完成楽しみにしています。

高橋/楽しみにしてください。

松原/わかりました。来年ですね。

高橋/来年に完成します。

ハバナの奇跡 予告編

「『サザン』から『じゃがたら』へ、“貧乏”から“パンク”へ」

 
松原/僕はもうここで散々喋っているので、今日は聞き役でいこうと思います。何年生まれですか?

高橋/僕は 1969年生まれです。

松原/69年生まれというと『じゃがたら』 に出会ったのは後半の盛り上がっている頃で、その頃ファンになったというか、そういったきっかけを前にちらっと聞いたことがあるんですけど、あの、確かお姉さんがきっかけだったと・・・。

高橋/そうなんです。もともとウチはすごい貧乏でして。それも、ちょっと滅多にいないレベルの貧乏だったんですね。 高校生のとき、家に電話がなくて、一番近所に住んでいる奴が、電話連絡を自転車に乗って教えに来てくれるっていうレベルの貧乏で。父親は八百屋をやっていたのですが、それが(店が)潰れて、ついでにヤクザのノミ競馬とかにもハマっちゃって、かなり太い借金を街金とかヤクザからしちゃって、挙句に家を取り上げられて、もう毎日その手のヤクザとかも家にやってくるようになっちゃったんですね。そんなんで、すさまじい貧乏になって、電話の権利とかも取られてしまったんです。そんな日々の中での僕は、勉強も運動も何もできないクズみたいな中学生だったんですけど、僕には姉がいて、姉は僕とは反対に成績優秀で、スポーツ万能で、全てが真逆の立派な優等生だったんです。だけど、家庭環境がそうなって急変したときに突然パンクスになっちゃったんですよ。

(会場大爆笑)

松原/いきなりパンクに・・・・。

高橋/そうなんです。中学生の頃の僕は『サザンオールスターズ』のファンだったんですね。 優等生の姉もサザンが好きだったんですけれど、その姉が「Never mind the bollocks」を突然、聴き出しちゃって、もうなんか、ひとたまりもない。あっという間にパンクスになった姉ちゃんから「お前もこれを聴け!」って言われて、『セックス・ピストルズ』の「勝手にしやがれ」っていうレコードを、それも姉がアルバイトで買ったテクニクスの安いプレーヤーで聴かされた。それで僕も、いや俺も、「俺が求めていたのはこれだ!」と思ってパンクスになったんです。

[和訳] Anarchy In The.U.K - Sex Pistols

松原/その時は中学生?

高橋/高1です。で、パンクスになった俺は、姉に教わった『ガーゼ』っていうバンドのライブとかに高1から通い始めるの。16歳の時から。

GAUZE ガーゼ 面を洗って出直して来い 歌詞

高橋/でも、それからすぐに姉が、今度は『じゃがたら』のファンになっていて、「『じゃがたら』を見なきゃいけない」って、「アケミさんのメッセージを聞かなきゃいけない」って言いだしたんです。それで『君と踊り明かそう日の出を見るまで』というレコードを買って。そのライナーノーツを読んだとたんに、僕の頭の中はすっかり江戸アケミさんに洗脳されて、アケミさんの言うことが全てみたいになって、江戸アケミが正しくて、もう他のことや学校の勉強とかもどうでもよくなってきたときに、今度は映画の発表記念の渋谷のライブ(渋谷ライブインLIVE)、あれに姉が僕のことを連れて行ったんです。「絶対にこのライブは見なきゃいけない!」とか言って。

BIG DOOR 23nov.1983

 

松原/お姉さんはいくつだったの?

