昭和、男もつらかった 80 少年飛行兵に志願する②
(「少年飛行兵に志願する」①より続く)
「先生には『まだはっきり決めていないのですが、まず先生だけにご相談します』とでも言えば周囲に広まることもないだろう」と二夫(父)は考えた。そしてある日の放課後、職員室に担任の教師を訪ねた。
担任の教師の前に直立した――先生に対しては姿勢を正してお話しするのが当たり前なのだ――二夫少年(つぎお。父)は切りだした。
「先生、教えていただきたいことがあります」
調べものをしていた教師は顔を上げ、二夫の顔をまじまじと見た。この生徒は学業も優秀だし、体操や剣道もいい成績を上げている。学科の中身についてだろうか。それなら授業中に質問するはずだが。進路のことか。戦局が劣勢になりつつあるから、上の学校に行くのは難しいかもしれないな…。
「少年飛行兵になるには、どうしたらいいのでありますか」
教師はびっくりして、再び教え子の顔をまじまじと見た。
「お前、兵隊に行きたいのか」
「飛行機に、乗ってみたいのであります」
と言ったあとで二夫は慌てて付け足した
「もちろんお国のお役に立つために」
「お国のお役に立つには、農業生産にもっと励む、という道もあるぞ。そのためにお前たちは毎日勉強しているんだろう? 農家でもいまは食べ物が足りないくらいだ。食糧をもっと生産して、前線に送り、銃後も励ますのが、農業のいちばんの役割じゃないのか?」
二夫は直立したまま教師の話を聞いた。そんなことはもちろんわかっている。でも――
「はい、仰るとおりです。しかし、自分たちの世代の男子は次々に兵隊に志願しています。お国も、少年たちへの志願を勧めています。田畑の仕事は女子でもできますが、兵隊は男子しかなれません」
その他、考えつくあらゆる「理屈」を、二夫は述べた。じっと聞いていた教師は、しばらく考えたあと口を開いた。
「お前は、農家の一人息子だったな。お前の考えを、親父さんには話したのか?」
「はい。まだですが、これからじっくり話します。その前にまず先生だけにご相談したいと思って、本日は参りました」
二人を再び沈黙が包む。
「まあ、試験を受けても合格するとは限らないしな。少飛の倍率は30倍という話もあるし、合格しても全員が操縦士になれるわけでもない」
え。
二夫は――いまふうに言えば、目が点になる思いだった。そうか、自分たち世代で少飛になりたい男子はそんなにいるのか。合格しても飛行機に乗れないかもしれないのか……。それでも、自分で考えた「新しい道」に挑戦してみたい。ここで挑戦しなければ、オレはただの百姓として一生を送るだけだ。それじゃあ、〇〇や〇〇と同じだ。
〇〇とは、集落は近隣の農家の息子たちである。勉強はできず、尋常小学校をかつかつ卒業したが、農業のやりかたもろくに覚えられない様子だ。そんなやつらと、ひとくくりにされたくない。
「ま、親父さんにちゃんと話したらまた来なさい。願書は私が取り寄せておいてやるから」
教師は、なかばその場を収めるために結論を先送りした。一方の二夫は、先生が願書を用意してくれるという点に希望を繋いだ。このへんの心理というかある種の思い込みも、娘の二三四とよく似ている。
ともあれ第一関門は突破した。小さな関門ではあったが。(「少年飛行兵に志願する」③へ続く)
