アルコール依存症の夫との30年 第1話 信じようとした日々
(ここから、前回触れた出来事より もう少し前の時間へ戻り、出合いの頃からの話を少しずつ綴ります。この始まりに触れた ”プロローグ” は こちら )
出会った頃の夫は、車が好きな人だった。
休日になるとドライブに連れて行ってくれて、お酒は人並みに飲む程度。
少なくとも、私にはそう見えていた。
初めて夫の実家を訪ねた日のことを、今でも覚えている。
休日でも盆正月でもない真昼間から、家族が平然と酒を飲んでいた。
異様な光景だ……
そう思った。
でも私は、すぐに自分の感覚を修正した。
「夜間に働く義父の生活リズムが この家族のスタイルなんだ。
私が知らないだけで、こういう家庭もあるんだ」と。
義父が夜間の仕事を終えて朝方帰宅すると、義母は せっせと酒のツマミを作って出迎えていた。
文句ひとつ言わず、それが当たり前のように。
—— あの家では「お酒は朝から飲んでもいいもの」だった。
夫は、それを見て育っていた。
そして当時の私には、その光景が のちの30年を暗示している など、思いもしなかった。
夫が大好きだった。 だから、夫の全てを理解しようと必死だった。
まだ若くて、人を見る目が未熟で、夫やその家族を俯瞰して捉えることなんて考えなかった。
付き合って、しばらく経ってから気づいた。
夫は、「飲むと人が変わる」。
「大人として、TPOに合わせて飲める人だ」と、信じていた。
でも、違った。
飲酒の見境を知らない人 だった。
酒があれば あるだけ飲み干す。
「ここまでにしよう」が、彼の中には存在しない。
吐いても、翌日つらい思いをしても、また同じ飲み方をする。
そして酔うと、ネガティブ思考に陥る。
仕事のこと、周囲への不満……
その思考を打ち消すように、弱い立場の相手 — 部下や私 — の欠点を
けなし始め、自分の正当性を主張して、更には罵倒する。
でも翌朝、酔いが覚めると 元の優しい夫に戻っている。
「なんか俺、大分酔っちゃって。ごめんね」
どっちが本性?
その疑問が頭をよぎるたびに、私はそれをかき消し続けた。
夫を信じたかった。
信じることをやめたら、何かが崩れる気がしたから。
アルコール依存症の家族やパートナーは、「信じたい」という気持ちから、問題を見ないようにしてしまうことがある。
「この人が依存症なはずがない」という否認
「認めたら、人生が変わってしまう」という恐怖感
「自分が支えれば何とかなる」という希望。
—— これが、怒涛の30年の始まり。
結婚前の状況は まだ序章でしかなかったとは、当時 知る由もなかった。
