見出し画像

ー 能 狂言 ー『日出処の天子』観劇記 (2026.6.21 札幌教育文化会館) - 涼風吹き抜ける夏の北国にて

   山岸凉子さんの往年の傑作漫画、「日出処の天子」を原作として能狂言で上演する「- 能 狂言 -『日出処の天子』」の北海道公演に出向いた(2026年6月21日 札幌教育文化会館)。ようやく夏の雰囲気の札幌である。

会場近くの大通公園 奥に見えているのは昔の高等裁判所の資料館
大通りを振り返って
美しいバラの数々が咲き誇る

 昨年の夏、東京の能舞台でこの作品を上演すると聞いたときから、ユニークなチャレンジと思っていた。好評だったとみえて、巡業して今年は札幌公演も実現。山岸さんの地元だから、上演しない方が不思議である。

会場内で

 日曜日一日の上演で、人気の野村萬斎主演公演とあって、チケット争奪戦が予想された。案の定抽選で、SS席からすべてのランクを申し込んでいたが、結局A席で2階席の端のブロック。これはオペラグラス必携だが、舞台全体がよく見えたのであまり不自由はなかった。なお、今回で18回目の上演だそうだが、他の会場はすべて能舞台で、ホールで上演は初めてという。観客は、私のように山岸さんの漫画のファン世代が多いようで、近くの人が話しているのを聞くと、身につまされるような日常がかいまみえる。みんなそれぞれ同じように年を重ねて、今ここに来ているんですね、と感慨深い。着物姿の人も多かった。

 この作品はコミックスで全7巻。私も、今も大切に持っているが、読み始めると一気呵成に最後まで進む、全く無駄のないストーリー運びである。まず、これをトータル2時間で収めたのがいかにすごいことか。厩戸皇子の隠れ家「夢殿」を舞台の中心に置き、影絵も使用して、外の世界のできごとの対比を浮き彫りしていること、狂言回し的立ち位置である泊瀬部大君(はつせべのおおきみ)がらみのエピソードを1場面にまとめているところなど、感心することしきりだった。アフタートークで、構成・演出を行った野村萬斎が、控えめに「・・大変でした・・」と言っていたが、彼の才を改めて感じ入った次第である。この舞台は「日出処の天子」を全く見たことがない人がいきなり接して理解するのは難しいが、この作品のファンは、しっかり脳内補完しているので問題はない(笑)。重要なセリフはすべて原作のまま活かしてくれているおかげで、あのシーンだなあ、と容易に目に浮かぶのである。クライマックス、厩戸皇子が、プライドをかなぐりすてて毛人に愛を乞うシーンで、毛人に拒絶されたときに厩戸のいる地面がひび割れていく。そのインパクトが忘れられないという読者は多いと聞くが、映像で再現してくれていたのも、この作品を深く理解していてこそと感じ入った。

 終演後は、出演者に山岸さんも加わった40分間のアフタートークもあり(北海道だけとのこと)、ちょっぴり得をした気分だった。

 山岸凉子さんが、今もお元気でこのような場所にも出てこられるのはファンとして嬉しいかぎり。前回の公演から、厩戸皇子の弟の久米皇子が登場したのは、山岸さんの発案という。山岸さんは、悪者にされがちな厩戸の母、間人媛(はしひとひめ)を単なる「毒親」にしてほしくない、と思って久米皇子を登場させたそうだが、山岸さんは、過去、数多くの「毒親」を描かれてきたはずなのに(ショッキングな「天人唐草」など)、今回なぜそう思われたのか、もう少しうかがいたい気がした。原作の久米皇子は、兄の厩戸皇子を慕う気持ちもあって、兄と母との確執に心を痛めていたので、どうせならそんなところもみえるとなお良かったと思う。
 泊瀬部大王は、最初から最後まで情けないイヤな奴だが、演じた茂山逸平は、ご本人いわく「狂言方のクセ」で、ついユーモラスな雰囲気を出して「萬斎先生にダメ出しをされました」と言って笑いを取っていた。確かに、ところどころ彼だけトーンが違う。泊瀬部は徹頭徹尾悪役で、イイ人になってはいけない、と言われたそうだが。厩戸皇子に送り込む刺客との酒をめぐるからみのシーンなどは、まさしく狂言「附子(ぶす)」のようで、続く緊迫したシーンの見事な小休止になった。
 主演の野村萬斎は「還暦になる私が10才から19才を演じます」などと自虐して笑っていたが、もともと端正な人だし、十分雰囲気が出ていたと思う。この作品を能・狂言化するとして、彼以外に誰が厩戸皇子を演じるというのだろう。最初は、全員面をかけて出るという演出も考えたそうだが、萬斎さんのファンはやっぱりお顔を拝見したいんだと思いますよ(笑)。いつも自信たっぷりの彼だが、この日は、「(狂言方はふだん履くことのない)白足袋を履かせてもらいました」などといつになく謙虚な感じなのは、横にシテ方の大家、大槻文藏さんがおられるからだろうか。文藏さんは、自分のことを「先生」と呼ばせないような方なので、さすがの萬斎さんも控えめにしているのが興味深かった。

  今回はパンフレットを買ってみたのだが、3000円もするのに薄いし、歌舞伎の筋書のような説明もない。なんだろうと思ったがあとからよく読むと、この舞台の台本の初期稿が原作漫画の画とともに載せられていて、とても面白い。この台本を制作した見崎可奈さんも、大変な労力を割かれたことだろう。原作をアレンジすると元々のファンからいろいろと言われることがあるが、これは見事だと思う。ひとつ残念なのは、この説明を予め読み込んだうえで観たならなお良かったであろうこと。というわけでこの舞台、機会があればもう一度観てみたいです。配信でもいいので、多くの人が観られるとよい作品だと思います。上演に尽力された方々に心から感謝いたします。

キャッチ画像再掲 ロビーの床に デザイナーの田中宏美さんのアート(撮影可)