世界の"ちゃんとしなきゃ"を見に行きたい#4:中国語圏編|完璧主義 in the World
世界の「ちゃんとしなきゃ」を見に行くこのシリーズ。
これまで、日本語、英語圏、韓国語圏の言葉を見ながら、完璧主義がどんな声として現れるのかを考えてきました。
今回見に行くのは、中国語圏です。

ただし、中国語圏とひとことで言っても、中国本土、台湾、香港を同じものとして語ることはできません。
同じ漢字を使っていても、見えてくる言葉や背景は少しずつ違います。
だから今回は、中国語圏を一括りにして「中国語圏の人はこう」と言う記事にはしません。見るのは、国民性ではなく、言葉です。 そして、その言葉の奥にある「ちゃんとしなきゃ」の声です。
※中国語の読み方は、本文を読みやすくするための目安としてカタカナを添えています。地域や発音によって異なる場合があります。

今回の主軸にするのは、中国本土の自己啓発や心理系の発信で見える、 精神内耗「内側で消耗し続けること」 という言葉です。
完璧主義で止まるとき、疲れているのは作業そのものだけではない気がします。まだ始めたばかりなのに、もう「これで合ってる?」と立ち止まっている。まだ下書きなのに、もう読んだ人の顔が浮かんでいる。まだ形にもなっていないのに、頭の中では何度も直している。
動く前から、もう疲れている。
この感覚に、「内耗」という言葉はかなり近い。そして、そこから見えてくる処方箋のような言葉が、 先完成,再完美「まず完成させて、それから完璧にする」 です。
完璧を捨てるのではなく、完璧に向かう順番を変える。
今回の中国語圏編では、この言葉を手がかりにしていきます。
同じ中国語圏でも、「ちゃんとしなきゃ」は同じではない
まず、今回の立ち位置をはっきりさせておきます。
中国語圏といっても、中国本土、台湾、香港では、見えてくる言葉も文脈も同じではありません。今回は、中国本土を主軸にします。
理由は、精神内耗「内側で消耗し続けること」、
先完成,再完美「まず完成、それから完璧」、拖延「先延ばし」、内卷「過剰競争」のように、完璧主義で止まる感覚とつながりやすい言葉が見えやすいからです。
台湾は、対比として見ます。剛剛好的完美主義「ちょうどよい完璧主義」という言葉が、完璧主義を完全に捨てるのではなく、自分が扱える強さに調整する方向として読めるからです。
香港は、補助線として扱います。
今回の範囲では、香港については「完璧主義そのもの」を中心に据える材料が多いとは言えません。そのため、無理に中国本土や台湾と同じ分量では扱いません。香港については、学業圧力や親の期待など、完璧主義が発動しやすい背景だけを少しだけ確認します。
大事なのは、「中国本土は競争」「台湾は癒し」「香港は学歴社会」といった単純化をしないことです。
この記事で見たいのは、地域の性格ではありません。

完璧主義が、どんな言葉で語られ、どんな場面で重くなり、どんな言葉で少し動ける形に戻されているのかを考えます。
まだ何もしていないのに、なぜ疲れているのか—— 精神内耗
まず、中国本土側の言葉として見たいのが、 精神内耗「内側で消耗し続けること」 です。
この言葉を見たとき、私はかなり完璧主義に近いと思いました。完璧主義の疲れは、外から見える作業量だけでは測れません。むしろ、動く前に頭の中で起きていることの方が重い場合があります。
たとえば、noteを書くとします。でも、完璧主義が強く出ていると、書く前からこんな問いが浮かんできます。このテーマで本当にいいのか。 浅いと思われないか。もっと調べてからの方がいいんじゃないか。 この流れでちゃんと伝わるのか。自分がこれを書いていいのか。
まだ一文字も書いていないのに、もう疲れている。
この「内側で削られていく感じ」を、精神内耗「内側で消耗し続けること」という言葉はかなり鋭く表しているように思います。

