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人類に文章は早すぎた -文章を読まない人間、読むAI-

「米津玄師 260円」

2025年2月、ある投稿がSNSで話題となった。

米津玄師 260円

アーティスト名と金額が並んだこちらのテキスト。一体、何を表しているかおわかりだろうか?

実はこれは、とある駅に掲示された、実際の案内文である。

米津玄師のコンサートがPayPayドームで行われた際、博多駅から最寄りの唐人町駅までの運賃が260円であることを伝えるために書かれたものだ。この投稿は広く拡散され、「米津玄師260円」はSNSでトレンド入りし、ネットニュースにも取り上げられた。

拡散のトリガーとなったのは、まるで米津玄師が260円で買えるように見えるインパクトや、字面のユニークさだろう。しかし、私がこの投稿を初めてみた瞬間の印象は、それとは大きく異なっていた。

「なんて簡潔で、わかりやすく、整理されたテキストなんだ」と強く感銘を受けたのだ。美しい、とさえ思った。

私が美しいと感じたのは、言葉そのものではない。この言葉が機能し、的確に課題を解決している姿が美しいと感じたのだ。

この案内によるビジネスインパクトは絶大である。質問してくる乗車客に対して駅員がひとりひとり対応していたコストが、大幅に削減されたであろう。それだけでも課題解決としては十分すぎるが、SNSで拡散されたことにより、そのインパクトはさらに大きなものとなった。言葉による課題解決として、これほどまでにビジネスに良い影響をもたらした事例はなかなかない。

文章ハラスメント

ここでもうひとつ、駅での案内に関してSNSで拡散された事例を紹介したい。

自動券売機の購入画面に、次のようなテプラが貼ってある。

文章を読んで下さい→

この投稿もSNSで広く拡散された。しかし、「米津玄師 260円」が絶賛された状況とは打って変わって、このテプラに対するSNSでの反応は、惨憺たるものだった。自動券売機の案内がわかりにくく、駅員に聞く人が多いので、それを防ぐためにこのテプラを貼ったのであろう。しかし、そもそもの問題は、自動券売機の案内がわかりにくいことだ。わかりにくい文章を書いておいて、「文章を読んで下さい」というのは、もはやハラスメントと言える。文章ハラスメント

どちらも駅での案内である。にも関わらず、その評価は真逆だ。この差は、一体どこからでてくるのか。

それは、「人間が文章を読まない」ことを前提にして書かれているかどうかだ。

文章力講座での気付き

ここで少し話を変えて、私自身の経験をお話ししたい。

私は文章を書くことを仕事としていて、その経験から、文章力講座や社内セミナーなどで講師をさせていただいている。そこで、ある事前課題を出している。今このnoteを読んでいるあなたにも、もしお時間があるのであれば、ぜひ一旦ここで画面をスクロールする手を止めて、実際に課題に取り組んでみてほしい。実際に取り組んでもらうことで、本noteに対する理解度が格段に上がるはずだ。

例えば、こんな課題を出している。

【課題】
動画配信サービスの登録ボタンの上に入れるコピーを考えてください。

■目的
WEBページを訪問したユーザーに登録を行ってもらい、登録数を最大化する。

■考える前に必ずして欲しいこと
・事前リサーチとして、他のウェブサイトの登録ボタンの上にはどんなコピーが入っているかをリサーチしてみてください。それらについて、結果をまとめてみてください。
・登録を検討している人は、どのようなことを懸念しているかを考えてみてください。
・その懸念を解消できるメリットや、それをコピーでどう表現できるかを考えてみてください。
・登録ボタンの上に表示されるコピーであることを強く意識してください。

筆者が講座で出題している課題をアレンジして掲載

たったこれだけだ。ぜひ、課題に取り組んでみて欲しい。

取り組んでいただけただろうか?では、話を先に進めよう。

私が講座の講師を始めたばかりの頃、受講生の文章力がどれぐらいなのかをテストするのが課題の目的であると思っていた。文章力講座の課題なので当然である。しかし、回を重ねるごとに、私は重大な事実に気づいた。

受講生の多くが、まるで課題を読まずに回答していたのだ。

私はUX(ユーザー体験)の専門家でもあるので、この課題は、私が実務で行っていることを、可能な限り追体験できるように設計している。さらに、上司やクライアントからの依頼として、実務に非常に近い形で設計しているので、日常業務でもすぐに活かせるものを目指している。そのため、課題をしっかりと読んで、その通りに行動すれば、少なからず私の求めている回答(実務で上司やクライアントが求めているアウトプット)に辿り着くようになっている。当然、課題をよく読み、指示されたタスクをこなし、優れた回答に辿り着く受講者もいる。しかし、その数は毎回ごく僅かだ。

具体的に解説しよう。まず、最初の部分だ。

動画配信サービスの登録ボタンの上に入れるコピーを考えてください。

ここだけを読んで、キャッチコピーを提出する受講者が必ずいる。例えば今回の課題の場合だと、こんな感じだ。

「ここでしか観られない、感動がある。」
「世界が夢中の作品を、あなたに。」
「家族みんなで、ワクワクをシェア。」

課題は「登録ボタンの上に置くと登録率がアップするコピー」なので、キャッチコピーではない。にも関わらず、課題をしっかり読んでいないので、キャッチコピーを求められていると誤った解釈をし、キャッチコピーを提出するのであろう。

