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「逃れの町」における過失致死の法理 第3回:『Makkot』2章6節及び『Sotah』8章による大祭司の任期と流刑解除の連動性

*旧約聖書の最高権威であるトーラと、口伝律法ミシュナ『Makkot』を元に「逃れの町」を解説するシリーズ3回目。

 今回は過失致死罪による逃れの町への流刑が、なぜ「大祭司の死」をもって解除されるのか、その司法的・宗教的根拠を口伝律法(ミシュナ)に基づき詳述する。

 『Makkot』2章6節が定義する「聖別の油」「祭服」「代理任職」という大祭司の身分区分を整理し、さらにラビ・ユダが主張する「戦いのために任命された大祭司(meshuach milchamah:メシュアフ・ミルハマー)」の法的権限を『Sotah』8章から析出。大祭司の重い責任と加害者の祈りが交錯する「母たちの供与」の法理までを、日本語圏において厳格な律法の現場を再構築する。


前回の振り返り:逃れの町の配置と42のレビ人の町との法的差異


 前回は以下の内容を確認した。

【1】逃れの町の配置と不可分性

 逃れの町は合計6つあり、ヨルダン川を挟んで東西に3つずつ配置されている。

①ヨルダン川東岸: ベツェル、ラモト、ゴラン。

②ヨルダン川西岸(聖地): ヘブロン、シケム、ケデシュ。

 特徴的なのは、西岸の3つの町が設置されるまでは、先に定められた東岸の3つの町も機能しないという相互依存の状態であることである。

【2】6つの逃れの町と42のレビ人の町の差異

 レビ人に与えられた全48の町(6つの逃れの町 + 42の町)はすべて保護機能を持つが、以下の点で違いがある。

①保護の強制力

 6つの逃れの町は本人の意思に関わらず強制的に保護するが、42の町は本人が保護を求めた場合のみ機能する。

②経済的負担(賃料)

 6つの町では賃料は請求されない。42の町については、請求されるとする説(ラビ・ユダ)と、されないとする説(ラビ・メイル)で議論がある。

【3】事件発生から流刑執行までのプロセス

 過失致死が発生した際の法的実務は、以下の手順で行われる。

①避難

 加害者はまず逃れの町へ逃げ込む。

②法廷への召喚

 事件が起きた町の法廷から召喚され、一度元の場所へ戻って審理を受ける。

③判決

 証人たちの警告を受けたにも関わらず、故意に殺害したのであれば死刑、不慮の事故であれば無罪放免、過失が認められれば流刑となる。

④護送

 流刑となった場合、加害者は再び逃れの町に送られる。この際、被害者の親族による復讐を防ぐため、法廷は2人のトーラ学者を任命して随行させ、安全を確保する。

【4】加害者の対話責任

 加害者はただ保護されるだけでなく、自らも遺族に対して「殺意がなかったこと」を説明し、和解や誤解の解消に努めるべきであるというラビ・メイルの見解も示されている。

 以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。

◉「逃れの町」における過失致死の法理 第2回:レビ人の町の法的機能とミシュナによる身柄移送プロセス

https://note.com/mishnah/n/n4070c6f48f0e

流刑期間の法的定義:民数記35章25節と『Makkot』2章6節の接続


 今回はトーラから始める。次のように書かれている。

 共同体は、人を殺してしまった者を血の復讐をする者の手から救い出し、共同体が、彼の逃げ込んだ逃れの町に彼を帰さなければならない。彼は聖なる油を注がれた大祭司が死ぬまで、そこにとどまらねばならない。

(民35:25)

 逃れの町に逃げた者は、判決後いつまでそこに留まらなくてはならないのだろうか?ここでは「大祭司が死ぬまで」と明記されている。

 この点については、口伝律法ミシュナ「Makkot」2章6節に詳しく書かれている。

 大祭司が油注がれた者であれ、付随の衣装をまとって任命された者であれ、引退した者であれ、-彼の死は加害者を戻らせる。ラビ・ユダは言う。「戦いの為に任命された大祭司であっても、その死によって加害者は戻る。」祭司の母たちは彼らに食事と衣類を提供する、彼らが息子の死を願うことのないように。