高橋/姉は2つ上です。それで僕、その時は映画監督を目指していて、それで山本政志監督のことは知っていたんですね。『じゃがたら』と全く別のチャンネルで、『ぴあ』で当時掲載していた自主制作映画が自分の中ではすごいブームで、石井聰互(現/石井岳龍)監督とか山本政志監督に、『じゃがたら』とは別個のチャンネルで憧れていて。 “あっ!山本政志督が『ロビンソンの庭』という映画を撮るのか” っていう認識だったんです。その時の僕は高校2年生です。高1の頃からかなりディープな自主映画を見に、法政大学の学生会館とかに行っていたんですね。 だから山本監督と『じゃがたら』っていうチャンネルがすでに繋がっていて、だから、姉が「絶対にこのライブを見なきゃいけない」って言って、僕のチケットも買ってくれた時は嬉しかった。喜んで見に行きました。

ロビンソンの庭/町田町蔵・江戸アケミ・オト・ナベ・田口トモロヲ・溝口洋・他/出演

Rocks Off

 松原/あれはもうすごかったですよ。アケミが完全復活した一発目のライブで。

高橋/そうですよね。

{君と踊りあかそう日の出を見るまで} 1. タンゴ 2. BIG DOOR 3. 岬でまつわ 4. BIG DOOR 5. 少年少女 6. HEY SAY! 稲生座/高円寺

松原/お客さんがもうすし詰め状態。だから、わざわざ前の方のお客さんの通り道を作って、スタッフが(挟まって身動きができないお客さんを)引きずり出して。

高橋/知っています。『町田町蔵と人民オリンピックショー』がフロントアクトで、休憩のあとで『じゃがたら』が始るという素晴らしい瞬間でした。幕間に山本監督が出てきて、暴れている客に「てめえら、もういい加減にしろ!死人が出るぞ!」みたいな感じで。その『じゃがたら』のライブが僕にとっての初体験なんです。ハイ。それ以降は、関東エリアで行われたライブは、全部見ているんじゃないかと思います。さすがに地方とかは高校生なので行けなかったんですけれど、本屋でアルバイトして、アルバイトで稼いだお金は全て『じゃがたら』に費やしています。

町田町蔵

 松原/なんでそこまで・・・。

高橋/なんでだろう・・・。

松原/曲が気に入ったとか、アケミのキャラに惹かれたとか。

高橋/両方ですね。まず八木康夫さんが書いた『君と踊り明かそう日の出を見るまで』っていうレコードのライナーノーツを読んで、本当にしびれて、こんなにもロックというのは人間の本質、人間が生きるということの本質を伝えることができるのか、と。今まで『サザンオールスターズ』とか『アルフィー』のために使った時間とお金を返して欲しいって思ったんです。だから、僕はもうこれからは『じゃがたら』だけを聴いて生きていくというぐらいの思いで、完全に八木康夫さんや山本政志監督やアケミさんに洗脳されている状態ですね。

松原/じゃあレコードとライブが同時に・・・・。

高橋/ほぼ同時でした。『CSV渋谷』っていうレコード屋で『君と踊り明かそう日の出を見るまで』を買うんです。音楽を聴く前にライナーを何回も読み返して。そこでもう音楽を聴く前から『じゃがたら』のファンになっていた。

松原/ 『じゃがたら』のライブ盤ってあまりないんですけど、あのアルバムに入っている『タンゴ』を聴いてら背中がゾッとする。

タンゴ

 高橋/わかります。針を落として聴いた時のことはよく覚えています。演奏が始まって、歌がなかなか始まらなくて。でもその演奏が、バンドの演奏が何か大切なことを僕らに訴えているっていうことが、高校生だった僕にでもでもわかって、本当に素晴らしいと思いました。これは何かとてつもなく大切なメッセージだと、音楽が音楽であることをやめてしまって、なんか他の違う何かになってしまったような、もうああいう経験はそれまでも、それ以降もあまりしたことがないというか。

松原/『じゃがたら』のライブの中でも、あれはちょっと伝説的なんだよね。まぁちょっと、アケミがイっちゃってるっていうのもあるんだけれど、確実に何かがメンバーにも降りてきたみたいになって、オトが「デロデロ〜」って言った途端にゾッとするんだよね。

高橋/そうですね。

松原/『タンゴ』のは、いろんなバージョンがあるけど、僕は一番最初の『ラスト・タンゴ・イン・ジュク』と『君と踊り明かそう日の出を見るまで』のバージョンが良いと思っているんだ。

