見出し画像

贖罪の献げ物(chatat:ハッタート)の法理学(下):ミシュナ『Zevachim(ゼヴァヒーム)』『Shevuot(シェブオット)』に基づく過失と聖性侵犯の祭儀構造

*旧約聖書の最高権威であるトーラ、および口伝律法ミシュナを参照し、各種の献げ物を解説するシリーズ5回目。今回はレビ記5章に規定された「贖罪の献げ物(chatat:ハッタート)」の法理的構造を、口伝律法ミシュナの諸篇「Zevachim(ゼヴァヒーム)」、「Shevuot(シェブオット)」に基づき詳解する。

 証言の誓い、忘却による聖性侵犯、軽はずみな誓いといった具体的ケースに加え、貧困層に適用される「可変的な贖罪の献げ物」の祭儀的変遷を網羅。

 祭壇における「赤いライン」を基準とした血の奉仕の上下規定や、鳥の献げ物におけるmelikah(メリカー:首の切断方法)の技術的相違点など、従来の情緒的な聖書解釈を排し、2,000年前の「律法の現場」における厳格な法理を再現する。


序:前回(第1回)の要約と本稿の目的


 前回は以下の内容を確認した。

【1】贖罪の献げ物(chatat:ハッタート)の定義

 キリスト教的な広義の「罪」概念とは異なり、「実際に行われた行為」かつ「不注意による過失」のみが対象となる。

 また、もし意図的に犯せば「民から断たれる(karet:カレート)」という重罪に該当する36の禁止規定を、不注意で犯した場合にのみ、この献げ物が義務付けられる。

【2】統治構造上の地位による献げ物の違い

 過失を犯した者の立場によって、いけにえの種類や血の奉仕の場所が異なる。

①大祭司(油注がれた祭司)

 律法の解釈を誤り、民に重罪を犯させた場合に「無傷の若い雄牛」を献げる。

 血は聖所内に持ち込まれ、垂れ幕に振りかけられ、香の祭壇に塗られる。

②最高法院

 誤った法判断で全イスラエルに律法を破らせた場合、大祭司と同様に「若い雄牛」を献げ、同様の手順で贖いを行う。

③王(共同体の代表者)

 自身の過失に対して「無傷の雄山羊」を献げる。大祭司らとは異なり、血の奉仕は外の祭壇で行われる。

④一般の民

 王の場合とほぼ同様であるが、いけにえには「雌山羊」を用いる。

【3】祭儀の具体的プロセスと法理

 贖罪の献げ物は「至聖なるもの(kodshei kodashim)」であるため、必ず祭壇の北側で屠らなければならない。

 王や一般人の場合、祭司は祭壇の周囲にあるsovev(ソヴェヴ)と呼ばれる通路を巡り、「南東→北東→北西→南西」の順で角に血を塗る。

 大祭司や最高法院の献げ物の場合、その肉は誰も食べず、宿営の外(エルサレムの城壁外)にある「灰の家(beit hadeshen;ベイト・ハデシェン)」で完全に焼き捨てられる。

 以上の内容に不安な方は、以下のリンクから確認して欲しい。

◉贖罪の献げ物(chatat:ハッタート)の法理学(上):レビ記4章とミシュナ『Zevachim(ゼヴァヒーム)』に基づくkaret(カレート)と過失の祭儀的構造

https://note.com/mishnah/n/n1e55e2bb6e6f


証言拒否と自白に伴う贖罪規定(レビ記5章1節)


 今回はその続きである。レビ記5章の冒頭には、3つの場合に贖罪の献げ物を献げることを規定している。順番に確認する。

 1だれかが罪を犯すなら、すなわち、見たり、聞いたりした事実を証言しうるのに、呪いの声を聞きながらも、なおそれを告げずにいる者は、罰を負う。・・・(中略)・・・以上のいずれかに関して、 5責めを負うときには、彼はその罪を犯したことを告白し、 6犯した罪の代償として、群れのうちから雌羊または雌山羊を取り、贖罪の献げ物として主にささげる。祭司は彼のためにその犯した罪を贖う儀式を行う。

(レビ5:1~6)

 まずは1節の事案である。これは偽りの証言をした場合である。

 金銭等のトラブルが起こった時、その証人には出てきて証言する責任がある。もし証人がその事実に関して知らないと言うなら、訴訟当事者はその点に関して誓いを求めることが出来る。

