昭和、男もつらかった 49 高等小学校の教科書②

(「高等小学校の教科書①」より続く)
 昭和10年代、高等小学校に進学した二夫(つぎお。父)たちも使っていたと思われる「小學農業書 男子用」巻一(昭和5年発行)の目次第一課は「農業」である。

 以降の課は、種子の良否(の見分け方)に始まり、整地とそのための農具、土壌の種類、施肥、土壌の水・温度・排水など、かなり「実践的」だ。作物としては時無大根から、甘藷・馬鈴薯など芋類、胡瓜・南瓜・茄子・蕃茄(トマト)といった夏野菜、大豆など豆類、牛蒡など混載、さらに苺など果物、菊、茶まで、相当種類を網羅している。

 のみならず養鶏、繭(養蚕)、桃や柿、柑橘といった果樹の扱いにも及ぶ。花卉、油菜(アブラナ、菜の花)や藺(イグサ)が別立てになっているのは重要な換金作物だからだろうか。項目は森林の効用や造林にも及び、霜害への理解や予防を呼びかけ、「第七十一課 農家の心得」で終わる。(以上の( )内は筆者補足)

 ほんとうにこれを、小学校を出たばかりの12歳前後の子供が勉強したのだろうか? という内容だ。試しに第一課を書き写してみる。

「第一課 農業
 農業は、作物を栽培し、家畜を飼養し、樹木を仕立てて、衣食住に必要なものを産出する仕事である。
 農業がなければ我等は一日も生活することが出來ず、又農業が盛でなければ、商工業も榮えることが出來ない。
 かやうに農業は、人類の生活および産業の發達に必須なばかりでなく、之に従事するものは、最も堅實な精神に富み、身體強健且長壽である。實に農業は人類に缼くことの出來ないものであって、又國家隆盛の源泉である。」(筆者注:漢字は可能な限り原文のまま。一部変換できず)

 全体が文語調かつ旧漢字使いなのは当然だが、昨今のフレンドリー、万民フラット、かつ短い文章を見慣れた目には格調高く映る。

 教科書の文章は「硬い」が、文字は大きめで、読み方が難しい漢字にはちゃんとルビも振ってある。それに、課ごと(ほぼ1ページずつ)に象徴的なイラスト、説明図が添えられており、言わんとすることがだいたいイメージできるような構成になってもいる。子供たちを飽きさせないように、という意図もあっただろう。

 これを教室で教師が朗読し、子供たちがそれに続き、教師が補足したり板書したりする内容を帳面(ノート)に書き留めていたであろう光景、その声を想像すると、二三四(わたし)はなにやら子供のときに「古い映画」として一部をテレビで見た「二十四の瞳」を彷彿とする。

 当時小学校までは義務教育だが、高等小学校は学ぶ意思があり、親も(少なくとも建前上は)それを支援する家庭の子供でないと上がれない。教室はどんなに生き生きとしていただろう。

 ――と、書いている(だけの)二三四までなんだか胸が熱くなり、農業という仕事への誇りが湧いてくる。

 現代のように情報が氾濫しているわけでもなく、ごく限られた生活範囲と情報の中で、かつ長幼はじめ地域社会の秩序を守って暮らすのが当然だった当時の、とりわけ農村の子供たちにとっては、教師から教わる教科書の内容は「絶対、絶大」だっただろう。(「高等小学校の教科書③」へ続く)

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