高橋/そうですね。 何でしょうね、あれを聴いて、本当になんというか、音楽で得られる感動とは別種のサウンドを聴いたみたいな、元気が出て明日からも頑張るぞ!とか、そういう面白いメロディも含めて、メロディを聴いて心が癒されましたとか、なんかそういうんじゃないんだけれど、人間が生きることの本質をガッ!と掴んで、それを目の前にバッって出されたような、ああいう経験というのは、本当に何でしょうね。

松原/うん、滅多にないです。音楽聴いて背中ゾクゾクするっていう経験はあんまりできないんですよね。

『20歳(ハタチ)のときアケミを亡くした』


 高橋/そうですね。アケミさんが死んだ時、僕は20歳だったんですけど、その時に僕はレコードを300枚ぐらい持っていたんですよ、もうすでに。それをアケミさんが死んだ時に全部高田馬場のタイムに売りに行って、「もう音楽は聴かない」って。「アケミがいないなら音楽を聴く必要もない」と思って。『じゃがたら』の『君と踊り明かそう日の出を見るまで』と、『フールズ』の『WEED WAR』と『友川カズキ』の『無惨の美』の3枚だけ残して、それ以外のレコードは全部高田馬場のタイムに売っちゃったんですよ。これからの一生、音楽はこの3枚だけ手元にあればいいやと思って。そこからまた音楽というものに復帰するまで、すごく時間がかかったと思います。

MR.FREEDOM (Remastered)

友川かずき「無残の美」

松原/やっぱ、アケミがいなくなった時は、みんながちょっとおかしくなるぐらいのショックで。ナベちゃんが一番大変だったんですけどね。あの、ちょっと話が変わりますけど、高橋君はアケミが最後にバトンを手渡したある種の人間だと思うんですよね。何故かっていうと、アケミから電話がかかってきた話を『P-VINE/ピーヴァイン』から出た『じゃがたら本』に書いていただいて、僕はあの話がすごい好きで、ちょっとその話をしてもらってもいいですか。

別冊ele-king『じゃがたら──おまえはおまえの踊りをおどれ』

 

『江戸アケミからの突然の電話』

 

高橋/アケミさんから突然に電話をいただたんです。そのとき僕はまだ高校を卒業して、日雇いの仕事をしているときで、高田馬場の公園にトラックが来て、現場に連れてってもらったりするような仕事とか、高層ビルの窓ふきの仕事とか、まぁ、お金がなくなったらやって、あとはアパートでゴロゴロしているっていう生活だったんですけど、そこに電話がかかってきて、電話に出たらいきなり「江戸アケミです」って!「ええええ!っ」てなりますよね。「あのアケミさんですか?どうして僕の電話番号を知っているんですか?」って聞いたら、「お前は新宿ロフトのアンケート用紙に電話番号を書いただろ」って。「ああ、書きました」って。

松原/アンケート用紙に電話番号を書いたから電話してきたんだよね。

高橋/電話番号と『じゃがたら』に対する思いを書き連ねたと思うんですが。

松原/それを聞きたかったんだ。なんて書いたの?

高橋/覚えてないですね。

松原/アレッ!? 覚えてないのか。それが聞きたかったのにな。

高橋/すみません。

松原/数あるそのアンケート用紙の中から、なぜアケミが高橋くんのアンケートに興味を持って電話したのかっていうのが知りたかったんだよ。

高橋/不思議ですよね。考えてみたら。

松原/・・・・・っていうかね、アケミはね、そもそも電話魔で、アケミから電話がかかってくると、ダジャレ攻撃に散々付き合わされることになるんだ。っていうか、ダジャレを思いついたら誰かに電話せずいられなくなるっていう癖がある。まぁ、寂しがり屋なのかもしれないけどね。

高橋/そうなんですか。覚えてないですけれど、多分、すごく情熱的なことを書いたんじゃないでしょうか。

松原/今日の話みたいに、自分の境遇とか、そういうことではない?