そして、以下の部分も同様である。

■考える前に必ずして欲しいこと
・事前リサーチとして、他のウェブサイトの登録ボタンの上にはどんなコピーが入っているかをリサーチしてみてください。それらについて、結果をまとめてみてください。
・登録を検討している人は、どのようなことを懸念しているかを考えてみてください。
・その懸念を解消できるメリットや、それをコピーでどう表現できるかを考えてみてください。
・登録ボタンの上に表示されるコピーであることを強く意識してください。

ここに書いてあることをするだけで、良い回答に辿り着く可能性が高くなる。にも関わらず、この部分を読み飛ばしているので、こちらが求めていたものとは異なる回答をしてしまうのである。

私はこの事前課題の講評を行う前に、「人間は文章を読まない」ということを解説している。そして、事前課題の講評で改めてこの課題を提示された際に、一部の受講者はまさに自分が文章を読んでいなかったことを身をもって実感するのだ

これらの経験から、私は「人間とは文章を読まない生き物である」ということを改めて実感することとなった。そして、文章を書く力以前に、まずは文章を読む力が必要であることに気づいたのだ。

ここまで読んで、「課題の書き方が悪いんだろ!」とか「何がUXの専門家だ!」と思う方がいるかもしれない。

私も同じ立場だったら、絶対にそのように思ったであろう。しかし、大変伝えにくいのだが、私が出した課題を正確に把握し、その通りにタスクをこなし、期待通りのアウトプットを提案してくれる、そんな夢のようなパーフェクトなパートナーが実在する。

それは、生成AIだ。

上記の課題と全く同じ文章をGoogle Geminiに入力した結果がこちらだ。

公開リンク

実は、今回の課題のようなコピーは、「マイクロコピー」と呼ばれるもので、ビジネス指標の改善に大きく貢献する。私は楽天をはじめとしたテック企業でマイクロコピーを考える仕事をしているが、そんな私から見ても、どれも登録率の向上が期待でき、実務に十分耐え得るものである。

「無料体験でお試し」
「簡単登録1分」
「いつでも解約OK」

特に上記のテキストは、それぞれ明確なメリット(無料体験でお試し)、簡単な手続き(簡単登録1分)、不安の解消(いつでも解約OK)などの心理学や行動経済学の原理・原則に基づいており、リサーチの結果が如実に表れていると言える。

さらに、課題の下記の部分。

・登録ボタンの上に表示されるコピーであることを強く意識してください。

私がこの一文を入れた意図は、ボタンの上に長いコピーを入れても読んでもらえないので、短いコピーが最適であることに気付いてもらうためだ。当然、ここを読んでない人、読んでも意図を汲めなかった人も多く、ボタンの上に非常に長いコピーを書いて提出する受講者もいる。

しかし、AIはここも的確な答えを返している。Google Geminiの下記の部分だ。

登録ボタンの上に表示されるという特性を最大限に活かし、短く、分かりやすく、行動を促す言葉を選びました。

依頼者の私の意図を完璧に汲み取ってくれているのである。

ちなみに念の為に補足しておくが、この課題は、AIの出力に合わせて調整したものではない。私が数年に渡り講義を続ける中で、講義での課題に限らず、今後の実務でも再現性を持って自走できる形で、いかに受講生がビジネスの課題を解決するコピーに辿り着けるかを考え、改善した結果が、上記の「考える前に必ずしてほしいこと」である。その後、生成AIが普及したため、試しにそのまま入力してみたところ、こちらの思い通りの結果が返ってきたというわけである。

この事例から、AIが優れたコピーをアウトプットできることがわかる。そして何よりも重要なことは、AIは与えられた文章を全て読み、文章の通りに行動できるということである。AIは人間と違って、文章の意味を取り違えたり、読み飛ばしたりしないのだ。

AI時代は文章力の重要性が高まる

人間は文章を読まない。なので、どれだけがんばって文章を書いたところで、読んでもらえないという圧倒的な効率の悪さがあった。さらに、読んでもらえたとしても、こちらの意図通りに理解してもらえるとは限らない。つまり、人間の書いた文章を人間に伝えるという行為には、「読了の壁」と「読解の壁」という2つの壁があった。

読解の壁と読了の壁

例えば、100の情報量の文章を人間に向けて書いたとして、読んでもらえるのが50%、正しく理解してもらえるのが25%だったとしたら、75%は無駄になっていたことになる。数字にすると悲惨に見えるが、日々あなたがビジネスで書いている文章を想像してみてほしい。25%伝わっていれば、良い方なのではないだろうか。

しかし、AIは違う。まず、AIはこちらが書いた文章を確実にすべて読んでくれる。普段文章を書いている人間からすると、こんなにありがたいことはない。さらに、論理的で正確な文章を書けてさえいれば、AIは思い通りの成果をアウトプットしてくれる。

