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【東大入試の名問から学ぶ】東大生が教える「銀」から読み解く世界の歴史

みなさん、こんにちは!
現役東大生の光永帆希です。
 
先週は金の価値がどう生まれたかについての歴史を解説しましたが、ご覧いただけたでしょうか? 

実はこの金以上に、世界史において重要なのが銀なんです。
 
銀と聞くと、アクセサリーや食器に使われる金属というイメージを持つ人も多いでしょう。
 
しかし16~17世紀には、銀は世界中の人やモノ、お金を動かし、世界を一つの経済圏へと結び付けた存在でした。
 
世界史では、大航海時代、アメリカ大陸の植民地化、中国の明~清の時代、ヨーロッパの商業革命などを、それぞれ別々の出来事として学びますが、これらは一本の線でつながっています。
 
そして、その中心に銀が存在していたのです。
 
こうした有機的な関係を理解できているかを問うため、2004年の東京大学の入試では「16~18世紀における銀を中心とした世界経済の一体化」が出題されました。 

第1問
 1985年のプラザ合意後、金融の国際化が著しく進んでいる。1997年のアジア金融危機が示しているように、現在では一国の経済は世界経済の変動と直結している。世界経済の一体化は16,17世紀に大量の銀が世界市場に供給されたことに始まる。19世紀には植民地のネットワークを通じて、銀行制度が世界化し、近代国際金融制度が始まった。19世紀に西欧諸国が金本位制に移行するなかで、東アジアでは依然として銀貨が国際交易の基軸貨幣であった。この東アジア国際交易体制は、1930年代に、中国が最終的に流通を禁止するまで続いた。
 以上を念頭におきながら、16-18世紀における銀を中心とした世界経済の一体化の流れを概観せよ。解答は、解答欄(イ)を使用して、16行以内とし、下記の8つの語句を必ず1回は用いたうえで、その語句に下線を付せ。なお、(  )内の語句は記入しなくてもよい。

グーツヘルシャフト(農場領主制)、一条鞭法、価格革命、綿織物、日本銀、東インド会社、ポトシ、アントウェルペン(アントワープ) 

問題には一条鞭法、ポトシ、価格革命、東インド会社など、一見すると別々の単元で学ぶ出来事が並んでいます。
 
それを、銀を主役にして16行(=480文字)以内で再構成させることで、基礎知識の暗記はもちろん、知識同士を体系化して理解できているのかを問う問題でした。
 
今回はそんな銀を中心とした歴史について、この東大入試の「16世紀から18世紀における銀を中心とした世界経済」を題材にしながら、地学や地理の視点も交えて掘り下げて見ていこうと思います。 


・銀も地球ではなく宇宙で生まれた 

実は銀の歴史は、人類どころか地球の誕生よりも昔までさかのぼります。
 
金と同じく、銀は地球の中で作られた元素ではありません。
 
銀のような重い元素は、中性子星同士の衝突・合体など、宇宙でも極めてまれな現象によって生み出されたと考えられています。
 
こうして誕生した銀を含む物質が集まり、約46億年前に地球が形成されました。
 
金と同様に、地球が誕生した当初から、銀がそのまま地表にあったわけではありません。
 
形成直後の地球は、高温で溶けたマグマの海のような状態でした。
 
このとき、重い金属は地球内部へ沈み込み、軽い岩石は地表付近に残ります。
 
銀もその一部は内部へ移動しましたが、金ほど鉄と結び付きやすい性質ではないため、比較的多くが地殻にも残りました。
 
その後、プレート運動や火山活動が長い年月にわたって続きます。
 
地下深くではマグマの熱によって地下水が数百度の熱水となり、岩石の割れ目をゆっくりと循環します。
 
この熱水には銀や金、銅などがごくわずかに溶け込んでおり、地表近くで冷えると金属が沈殿します。
 
こうした現象が何万年、何百万年も繰り返されることで、銀鉱床が形成されました。

画像は筆者がAIで作成

つまり、絶対ではないものの、海洋プレートと大陸プレートがぶつかる「狭まる境界」などの火山地帯で、銀は豊富に産出されやすいというわけです。
 
実際、ペルーやメキシコといった銀の主要生産国は環太平洋造山帯に属し、火山地帯になっています。
 
日本列島も複数のプレートがぶつかる場所に位置するため、地下では活発な火山活動や熱水活動が続いています。
 
その結果、日本各地には金や銀の鉱床が形成されました。
 
その代表が島根県の石見銀山です。
 
16世紀前半に本格的な採掘が始まると、石見銀山は世界最大級の銀山へと発展しました。
 
当時は世界で流通する銀の約3分の1を日本が産出していたという推計もあり、日本は世界有数の銀産出国でした。
 
戦国時代において、織田信長や豊臣秀吉などの武将たちもまた、莫大な銀をもとめて支配を目指しました。 


・世界を駆け巡る銀

 もっとも、日本の銀は国内で使われただけではありません。
 
16世紀、世界では大航海時代を迎えており、世界経済が結びつき、活発に動いていました。
 
中国は当時世界大規模の工業生産力を誇り、商人たちは絹、陶磁器、茶といった名産品をヨーロッパ人相手に輸出していました。
 
この時にヨーロッパ人が名産品と交換したのが、貨幣としての銀だったのです。
 
そのため、日本銀も中国へ大量に輸出されるようになります。
 
ポルトガル商人が日本と中国を結ぶ貿易に積極的だったのも、日本銀が中国との取引に欠かせない決済手段だったからです。
 
中国との取引に用いられた銀は日本銀だけではありませんでした。
 
16世紀半ば、現在のボリビアで巨大な銀山・ポトシ銀山が発見されたことで、世界の銀の流通はさらに大きく変化していくことになります。
 
火山地帯であるアンデス山脈の、標高約4000メートルに位置するこの銀山は、それまで人類が経験したことのない規模の銀を産出しました。
 
スペインは先住民やアフリカから連れてこられた人々を過酷な労働に従事させ、大量の銀を採掘します。
 
こうして、日本銀に加えてポトシ銀という新たな供給源が誕生したことで、世界市場に流通する銀の量は飛躍的に増加しました。 


・中国とヨーロッパへの社会的影響

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