岡山フィル東京公演のラフマニノフ2番✕2(協奏曲&交響曲)
今回は、昨日行ってきた、岡山フィルハーモニック管弦楽団の東京特別公演の感想をお伝えします。けっこう長文になってしまった・・・
地方オーケストラの東京公演
地方オーケストラ(地方オケ)の東京公演というのは、ときどきある。私も、数年前に群馬交響楽団の東京公演に足を運んだ。このときは、マーラーの交響曲第9番で、なかなかよかった。
地方オケの東京公演など、ホームグラウンドでない都市での演奏会(アウェイ演奏会とでも言おうか)は、何らかの補助金も出ているのかもしれないが、概してお手頃価格である。私が最初に地方オケのアウェイ演奏会に接したのは、札幌交響楽団の京都公演である。地方オケが東京や大阪、京都などの都市部で演奏会をするとなれば、ホームの演奏会とは異なり、聴衆の耳も異なる(概して耳の肥えた聴衆が多いと思われる)ことから、オケも気合が入る。
お手頃価格で、気合の入った演奏が聴けるとなれば、これはもう、おススメである。札幌交響楽団の京都公演も、ブラームスの交響曲第4番を京都コンサートホールに澄んだ札響サウンドを響かせてくれて、新鮮だった記憶がある。

岡山フィルハーモニック管弦楽団とは
岡山フィルハーモニック管弦楽団は、どんなオケかと言えば、
岡山フィルハーモニック管弦楽団は、岡山にゆかりのあるメンバーを中心に優れた演奏者で構成されたプロオーケストラで、岡山シンフォニーホールの完成を機に1992年に設立。
国内外の著名な指揮者・ソリストを迎えて開催する定期演奏会をはじめ、スクールコンサート、音楽鑑賞会、ファミリーコンサート、依頼公演等、各地で数多くの演奏活動を実施し、地域に根ざしたオーケストラとして、音楽芸術普及・向上のために積極的に活動している。
2013年4月より元ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団首席オーボエ奏者にして指揮者でもあるハンスイェルク・シェレンベルガー氏を首席指揮者に迎え、岡フィル強化に取り組んできた。2022年4月からは秋山和慶がミュージック・アドヴァイザーに就任、一層の飛躍を図る。 今後も岡山独自の音楽スタイルをもつ「おらがまちのオーケストラ」として皆様から誇りと愛情をいただける楽団へと成長すべく挑戦を続けている。
ということで、1992年というバブル経済崩壊の直後に設立されたことからも察せられるとおり、景気のいい時代に「俺たちの岡山にもコンサートホールつくって、ついでにオーケストラもつくろうぜ!」みたいな感じでイケイケでつくってみたものの、いきなりバブル崩壊して辛酸を味わうという、就職氷河期世代の我々としては、同情を禁じ得ない歴史があったのではないかと思われる(たぶん)。