先延ばしは、始めた瞬間に見えてしまうものから目をそらしたくなる—— 拖延
次に見たいのが、 拖延「先延ばし」 です。
先延ばしというと、つい「やる気がない」「怠けている」と見られがちです。 でも、完璧主義と結びつく先延ばしは、少し違います。
やりたくないから先延ばしするのではない。 ちゃんとやりたいから、始められない。適当に済ませたいから止まるのではない。 ちゃんと出したいから、出せない。「ちゃんと」は、丁寧にやりたい、大事に作りたいという気持ちでもあります。 それ自体は、悪いものではありません。
でも、「ちゃんと」が強くなりすぎると、作業の前に立ちはだかる壁になります。完成させる前に、完成度を求める。 下書きの前に、名文を求める。試す前に、成功を求める。何も出せないまま、内側だけで消耗していく。必要なのは、「もっと頑張らなきゃ」と自分をさらに追い込むことではありません。
もう頭の中では、十分すぎるほど頑張っているからです。

止まっているのは、怠けているからではなく、怖いからかもしれない。
だとしたら、必要なのは「もっと頑張ること」ではなく、怖さが強くなる前に、作業の順番を変えることなのだと思います。
そこで出てくるのが、 先完成,再完美「まず完成させて、それから完璧にする」 です。
まず完成。それから完璧へ。—— 先完成,再完美
先完成,再完美「まず完成させて、それから完璧にする」です。
この言葉は、今回の中国語圏編でいちばん大事にしたい言葉です。
完璧を捨てる。 こだわりをやめる。 適当に出す。そういうことではありません。まず完成させる。 それから完璧に近づける。順番の話です。
完璧主義の人に「完璧を手放そう」と言っても、簡単には手放せません。
それができていたら、私はnoteで発信していなかったと思います。
私自身、「60点で出そう」と言われても、正直あまり楽にはなれませんでした。 心のどこかで思ってしまうからです。自分では60点のつもりでも、相手からしたら40点かもしれない。 「これで出していい」と思える基準が、自分の中だけでは決めきれない。
いや、その60点が怖いんです。
怖いから、もっと整えたくなる。 不安だから、完成度で安心しようとしてしまう。 完璧主義は、そうやって完成度を上げることで、不安を無くそうとします。
だからこそ、私には「完璧を捨てる」よりも、 完璧主義のまま「完璧にする順番を変える」方法を選びます。

これは、完璧主義を消す話ではありません。 完璧主義を最初から発動させないという、順番を変える話です。
完璧主義をなくさなくていい。 ただ、完璧主義に最初からハンドルを握らせない。運転するのは、自分自身。 まずは「完成」を目指して進む。そして、 完璧主義には、後部座席で最後の赤ペンチェックまで待っていてもらう。
そう考えると、 先完成,再完美「まず完成させて、それから完璧にする」 は、ただの前向きな言葉ではなく、完璧主義のままでも、止まる力ではなく、動く力として使えるようになります。
完璧を諦めるのではなく、まず完成させる—— 完成优于完美
似た言葉に、 完成优于完美「完成は完璧に勝る」 があります。
これも、完璧主義で止まる人には刺さる言葉です。ただし、ここで誤解したくないのは、「雑でいい」という意味ではないことです。完璧主義の人は、「完成は完璧に勝る」と言われると、少し反発したくなるかもしれません。
でも、完成度が低いものを出せということ? 雑でもいいってこと?
ちゃんとやりたい気持ちはどうなるの?「ちゃんとやりたい」という気持ちは、ここでは否定されていません。見直したいのは、順番の方です。
完成しないものは、直せない。 形になっていないものは、改善できない。
外に出していないものは、反応を見られない。
だから、完璧を目指すなら、まず完成させる必要がある。
完成は、完璧をあきらめることではない。完璧に近づくための入口です。
この見方に変えると、完璧主義のままでも少し動きやすくなります。
完璧を捨てるのではなく、完璧に向かう順番を変える。

