【読書記録】帰れない探偵/柴崎友香
✳︎衣咲(えさき)です


「今から10年くらいあとの話」 そんな予言のような一文から、この物語は幕を開けます。
最初は、霧の中を歩いているような感覚でした。
語り手は誰なのか、ここはどこなのか。しかし読み進めるうちに、断片的な設定や真相がパズルのように組み合わさり、頭の中に少しずつ「街」の輪郭が形作られていく。その過程が、たまらなく刺激的です。
主人公は、ある事情から生まれ育った国に帰れなくなった女性探偵。彼女が巡る国々の描写が、とにかく五感に訴えかけてきます。
容赦ない熱波、重たく湿った空気、あるいは不自然なほどに続く晴天。具体的な地名ではなく、「気温」や「天気」の質感で立ち上がる異国の風景は、どこか現実の地続きにある不穏さを孕んでいます。
「探偵」という肩書きではありますが、いわゆる明快な事件解決は描かれません。それよりも、背後に漂う時代の空気感や、「10年後に何が起きたのか」という静かな謎が、読者の心に深く浸食してきます。
また、本作は物理的な「本」としての手触りも独特でした。 ページをめくろうとして「2枚重なっているのかな?」と何度も指先を確認してしまうほどの、紙の厚み。その重厚な手触り自体が、物語の世界観を補完しているようにも感じられました。
掴みどころがなく、ストーリーの行方も予測不能。 けれど、正体不明のこの世界を独りで歩き続ける主人公に対し、最後には深い信頼と好意を抱いていました。
静かで、けれど揺るぎない意志。 今までに出会ったことのない、稀有な読書体験をさせてくれる一冊です。
「世界探偵委員会連盟」に所属する「わたし」は、ある日突然、探偵事務所兼自宅の部屋に帰れなくなった。
急な坂ばかりの街、雨でも傘を差さない街、夜にならない夏の街、太陽と砂の街、雨季の始まりの暑い街、そして「あの街」の空港で……「帰れない探偵」が激動する世界を駆け巡る。
現在のお風呂本
#GOAT
510円でこの質と量!!
全て読み切りなのでこの一冊からでも手にしやすい
次に読む本
飲んだくれの農場主ジョーンズを追い出した動物たちは、すべての動物は平等という理想を実現した「動物農場」を設立した。守るべき戒律を定め、動物主義の実践に励んだ。農場は共和国となり、知力に優れたブタが大統領に選ばれたが、指導者であるブタは手に入れた特権を徐々に拡大していき……。権力構造に対する痛烈な批判を寓話形式で描いた風刺文学の名作。『一九八四年』と並ぶ、オーウェルもう一つの代表作、新訳版
最近購入した本
センセイ。わたしは呼びかけた。少し離れたところから、静かに呼びかけた。
ツキコさん。センセイは答えた。わたしの名前だけを、ただ口にした。
駅前の居酒屋で高校の恩師・松本春綱先生と、十数年ぶりに再会したツキコさん。以来、憎まれ口をたたき合いながらセンセイと肴をつつき、酒をたしなみ、キノコ狩や花見、あるいは列車と船を乗り継ぎ、島へと出かけた。その島でセンセイに案内されたのは、小さな墓地だった――。
40歳目前の女性と、30と少し年の離れたセンセイ。せつない心をたがいにかかえつつ流れてゆく、センセイと私の、ゆったりとした日々。切なく、悲しく、あたたかい恋模様を描き、谷崎潤一郎賞を受賞した名作。
解説・木田元
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