販売されていた『むかし吉備団子』(左上、岡山県限定)
ラフマニノフのふたつの2番
今回の岡山フィル東京公演の演目はラフマニノフのピアノ協奏曲第2番と、同じく交響曲第2番。
ラフマニノフのもっとも有名な曲と言えば、ピアノ協奏曲第2番であり、『ラフマニノフの2番』と言えばこの曲を指すのが一般的だが、この20年ほどで交響曲第2番もメキメキと人気を博し、『ラフマニノフの2番』と言えば交響曲第2番、というのもあながち間違いでないくらいの状況になっている。
この人気曲2曲ということもあり、当日の指揮者・尾高忠明のプレトークによれば全席完売とのこと。プレトークは、氏がオーストリア留学時代にカラヤンの当日チケットを手に入れようとしたところ、急遽仕事が入ってしまったという見知らぬ紳士からチケットを譲り受けたという、青春の思い出の話。将来指揮者になる尾高氏にチケットを譲った紳士の思いが伝わる。
ピアノ協奏曲第2番~細部までこだわった名演
ピアノは岡山出身の中桐望。正直、無知な私は「岡山出身だから、ご当地抜擢というだけの理由だろう」くらいに思い、期待していなかった。
しかし、演奏が始まるとその思いは覆された。始まりから非常にゆっくりしたテンポ。この曲は、CDなどで聴くとさも簡単に弾けるかのように優雅に弾いているのだが、ピアニストならば誰でも弾けるという曲ではない。それくらいの難曲。CDなどの演奏時間は概ね35分程度(レファレンス盤のアシュケナージは約35分、作曲者の自作自演が約31分、超絶技巧で知られるアール・ワイルド盤も約31分など)なのだが、このテンポだと35分は軽くオーバーするだろう。作曲者の自作自演のテンポも悪くはないのだが、これはよほどの超絶技巧のピアニストでなければできない技。実演で聴いたことのあるピアニストも35分程度で演奏することが多かった。しかし、35分で演奏するにしても、この曲はあまりにも難しいので、はっきり言って細部はぐちゃぐちゃであった(演奏者は、過去にショパンコンクールで上位入賞したピアニスト)。
そう考えると、このゆったりとしたテンポは、中桐と尾高の「ゆっくりでもいいから、抒情的に細部にもこだわって演奏しよう」という強い意志を感じる演奏だと理解した。
中桐は左肩を大きく出したドレスだったが、冒頭の部分では全身の体重を指に集中させるような大きな動きで、また、途中でも強奏が求められる部分では肩から腕にかけての筋肉がモリっとするくらい強く打鍵しており、相対的に力の弱い女性ピアニストにおいて、ここまでの演奏をするために、アスリート並みに鍛えているのでは?と思わせるほどだった。なお、手元の時計では、演奏開始から終了までの時間は、ほぼ40分だった。
アンコールは、ラフマニノフの『ヴォカリーズ』。後半部分で華やかな編曲部分があり、誰の編曲かと思ったらゾルタン・コチシュ(ハンガリーのピアニスト)の編曲だった。ちなみに、コチシュの2番は以前書いたが、作曲者の自作自演並みに早い!
交響曲第2番~低音楽器に注目!
この曲を生で聴くのは初めて。尾高がプレトークで話していたが、近年は演奏される機会も増えたこの曲。今シーズンは東京交響楽団や群馬交響楽団の定期でも取り上げられ、探せば他にもたくさん演奏されているだろう。
コントラバスの低音から始まり、ヴァイオリンの甘美なメロディと、第三楽章のアダージョのクラリネットのソロなど、抒情的な名曲。
聴き進めていくにしたがって、尾高の指揮が妙に洗練されているというか、素人目に見ても、この曲に慣れていることに気づく。・・・そうか、演奏中になってようやく気づいてしまったのだが、私は彼の振ったラフマニノフのCD(交響曲全曲+協奏曲全曲+α)を持っていた。今から35年前の録音、BBCウェールズ交響楽団のシェフをしていたころのものだ。事前に聴いてくればよかった、と思ったが、岡山フィルの名前に隠れて、気づいていなかった。おそらく、氏にとっては何度も振った、総譜の隅から隅まで理解した曲なのだろう。
さて、ピアノ協奏曲のときからそうなのだが、最近生演奏を観るとき、低音楽器(トロンボーン、テューバ、コントラバスなど)を注目するようにしている。これは、自分が吹奏楽で演奏していたとか、わが子が同じく低音楽器だから、というのがキッカケなのだが、いろいろ気づきがある。YouTubeなど動画サイトでいくらでも演奏風景を見られる昨今だが、これらの楽器はほとんどフューチャーされていない。せっかくソロや目立つ旋律があっても、関係ない弦楽器やホルンがアップになったりしてガッカリする。
そこで、気づいたことなのだが、モーツァルトの頃には編成にも入っていなかったこれらの楽器が、ベートーヴェン、ブラームス、チャイコフスキーと時代を経るにしたがって、少しづつ曲の大切な部分に用いられるようになって、ブルックナーやマーラーになると、かなり重用されるようになってくる。今回のラフマニノフも、注目して観ていると、全編を通じてバックの低音を奏でて、この曲の重厚さとか、スラブらしさを醸し出す重要な役割を担っていることに気づく。これは、生演奏でないとみられないので、演奏会に来るひそかな楽しみにもなっている。尾高の指揮は、そういう点も織り込み済みで非常にバランスがいい。もちろん、大盛況の演奏だった。
アンコールは、エルガーのエニグマ変奏曲より『ニムロッド』。昨年の1月に思わぬ事故で帰らぬ人となった、このオケのミュージックアドバイザーとして全般に活躍した秋山和慶氏を追悼する意味もあったと思われる。

岡山フィルは、今回が初のサントリーホールだったという。そのせいか、非常に気合の入った演奏で、非常に満足度の高い演奏会だったと思う。