 それは法廷の中においても、法廷の外においても有効な誓いを要求出来る。

 本節は証人がそのような誓いをしたものの、後でそれが虚偽であったと自ら認めた場合である。

 贖罪の献げ物は、基本的には不注意で犯してしまった場合、あるいは意図的ではなく犯してしまった場合に献げられるが、ここでは自ら虚偽を証言したことを理解しながら、後で自白した場合に献げる。

 逆にもしも他の証人によって自らの虚偽が立証された場合、chatatを献げることは出来ない。

 「見たり、聞いたりした事実を証言しうるのに」(1節)というのは、例えば金銭取引の現場を見たり、あるいは現場を見ていないなら、被告が証人の前でそれを認めるのを聞いた場合など。

 「呪いの声を聞きながら」(1節)というのは、偽りの誓いをしたなら、恐ろしい事態を招来することを語っている。

 次に進む。

忘却による聖性侵犯とkaretの回避(レビ記5章2~3節)

 2汚れた野獣、家畜、爬虫類の死骸など汚れたものに気づかずに触れるならば、その人は汚れ、責めを負う。 3いかなる種類の汚れであれ、人体から生じる汚れに気づかずに触れるならば、それを知るようになったとき、責めを負う。

(レビ5:2~3)

 これは文字通りには死骸に触れたり、人の死体に触れることの禁止を述べているが、それを掟で禁止するのは不可能である。従ってここでは汚れの状態にありながら、聖所に入ったり、献げ物の肉を食べたりすることを言っていると解釈されている。

 また、死骸に触れたり、遺体に触れることによる汚れに限られず、その他に原因でも汚れたままで聖性を犯すことを含むとされる。

 聖性を意識的に侵犯することはkaretの罰則のもと禁止されている。それを不注意で犯した場合、chatatを献げる。

 次である。

軽はずみな誓いの四分類と法理的解釈

 4悪いことについてであれ、善いことについてであれ、どのような事柄についてであっても、軽はずみな誓いが立てられるようなことに関して、軽はずみな誓いを立てたならば、それを知るようになったとき、責めを負う。

(レビ5:4)

 4節は軽はずみな誓いをしてしまったことを認識した時、贖罪の献げ物を献げなくてはならないとする。原則を紹介する。

 誓いには2種類あり、実際は4つある。「私は食べることを誓う」、「私は食べないことを誓う」、「私は食べたことを誓う」、「私は食べなかったことを誓う」。
 もし彼が「私は食べないことを誓う」と言って、彼がごく少量でも食べたなら 、-彼は有責である。

(Shevuot 3:1)

 「誓いには2種類あり、実際は4つある」とは、次のことを言っている。

①未来への肯定: 「私は〜を食べる」と誓って食べなかった。

②未来への否定: 「私は〜を食べない」と誓って食べた。

③過去への肯定: 「私は〜を食べた」と嘘(または勘違い)の誓いをした。

④過去への否定: 「私は〜を食べなかった」と嘘(または勘違い)の誓いをした。

 過去と未来の2種類だが、肯定と否定があるので4つになる。続きには次のようにも書かれている。

 もし彼が「私は食べないし、飲まない」と誓い、彼が食べ、飲んだなら、-彼は2回について有責である。

(Shevuot 3:1)

 「私は飲まないことを誓う」-彼が多くの飲料を飲んだなら、-彼は1回についてのみ有責である。しかしもし彼が「私はぶどう酒も、油も、蜂蜜も飲まないと誓う」と言い、飲むなら、-彼はそれぞれについて有責である。

(Shevuot 3:1)

 具体的な事例はこの位にしておく。以上レビ記5章1~6節までをまとめると、次のようになる。

①偽りの証言をし、自白した場合

②聖性を汚したことに気付いた場合

③軽はずみな誓いをしたことに気付いた場合

 これらの場合にchatatを献げることになる。

 家畜を献げることは大きな負担になる。そこでトーラは貧しい人の場合を規定している。

可変的な献げ物と鳥の祭儀規定

 7貧しくて羊や山羊に手が届かない場合、犯した罪の代償として二羽の山鳩または二羽の家鳩、すなわち一羽を贖罪の献げ物として、もう一羽を焼き尽くす献げ物として、主にささげる。 8彼がそれを祭司のもとに携えて行くと、祭司は初めに贖罪の献げ物の鳩を祭壇にささげる。まずその首をひねり、胴から離さずにおく。 9次に、贖罪の献げ物の血を祭壇の側面に振りまき、残りの血を祭壇の基に絞り出す。これが贖罪の献げ物である。 10次いで、もう一羽の鳩を焼き尽くす献げ物として規定に従ってささげる。

