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安倍総理暗殺事件と伊藤博文(4)日本の「顔」としての役割~安倍総理の政治的立場~②対ロシア融和―北方領土―マイダン革命とクリミア併合

*前回「安倍総理暗殺事件と伊藤博文(3)日本の「顔」としての役割~安倍総理の政治的立場~②対ロシア融和―北方領土―ヤルタ密約」のつづきです。


②対ロシア融和(4)―北方領土―サンフランシスコ条約から第二次安倍政権に至るまで

1951年のサンフランシスコ平和条約で、日本は「千島列島」を放棄することが確定しました。ですが、放棄したのはあくまでも日露戦争後のポーツマス条約によってロシアから割譲された「諸島」に限られます。
すくなくとも北方領土がこれに含まれないことは明白です。
この時点で「ヤルタ密約」の正当性は完全に否定されたはずでした。

ただ、それでもソ連はこのサンフランシスコ条約には参加していません。
そのため「ヤルタ密約」の拡大解釈が一人歩きしているのが現状とも言えます。

さて、1990年代には、ソ連崩壊後のエリツィン政権期に日露関係改善の兆しが見えたものの、領土問題は棚上げされてしまいました。
こうした状況を打破する形で第二次安倍政権は、電光石火の日露接近を実現します。ここに来て、北方領土解決に向けた動きは大きく前進することとなりました。

ところが、その機運は突然のできごとで頓挫することになります。
いわゆる「マイダン革命」(ウクライナ政変)と「クリミア併合」が起きたからです。

Wikipedia「ロシアによるクリミアの併合」より
クリミア(濃緑)とウクライナ(薄緑)、ロシア(薄赤)

②対ロシア融和(5)―北方領土―2014年、マイダン革命とクリミア併合

2014年の「マイダン革命」とは、親欧米派が親露派政権を非民主主的な手段で倒した事実上のクーデター事件です。
これに対して、安全保障体制の動揺を抑えるために打たれたロシアによるカウンターが「クリミア併合」でした。

この一連の出来事を理解するには、革命そのものの性質を見極める必要があるでしょう。
まず、マイダン革命はすくなくとも民主主義的観点から明らかに問題のある「革命」と言わざるを得ません。
結果論ですが、選挙で選ばれたヤヌコビッチ政権が、憲法上の正規手続きを経ないまま排除されたことは事実でしょう。武装化した抗議行動、議会手続きの不備、この時点で民主主義的「革命」として支持できるものではありません。

また、マイダン革命のより本質的な問題は、外国によるあからさまな干渉があった点です。
とくに米・ヌーランド国務省次官補の通話内容が暴露されたことで、米国による「革命」後のウクライナ政権への人事介入が露見しています。
すくなくとも当時のオバマ政権が「革命」を煽る側であったことはまず間違いないでしょう。
また、「革命」の資金源としてジョージ・ソロス氏の関与が囁かれていますが、こちらはむしろソロス財団(Open Society Foundations)側が公表している事実です。

すくなくとも、この時点では民主主義的観点に立てば、ウクライナ革命政権側に問題があることは指摘できるのではないでしょうか。

②対ロシア融和(6)―北方領土―米国の思惑

さて、先述したヌーランド国務次官補の通話やソロス財団(本部は米国・ニューヨーク)の動きから見ても、「マイダン革命」でウクライナから親露派の排除を画策した側に“米国・オバマ政権”がいたこと、これはまず間違いないでしょう。
では、なぜオバマ政権はロシアを刺激するような戦略を採ったのでしょうか?

結論から言えば、オバマ政権の対ウクライナ戦略は稚拙と評するしかありません。
当時、米国は対中シフトに移行しつつありましたが、ウクライナを巡ってロシアを強く刺激してしまい、結果としてロシアを中国側へと押しやっています。
安倍総理の対露接近が対中戦略として一貫しているという話をしましたが、まさに安倍総理の戦略と逆行する形で、オバマ政権によって対中包囲網の北側が崩されてしまったわけです。

結果、日本はG7の一員として対露制裁に組み込まれ、安倍政権が主導権を握りつつあった北方領土交渉は構造的に封じられてしまったと言えます。

*以上
「安倍総理暗殺事件と伊藤博文(4)日本の「顔」としての役割~安倍総理の政治的立場~②対ロシア融和―北方領土―マイダン革命とクリミア併合」


【参照情報】

日本国は、千島列島並びに日本国が千九百五年九月五日のポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。

サンフランシスコ平和条約(日本国との平和条約)第二章「領域」・第二条(c)


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