まず完成。 それから完璧。
完璧主義をなくすのではなく、完璧主義で止まってしまう前に、まず形にする。 そして、そのあとで見直す力として使う。
それが、完璧主義のままでも動ける考え方です。
完璧主義を強くする、競争の空気—— 内卷
中国本土の文脈では、 内卷「過剰競争・内向き競争」 という言葉も出てきます。
内卷「過剰競争・内向き競争」は、完璧主義そのものではありません。中国本土は内卷「過剰競争・内向き競争」だから完璧主義と言ってしまうのは、違います。
ですが、完璧主義が発動しやすい評価環境を考える補助線にはなります。
学業。 進学。 就職。 親の期待。 階層上昇への期待。こうしたものが重なると、「ちゃんとやる」だけでは足りなくなることがあります。
もっと上へ。 もっと早く。 もっと正確に。 もっと評価されるように。 もう置いていかれないように。その環境の中では、完璧主義はただ、自分を守ろうとしているだけ、なのかもしれません。
失敗したくない。遅れをとりたくない。 比べられたくない。 期待を裏切りたくない。そういう声が強くなると、完璧主義はどんどん重くなります。

だからこそ、 先完成,再完美「まず完成させて、それから完璧にする」 という順番が、ここで効いてきます。
内側で消耗し続ける前に、まず形にする。評価を想像し続ける前に、一度出す。 競争の中で削られる前に、完成という足場を作る。完璧を手放すのではなく、完璧主義が自分を止めてしまう前に、完成を先に置く。
もっと頑張るのではない。 完璧主義の出番を意識して、少し変える。
それだけで、止まっていたものが少し動き出す。
台湾に見える、完璧主義との「ちょうどいい」つきあい方—— 剛剛好的完美主義
次に、台湾側の言葉を見てみます。
今回、台湾の対比として入れたいのが、 剛剛好的完美主義「ちょうどよい完璧主義」 です。
この言葉が印象に残ったのは、「完璧主義をやめましょう」と言い切っていないからです。台湾側の文脈でも、先延ばし、人に合わせすぎること、間違える怖さに近い感覚のように感じます。
討好——人に合わせすぎる/好かれようとする。
怕犯錯——間違えるのが怖い。
これらは、完璧主義という言葉を使わなくても、日常の中にある「ちゃんとしなきゃ」の形です。
やる気がないから、先延ばししているわけではない。 本当にやる気がないわけでもない。 始めると、できるかどうかが分かってしまう。
まだ始めていない、何もしていない間だけは、「ちゃんとできるはずの自分」でいられる。
人に合わせすぎるのは、優しさだけではないかもしれない。 相手の期待を裏切るのが怖くて、自分の基準が見えなくなる。間違えるのが怖いのは、慎重なだけではないかもしれない。そして間違えた自分を、自分が許せない。
ここにも、日本語の「ちゃんとしなきゃ」に近い声があります。
人に迷惑をかけないように。期待を裏切らないように。間違えないように。
嫌われないように。その声は、自分の内側だけで生まれるものではありません。 人との関係、家族の期待、学校や仕事の評価、まわりの空気。 そうしたものと混ざりながら、少しずつ強くなっていく。
だから、完璧主義をただ「やめればいい」と言われても難しい。
剛剛好的完美主義「ちょうどよい完璧主義」 という言葉には、完璧主義を全否定しない余白があります。
完璧主義をなくすのではなく、ちょうどよく扱う。自分を削るほど強くなった完璧主義を、自分が持てる重さに調整していく。これは、完璧主義を消せない自分への慰めではありません。
完璧主義と折り合いをつけながら、それでも進んでいくための言葉です。
完璧主義を、最初から自分を責める声にしない。 完璧主義を、最後に整える力として使う。
完璧主義を、「まだ足りない」と責める声から、「もう少し整えよう」と見直す声へ。

この「ちょうどよさ」は、中国本土側の先完成,再完美「まず完成させて、それから完璧にする」ともつながります。
まず完成させる。 そのあと、完璧主義を使って整える。完璧主義を消すのではなく、自分を削りすぎない強さに戻していく。
台湾側の言葉が見せてくれる「ちょうどよさ」は、そこにあるのだと思います。
香港に見える、「ちゃんとしなきゃ」の切迫感
香港については、今回は短く扱います。
今回の範囲では、香港を「完璧主義そのもの」の言葉から見るより、
完璧主義が強くなりやすい評価環境の側から見る方がよさそうです。
たとえば、
學業壓力は、学業圧力。家長期望は、親の期待。怪獸家長は、いわゆるモンスターペアレント。ここでは、子どもの教育に過剰に介入する親を指す文脈で使われる言葉です。
試験や進学をめぐる緊張、親の期待、まわりとの比較が重なると、「ちゃんとしなきゃ」はただの内側の声ではなくなります。
ちゃんとやらなければ、置いていかれる。 ちゃんと結果を出さなければ、期待に応えられない。そうした切迫感の中で、完璧主義が強くなります。