高橋/そこまでは、そこで(ロフトのアンケート用紙にわざわざ自分の境遇を)書かなかったと思うんですけど、かかってきた電話では(境遇の)話をしました。

松原/そう。

高橋/そういえば、「なんでお前は日雇いの仕事をしているんだ?」と電話で聞かれましたね。ってことは、アンケート用紙に“日雇いの仕事をしてます”とか、“無職”とか“無職で19歳”とか書いたかもしれません。

松原/そうか、だから電話したのかもな。アケミはやっぱ、社会の底辺で生きる人たちに対しての眼差しがすごく温かい。

高橋/そういえば、僕は本当に底辺でした。それで電話をくれたのかも知れませんね。

松原/寿町のライブでも、あれも伝説的なライブなんだけれど、土方って言っちゃいけないんだけれど、土方のおじさんたちがさ、もう『じゃがたら』の音をガン聴きして、“ジェンカ”を踊り出すっていう。“ジェンカ”って知ってる?

ジェンカ

松原/前の人の背中に手を置いて、足を上げたりして踊るダンス。それを土方のおじさんたちが踊り出した。アケミは「土方を土方って言って何が悪いんだ。俺も土方だ!」って言っていたけどね。

NYタイムズスクエアでフィンランドの民謡ジェンカを踊ってみた

高橋/僕が日雇い労働の仕事をしているっていうんで、アケミさんが現場を紹介してくれて。「俺が信頼してる現場監督がいるんだ」っていうことで、矢沢さんっていう現場監督なんだけど、「矢沢さんの電話番号をお前に教えてやるから、お前がどうしても金がなくなったり、仕事にあぶれた時は、矢沢さんに電話すればいい」って。

松原/そのとき、アケミも肉体労働をやっていたんですよね。メジャーデビューしてからも、肉体労働を続けていた。

高橋/そうなんですよね。それで僕の境遇とかに、アケミさんなりの知的好奇心をくすぐられたかもしれないです。

松原/ああ、そうかも知れない。

高橋/そのとき、僕が冗談で「アケミさん、いくら『じゃがたら』の動員が少ないからって、僕みたいな末端のファンにまで電話攻勢なんかしないでください」って。そうしたら「俺は電話を切る」って言うんですよ。「俺がそんな理由でお前に電話したと思ってんのか」って、冗談が通じない。だから「嘘です、冗談です」って言ったんです。「アケミさんとお話したいです」「お前が話したいなら俺も話しをしよう」みたいになって、2時間くらい話しました。

松原/2時間!?

高橋/「お前のアパートの本棚にはどんな本が並んでる?」って聞かれたのを覚えています。「手塚治虫先生の火の鳥のシリーズが並んでいます」って答えると、「何巻だ?」って。「全部あるんですけど、特に鳳凰篇が一番好きです」って。すると、「ああ、お前は手塚が好きなのか、俺も好きだったけど、今の俺はそんな気分じゃない」って。 「もうっ、火の鳥は読み終わった」って。アケミさん、嘘をつかないんですよ。だから本当に嘘をつかない人だなぁって思って。

松原/あぁ、そう・・・。

火の鳥鳳凰編

高橋/あと何を聞かれたっけな?「お前、小説読まないのか?」って聞かれたので、「武田泰淳が一番好きな作家です。武田泰淳の『富士』っていう本が一番好きな小説です」と答えたんです。『富士』って、精神病院が舞台で、小説の途中に精神疾患の症例がバーって書いてあるところがあるんですよ。確か泰淳の無機質な文章で、書いてあるんですけれど、あそこがたまらなく大好きだってアケミさんに言ったら、アケミさんさんは「難しい本を読んでるな」っと。

