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異世界へ続く橋を渡って──京都で視点が変わった夜

 京都国立博物館を後にして向かったのは、鈴虫寺(華厳寺)である。気にはなっていたが土日は混むだろうと思い避け続けていた。今回は平日であったのでようやく足を向けることがかなった。
 電車を降りて目に入って来たのは松尾大社の立派な鳥居である。その迫力を横目に道なりに、そして住宅地の中をしばし歩いて到着。到着して喜んだのもつかの間、目の前には壁が立ちはだかる。石段だ。これを登り切った先に鈴虫寺がある。階段を見てUターンしたい気持ちになるが、せっかくここまで来たのだからと踏み出す。
 階段を登りきると左手にはお地蔵さまが。説話中は門が閉ざされているので、お地蔵さまに見守られながら列に並んで待つ。このお地蔵さまが来てくれるのだろうかと思うと、自然と姿勢が正される。いつもならスマホを眺めて適当に時間を潰すのに、景色を眺めながら蚊を追い払ったりと静謐な空気を贅沢に味わう。
 門が開き、前回の説話を聞いた方々が続々と出て来る。ついにこの時が来たかと、ドキドキしながら門をくぐる。何事も初めてはドキドキしてしまう。
 靴を脱いで部屋へ通されると、さっそく鈴虫の羽音が。こちらの鈴虫たちは私の記憶にある鈴虫より大きく見えた。思えば鈴虫の羽音を聴くのも大分久しぶりだ。ただ庭からはウグイスの鳴き声も聞こえ、いささか脳がバグる。他では決して叶わないコラボレーションであった。

 鈴虫寺を後にし、のんびりと市内をぶらぶらして東本願寺へ。近いと逆に行かなくなるのか、京都駅から近い=時間が空いた時に行けると足が遠のいていた場所である。
 敷地内では観光客の方々が写真を撮ったり休憩したりと、思い思いに過ごしていた。その様子を見て、これが人々の生活に寄り添う寺院の姿なのかなと感じる。
 靴を脱いで建物の方に上がってみれば、寺院らしくないジオラマがあり、気になって見てみる。見れば過去に東本願寺の再建のため木をソリで運搬中に雪崩事故が発生し、死傷者が出たとのこと。こういうのは来なければ知らないことだ。
 なんとなく行った先で、知らなかったことを知る。それもまた旅の醍醐味だ。

 夜は東福寺の夜間拝観へ。東福寺自体、行くことが初めてである。スマホに案内してもらうも時折小雨が降る中、本当にこの道でいいのかと不安になる。東福寺駅から離れるにつれ、人の姿もなくなっていく。
 不安な中で、ぽっかりと現れたのは木製の橋である。薄暗い中で見ると、異世界へ架け橋のようであった。足を踏み入れたが最後、こちらの世界へ戻ってこられるのかわからない。1人であったら先へ進むのを尻込みしたくなるような雰囲気であった。
 だが橋の前で観光客らしいグループが写真を撮っている姿を見て、道案内が間違いでなかったことを確信して大きく踏み出す。橋を越えた先には異世界ではなく、東福寺があった。

 夜間拝観はライトアップだけでなく、神秘的な雰囲気を醸し出す煙や心地よい音楽も流れていた。さほど混んでいるわけでもなく、ゆっくりと自分のペースで観覧できた。紫色にライトアップされ、ちょっと妖しげな雰囲気を放っている立像を見る機会はなかなかないので見ることができてよかった。天井の龍も力強かった。

 禅堂では「スマホで脳波を測定する座禅」というイベントを開催していたようだ。物凄く面白そうで気になったが、夜道が怖くて断念。来る時点で東福寺周辺を歩く人の姿がなかった。時間が経てば、より人の姿も少なくなるだろう。もしかすると時間と闇が深まったことで、今度こそ橋の向こうは異世界につながるかもしれない。

 旅行に出ると、地方は店が閉まるのが早い、外を歩く人の姿がなくなるのが早いと思ってしまう。
 しかし視点を変えてみれば、煌々と明かりがともり、夜でも多くの人が行き交う東京が特殊なのではないかとも思えてくる。東京の夜はゆっくり休むものではなく、仕事や慌ただしく家事をする時間だ。
 旅は視点を変えるのにもってこいなのかもしれない。


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