完璧主義は、最初に出るとブレーキになり、最後に出ると編集者になる
ここまで見てきて、私の中にいちばん残るのは、やはりこの言葉です。
先完成,再完美「まず完成させて、それから完璧にする」です。この言葉は、完璧主義を手放せない人にとって、かなり救いのある順番だと思います。
完璧を捨てろとは言っていない。
でも、最初から完璧を求めるなとは言っている。
完璧主義は、最初に出るとブレーキになる。
まだ何も書いていないのに、 「これでいいの?」 「浅くない?」 「もっと調べた方がいいんじゃない?」 「出して後悔しない?」 と言ってくる。
でも、完成後に出てくる完璧主義は、編集者になります。ここ、読みにくいかも。 この言葉は少し強すぎるかも。順番を入れ替えた方が伝わるかも。 この例は読者に近い方がいいかも。 ここは出しすぎだから削ろう。同じ完璧主義でも、出てくるタイミングで役割が変わります。
最初に出れば、止まってしまう。 最後に出れば、整える力になります。
完璧主義そのものが問題なのではなく、出てくるタイミングによって、自分を削る力にも、できたものを磨く力にも変わるからです。
完璧主義をなくすのではなく、出番を変える。

まず形にして、外に出す。 そのあとで見直し、整え、磨いていく。
完璧主義を、止める力ではなく、完成に近づける力として使う。
私が「動ける完璧主義」と呼んでいるのは、こういう順番のことです。
完璧主義のまま、動ける順番がある
この記事で見てきた言葉を、最後に二つだけ並べてみます。
精神内耗「内側で消耗し続けること」
完璧主義で止まってしまうときに起きている状態です。
先完成,再完美「まず完成させて、それから完璧にする」
そこからの出口になる言葉です。
「もっと頑張らなきゃ」と自分を追い込むのではなく、 「先に形にする」という順番に変えるだけでいい。
内側で消耗する前に、まず完成。
完成してから、完璧主義に仕事を渡す。
完璧を手放さなくていい。 ただ、出番を変える。
中国語圏の言葉から見えてきたのは、完璧主義を手放すことではありませんでした。
まず完成。それから完璧。 シンプルだけど、とても大きな順番の違いです。
次回予告
今回は、中国語圏の言葉から、完璧主義を手放すのではなく、順番を変えるというヒントを見てきました。
次は、ドイツ語編です。
ドイツ語圏では、「ちゃんとしなきゃ」がどんな形で現れるのかを見に行きます。

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「ちゃんとしなきゃ」をめぐる旅はこちら
このシリーズでは、世界の言葉を手がかりに、
完璧主義のいろいろな形を見に行っています。
中国語圏編から読んだ方も、
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補足:瑞馬かおりが考えている動ける完璧主義について
このシリーズの背景にある「完璧主義4タイプ+混合型」について、簡単に触れた記事はこちらです。
あわせて読みたい話
今回の記事では、中国語圏の言葉から
「完璧主義をなくすのではなく、順番を変える」という話をしました。
この「完璧主義のまま、どう動くか」に近い話として、こちらの記事もあわせて読んでもらえるとうれしいです。
私自身の完璧主義がAIとの対話の中で言語化されていった話です。
完璧主義4タイプ+混合型の前日譚として、「動ける完璧主義」の出発点に近い記事です。
もうひとつは、完璧を守るより、外に出してみることで
少しずつ変わっていった話です。
今回の「まず完成。それから完璧。」に近い、noteを続ける中での実感を書いています。
音声でも聴きたい方へ
note記事をもとにしたPodcast
「動ける完璧主義ラジオ|未完成の取扱説明書」も配信しています。

現在は、過去記事をもとにした回を順次作成・配信中です。
まずは、番組の考え方が分かる説明回からどうぞ。
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合わせて読みたい話でご紹介した
「完璧主義4タイプ+混合型の前日譚、「動ける完璧主義」の出発点」の緊急配信バージョンはこちら。
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上記を聞いた人は、以下の2つも聞き比べると面白いかもしれません…
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