武田泰淳

松原/いや、でも、アケミも結構難しい本を読んでいたような・・・。

高橋/あっ!、そのときも言っていました。「俺はこう見えて、実はインテリなんだ」って。

松原/こう見えて(笑)。

高橋/こう見えて(笑)。「お前はまだわかんないかもしれないけれど、実は俺はこう見えてお前に負けないぐらい芸術とかを色々と見聞きしているんだ」みたいな。なんでそんな話になったかっていうと、「お前は土方とかやっていて、将来の夢とかはあるのか?」って聞くもんだから、「はい!映画監督になりたいと思っています」って言ったら、「映画監督か、まさかゴダールとか難しいこと言うんじゃねえだろうな」って言うもんで。「ゴダールはあんまり好きじゃない」と答えると、「じゃあ、誰が好きなんだ?」と言うので、「一番好きな映画監督はルイス・ブニュエルです」って言ったら・・・。

松原/ルイス・ブニュエル…。

ゴダールによるヌーヴェルヴァーグの最高峰!映画『気狂いピエロ』予告編

ルイス・ブニュエル

高橋/「実はな、俺もこう見えて『欲望の曖昧な対象』とかを見てるんだぞ」って言うんですよ、アケミさんが。「アケミさんもブニュエルがお好きなんですね」ってことになって、ブニュエル談義になって、延々と続いたんです。

欲望のあいまいな対象

松原/アケミがいかにも言いそう。

高橋/「こう見えて俺は、ルイス・ブニュエルも知ってるし、難しい本も読んでいるし、お前に負けないぐらいの知識は持っているつもりだ」って。

松原/アケミが死んだ後、家に行ったら、社会心理学の本が何冊もあって、そこにいっぱい書き込みがしてあるんだ。大学関係の書だったのかもしれないけれど、とにかく何冊もの学術書があった。山本(山本政志大監督)はね、「アケミは単なるバカだ」って言うんだけれど、山本が一番アケミのこと知っていて、アケミはね、本当はめちゃくちゃ頭がいいんですよ。でも、アケミは自分がそう思われるのが嫌で、わざとバカなMCばかりステージで言っていて。その落差が面白いんだよね。

高橋/そういえば、アケミさんと話した内容で、すごく重要なことを今思い出しました。アケミさんに「何か質問してみろ」って言われたので、「アケミさんがアイドルの人から作詞作曲を依頼されたらどうしますか?」って聞いたんです。そうしたら、「俺はそのアイドルの出ているテレビドラマとか歌番組を見て、ああ、面白いやつだなと思ったら、そいつに作詞もするし作曲もする。でもあんまり面白くないやつだなと思ったら、どんなに金積まれても書かない」って言いました。「アイドルとか肩書きとかは関係ない。そいつが面白いやつかどうかしか見てない」って。それがアケミさんらしいなと思ったんです。

『江戸アケミを神格化してはイケナイ』

 

松原/まぁ、アケミはそうだろうな。あまりアケミを祭り上げてもなんなんだけれども、山本は(アケミを)神格化するなと言うけど、やっぱり、ある種の伝説にはなってしまう気がする。

高橋/そうですね、若くして亡くなって、それからもう36年経つっていうのもありますけれど、神格化ではないですが、やっぱり伝説にはなりますよね。山本監督からは、そう言う意味で僕もよく注意されますけど。

松原/この間も(山本大監督とのトークショーを)やったんですよね。 山本は、まぁ、一番にアケミのことを解っているから。だから、気持ちとしてはさ、やっぱりアケミはすごいやつだったんだってことを知った上で言っているんだよね。で、またひょっとしたら『じゃがたら』が再評価してもらえるんじゃないかっていう。 だから僕が写真集出したり、写真展やったりしているっていうのも、もう一度『じゃがたら』を真摯に受け止めてもらいたいなというのと、まあ、これからの新しい世代の人にも知ってもらいたいなという気持ちがある。『じゃがたら』を知らないなんて、もったいないじゃないかっていう。そういう気持ちですね。

高橋/不思議なんですけれど、アケミさんが亡くなってからもう36年経つんですけれど、いま、57歳になった僕が映画を作ったりする時、いろんな決定をしなければいけない時とか、映画を仕上げる時の判断をしなきゃいけない時に、“アケミさんだったらどうするかな”というのを考えることがあるんです。