(レビ5:7~10)

 貧しい者は雌羊または雌山羊ではなく、2羽の鳥を献げることが出来る。1羽は贖罪の献げ物であり、1羽は焼き尽くす献げ物である。

 これについて、ミシュナ「Zevachim」6章に細かく規定されている。

 鳥の贖罪の献げ物は祭壇の南西側で献げられる。如何なる場所でも有効ではあるが、ここで行う。その角について、3つのことは下方であり、3つのことは上方である。下方。鳥の贖罪の献げ物、近くに来ること、血の残り。上方、・・・(中略)・・・鳥の焼き尽くす献げ物。

(Zevachim 6:2)

祭壇操作の物理的規定:chatatとolahの技術的相違点


 鳥の贖罪の献げ物は祭壇の南西側で献げられ、「下方。鳥の贖罪の献げ物」とある通り、祭壇を取り巻く赤いラインの下方に血を注ぐ。

 鳥の焼き尽くす献げ物については、olahの記事でも述べた通り、ラインよりも上方である。不安な方は以下のリンクから確認して欲しい。

◉レビ記1章における「焼き尽くす献げ物(olah:オラー)」の構造的解析:ミシュナに基づく「血」の奉仕と空間的規定の詳解

https://note.com/mishnah/n/n79fe84cd87ca

 olahの鳥は全て焼かれるが、chatatの鳥については、血以外は祭司が食べる。

 この辺りの詳細は「Zevachim」6章4節に書かれている。

 どのように鳥の贖罪の献げ物は献げられるだろうか?鳥の頭の後ろにmelikahを行う、引き裂かないようにして。それからその血を祭壇の壁にかける。残りの血は基の上に流される。祭壇は血だけを受け、全ては祭司のものとなる。

(Zevachim 6:4)

 olahの場合、「まずその首をもぎ取って、血を祭壇の側面に絞り出す」(レビ1:15)とある通り、首をもぎ取るが、chatatの場合は首は引き裂かない。

 そこで、olahの鳥とchatatとの鳥には、以下の相違点がある。

【1】olah

①血はラインよりも上に注ぐ。

②首をもぎ取る。

③全て燃やす。

【2】chatat

①血はラインよりも下に注ぐ。

②首は取らない。

③血以外は祭司が食べる

 最後に、更に貧しい人で、鳥を購入する資力もない場合である。

極貧者のための規定

 11貧しくて二羽の山鳩にも二羽の家鳩にも手が届かない場合は、犯した罪のために献げ物として小麦粉十分の一エファを携えて行き、贖罪の献げ物とする。それにオリーブ油を注いだり、乳香を載せたりしてはならない。それは贖罪の献げ物だからである。 12彼がそれを祭司のもとに携えて行くと、祭司はその中からしるしとして一つかみ取り、祭壇で燃やして主にささげる献げ物に載せて、燃やして煙にする。これが贖罪の献げ物である。

(レビ5:11~12)

 贖罪の献げ物として穀物の献げ物を献げる場合、それはminchat soletto(レビ2:1~3)になる。ただしオリーブ油も乳香も用いない。

 他は通常のminchat solettoと同じであるので、不確かな人は以下のリンクから確認して欲しい。

◉穀物の献げ物(minchah:ミンハー)の律法学的記述――レビ記2章およびミシュナ『Menachot(メナホット)』に基づく奉仕規定と法理の再現

https://note.com/mishnah/n/n805dfdfc5ce1

 以上で贖罪の献げ物についての解説を終える。

(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)

 シリーズ目次は以下からご覧になれます。

◉【完全体系】旧約聖書「五種の献げ物」の法理学的再構築:トーラ及びミシュナの視座による祭儀構造の詳解

https://note.com/mishnah/n/n88a4520aa574

 本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)

https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334


 全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス

https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c


(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

 ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef

いいなと思ったら応援しよう!