見出し画像

「影響力」|感受性豊かなママ保育士の保育事例

2歳児の男の子に対して。
「えぇー⁈泣くなよー!男なんだからさぁ。」

未だにこういうこと言う保育士さんがいる。
保育士としてはもちろん、人としても、この関わりは私は適切とは思えない。

保育は、それぞれの保育士の個性が光って良いとは思う。だけど、それは、子どもを中心として考えて、その子の何年後かに出る芽の種をそっと植える作業であって、その種は花になることを願うものである必要がある。
個性と、性格や個人的な考えや感情は別物。
だから、上記の発言は後者に当たると思うし、今よく言われている不適切保育に当たると思う。

こんなことが起きるかもしれない。
・言われた男の子本人が、男は泣いてはいけないんだ、という考えになる。
・その子が他の子に「男は泣かないんだよ」と伝える。
・聞いていた周りの子どもたちも「男は泣かない方がいいんだ」と思い込んで育つきっかけになる。
・周りの保育士たちの中にも、「そういう風に言っていいんだ」と思ってしまう保育士が現れる。
・人間なんだから泣いてもいいし泣いて当たり前。そういう「人として、そのままでいい(=自己肯定感)」という感覚を削ぎかねない。

そこまでもしかしたら至らないかもしれない。だけど、そうなるかもしれない。それくらい保育士の放つ言葉や態度は子どもたちにとって影響力があると思っているし、私情とは別に、プロとしての関わりは必要最低限だと考えている。

ただ、集団心理というのは怖いもので、
そんな関わりをしている保育士にも良いところがあるから認めていこう。
という風潮が無いわけではない。

確かに、園に貢献しているかもしれない。

それでも、『子どもたちへの関わりや眼差しが与える影響力を自覚して関わることは重要だ』ということを組織として強化していけたらと思う。

こういう出来事があったときに、私は何も出来ない。しない、という方が合ってるかな。
一旦思考が停止するから。外見は静かに、けれども頭の中はパニックを起こしている。
なぜそんなことを言うのか?幼少期にそう育てられたのか?長年保育士をやっていて、その関わりは適切ではいと気付く機会はなかったのか?どうしたら適切でないと気付けるのか?私にできることはあるか?そもそも言われた子や周りの子がそう言う考えに陥らない為に私にできることはあるか?
一瞬で上記のことが頭を駆け巡る。

午睡前の寝かしつけ中だったこともあり、その場では静かに、取り合わず、
だけど、どこかのタイミングで、
「誰だって泣いて当然」
「男の子も女の子も泣いていいんだよ」
ということを伝える。という引き出しを作った。

私は微力だけど、誠意を持って、目の前のお子さんを、1人の人として尊重した関わりをし続ける。コツコツと、少しずつ。
そして、こうやって綴ることを続けていく。

本来、こういうことを園内研修で検証しディスカッションしている保育園さんもあるだろう。
そういった研修の機会がないので、1人ディスカッションをしてみた。

大人が子どもに与える影響力。
持続可能な社会を担う今の子どもたちの将来の種蒔きとなるよう、想像力を働かせて、出来る限り丁寧に関わっていきたい。
私はそう考えている。

いいなと思ったら応援しよう!