『ブエナ・ビスタ』超えるグルーヴと感動!音楽ドキュメンタリー映画『キューバップ 

松原/僕はそういうのは考えないんだけれど、『じゃがたら』から受け取ったものは、やっぱり出していきたいなっていうか、伝えていきたいなと思いますね。あとは死ぬまでにもう一回、『じゃがたら』の大勢・大人数のライブを見たいなって思う。 そのためだったら何でもやりますって言っているんだよね。

(会場大拍手)

高橋/一番最近出た松原さんの写真集の前置きで書かれていたじゃないですか。アケミさんやナベさんや篠田さん、『フールズ』の伊藤さんとかが先に逝ってしまったけれど、俺はもうちょっと生きて(当時のシーンを)伝えていくという文章、僕はそれを読んで非常に心に響くものがあって。やっぱり『じゃがたら』を見てしまった者として、普通だったら出逢わないはずなのに、いろんな運命のいたずらでアケミさんと出会い、そしてもう本当にどん底の時に全てを『じゃがたら』に支配されて。松原さんがこの前、僕の個展に来てくださった時に、僕の高校の時の友達も38年ぶりに会いに来てくれたんですけれど、その時にそいつに、「高校生の時からお前は口を開けば江戸アケミと黒澤明の話しかしなかったよな」と言われて、「お前は全然変わってねえな」と言われて、“そうか”と改めて思ったんです。何の成長もなく、高校生の時から40年ぐらい同じことをし続けてる人生ってことなんですよね。

松原/一度好きになったものはずっと好きだっていう話だよね。

松原/あのぅ、ちょっと話を変えようか、あまりアケミ信者みたいな話になると山本政志大監督に怒られるから。

高橋/怒られますね。

松原/お前ら、「アケミをカリスマにしやがって」みたいに・・・。

ということで、話が分岐点に差し掛かったところで、今回は終了いたします。なんたって息をつく間もなく話が展開するので、想像が追いついていかないところもありますが、実はこの時点で会場の客席には山本政志大監督がシレッっと現われていまして、静かなる微笑みを演台に向けているのです。さて、それを知ってか知らぬか、松原研二氏と高橋慎氏のスペシャル・トークショーは、いったいどこまでいってしまうのでしょうか?次回をお楽しみにしてくださいませ。

山本政志大監督の静かなる熱い眼差し…!

(松原研二×高橋慎一Vol.1終了▶︎ Vol.2に続きます)


松原研二(まつばら けんじ) プロフィール

1956年静岡県生まれ。日本大学芸術学部卒業。卒業後にジャガタラと出会い、ライヴ写真を撮影。音楽雑誌に発表する。1981年、山本政志監督映画『闇のカーニバル』のスチール撮影担当。以降映画スチール、ミュージシャン、タレント等多数撮影。現在雑誌、広告等で活躍中。

高橋慎一(たかはし しんいち) プロフィール

フィルムメイカー
/フォトグラファー/ライター 

東京工芸大卒。雑誌・書籍・CDジャケット等でフォトグラファーとして活動中。音楽之友社では『ステレオ』誌の撮影を担当、徐々にオーディオへと開眼しつつある。2015年にドキュメンタリー映画『Cu-Bup』を初監督。製作、撮影と一人三役をこなし、日本・キューバ・アメリカ合衆国のスタッフ、ミュージシャンが入り乱れる本作を完成にこぎ着けた。クラウドファウンディング、交通事故の慰謝料、大量に所有していたお宝レコードのトレード、でかき集めた300万円で作り上げた本作は、渋谷アップリンクで半年に渡る異例のロングランヒットを記録した。 2023年、10年かけて制作したドキュメンタリー映画「THE FOOLS 愚か者たちの歌」が完成。全国各地で公開された。現在進行中のキューバの首都ハバナに“ジャズクラブを作るまで”を記録した映画『ハバナの奇跡』は、2027年の完成を予定している。

高橋慎一hp https://takahashishinichi.com

映画『Cu-Bop』hp http://cu-bop.tumblr.com/url 
 

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