対人間と対AIの比較

100%読んでくれて、100%理解してくれる。もちろん、入力する文章や内容が複雑になれば、AIも文章の一部を読み飛ばしたり、間違った解釈をすることも当然あるだろう。しかし、それを差し引いたとしても、AIにとって文章とは、人間よりも遥かに効率的に情報を伝えられる手段なのだ。

上記で例示した駅の自動券売機には「文章を読んで下さい」というテプラが貼ってあったが、もしこれが人間相手ではなく、AI相手だったとしたら、こんなテプラは必要なかっただろう。AIならすべての文章を読み、切符を買うというタスクを問題なく完了できるからだ(もちろん、券売機の文章が正確に書かれているという前提ではあるが)。

この圧倒的な優位性から、AIの普及が進めば進むほど、文章を書くスキルの重要性はさらに高まるであろう。そして、そこで求められるのは、詩的で美しいエモーショナルな文章ではなく、物事を正確かつ論理的に伝えるロジカルな文章なのだ。

「人間は文章を読まない」前提で文章を書く方法

冒頭で2つの事例を比較し、その差が「人間は文章を読まない」ことを前提にしているかどうかである、と述べた。

では、文章を読まない人間に対して、我々は文章で物事を伝える際、何に気をつければ良いのか。そのひとつが、文字を削って脳へのコストを減らすことである。

例えば、漫画家の松井優征先生は、漫画家を対象とした創作講座「ジャンプの漫画学校」で次のように語っている。

週刊連載の1話にあるフキダシは、平均して50個ぐらいでしょうか? 全部のフキダシから3文字程度減らしたら、150~200文字くらいの削減になります。200文字って、いざ読むとなると結構な労力ですよね。それを取り除くことができれば、読者の脳に「この漫画は読みやすい」と、潜在的に植えつけることが期待できます。

ジャンプの漫画学校講義録⑥ 作家編 松井優征先生「防御力をつければ勝率も上がる」より引用

伝えたいことを変えずに、一文字でも文字を少なくすることで、読みやすさは格段にアップするのだ。

例えば、次のような文章があったとする。

米津玄師さんのコンサートが行われるPayPayドームの最寄駅であるで唐人町駅までの運賃は260円です。

この文章において、「文字数を一文字でも少なく」という作業を、究極まで突き詰めるとどうなるか。それがこちらだ。

米津玄師 260円

このテキストコミュニケーションがいかに効率的で優れたものなのか、理解していただけたのではないかと思う。

人類に文章は早すぎた

ではなぜ、そもそも、人間は文章を読めないのか。

まず、20万年前の狩猟採集時代から、人類のハードウェアはアップデートされていない。

ハーバード大学の医学准教授のジョン・J・レイティは次のように述べている。

現生人類と呼ばれるホモ・サピエンスは、20万年ほど前にアフリカに出現したとされ、その後、変化はほとんど見られない。すなわち現生人類のバージョン1.0が出現して以来、顕著なアップデートは起きていないのだ。

ジョン・J・レイティ『GO WILD 野生の体を取り戻せ!』より引用

一方、「文字」というテクノロジーが誕生したのは、今から5000年前と言われている。

書き言葉である文字が登場したのは5000年ほど前で、20万年に及ぶ人類史の中では最近のことだ。

産経新聞『文字の発明 脳の外で記憶、知識を無限に蓄積』より引用

20万年という途方も無い人類の歴史の中で、文字が使われ始めてから、たったの5000年しか経っていないのだ。つまり、人間というハードウェアには、文字というテクノロジーを処理できるようなソフトウェアがインストールされていないのである。

20万年もアップデートされていないハードウェアで、最近生まれた文字というテクノロジーを扱っている状態は、もはやバグと言っていいかもしれない。当然不具合も起きるであろう。その文字をさらに複雑に構成した「文章」というツールは、人類には早すぎたのだ。

文章を書くことを仕事にしている私ですら、文章というのはなんと不便なツールなんだとずっと思っている(もちろんその便利さに多大なる恩恵を受けてはいるのだが)話せば5秒で解決するのに、Slackで何往復もしているこの時間は一体何なんだ?とずっと思っている。

文章とは人間にとってそもそも不便なツールである。なので、仮にあなたが読んだり書いたりがうまくできなかったとしても、それはある意味当然なのだ。

世界最古の文字との共通点

最後に、非常に興味深い事例を紹介したい。

ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』によると、今から5000年ほど前、我々の祖先は「合計29086単位の大麦を37か月間に受領した。クシム(署名)」というメッセージを伝えるために、次のような文字を残したそうだ。

29086 大麦 37か月 クシム

「世界最古の文字」と言われるこの名詞と数字の羅列、どこかで見覚えがないだろうか。

そう、冒頭で紹介した「米津玄師 260円」と全く同じ構造なのだ。

いかに人間というハードウエアに最適な文章なのかが、わかっていただけたとかと思う。そして、少なくとも5000年前から人類がアップデートされていないという事実は、どうやら間違いないようだ。

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