(Makkot 2:6)

 大祭司の身分が細かく列挙されている。箇条書きにすると、次のようになる。

①聖別の油で任職した大祭司

 モーセが作った油で任職した大祭司のこと。第1神殿の末期、ヨシヤ王がバビロンの攻撃を見越して、契約の箱などと一緒に隠した。

 その時点までに任職した大祭司である。

②祭服をまとって任職した大祭司

 今述べたヨシヤ王の配慮の後に任職した大祭司。油が無いので、彼らは大祭司の祭服をまとうことで任職された。

③引退した大祭司

 これは説明を要する。以前の記事で詳述したように、大祭司はヨム・キップールの前日は眠らない。

 就寝して射精してしまったら、翌朝からの祭儀を行うことが出来ないからである。

 しかし万一射精してしまったら、総代理が代わりを務める。彼は大祭司になるのである。

 これは1日限りの奉仕であり、終わったら彼は大祭司職から下りることになる。

 本節の「引退した大祭司」はこの大祭司を言っている。

 この点について不確かな方は、以下のリンクから確認して欲しい。

◉yom kippur(ヨム・キップール;贖罪日)の法理と構造 2回目:「Yoma」 1章3節~5節における家畜規定の詳細とサドカイ派対抗の法理的背景

https://note.com/mishnah/n/n2dbb6ed831f4

 上記①~③の大祭司が死去したら、加害者は逃れの町への流刑から解放される。

「戦いのために油注がれた大祭司(meshuach milchamah:メシュアフ・ミルハマー)」の職能と宣言:申命記20章の解析


 ラビ・ユダは更に「戦いの為に任命された大祭司であっても、その死によって加害者は戻る」と述べる。

 「戦いの為に油注がれた大祭司」(meshuach milchamah:メシュアフ・ミルハマー)については、更に詳しい説明を要する。まずはトーラを確認する。

 1あなたが敵に向かって出陣するとき、馬と戦車、また味方より多数の軍勢を見ても恐れてはならない。あなたをエジプトの国から導き上られたあなたの神、主が共におられるからである。 2いよいよ戦いの場に臨んだならば、祭司は進み出て、民に告げ、 3次のように言わねばならない。
「イスラエルよ、聞け。あなたたちは、今日、敵との戦いに臨む。心ひるむな。恐れるな。慌てるな。彼らの前にうろたえるな。 4あなたたちの神、主が共に進み、敵と戦って勝利を賜るからである。」

(申20:1~4)

 本文の「祭司」はこの奉仕の為に塗油された大祭司である。

 この箇所について、詳しくは口伝律法ミシュナ「Sotah」8章に書かれている。

 戦闘の為に油注がれた祭司は、民に話しかける時にはヘブライ語を用いる、次のように書かれている、「いよいよ戦いの場に臨んだならば、祭司は進み出て」(申20:2)、-これは戦闘の為に油注がれた祭司について言っている。「民に告げ、次のように言わねばならない」(申20:2~3)―聖なる言語で。「イスラエルよ、聞け。あなたたちは、今日、敵との戦いに臨む。」(申20:3)―これはあなたたちの兄弟に対するものではない。ユダがシメオンに対して、シメオンがベニヤミンに対してしたようなものではない 。彼らはあなたが降伏するならば、あなたに憐れみをかけたような人々である。・・・(中略)・・・むしろ、あなたの敵に向かうのであり、もしあなたが彼らの手に落ちるなら、彼らはあなたに憐れみをかけることはない。「心ひるむな。恐れるな。慌てるな。彼らの前にうろたえるな」(申20:3)。馬のいななき、剣のきらめきを「恐れるな。」―盾がぶつかって鳴る音や多数の兵士たちを目にしても、「慌てるな。」―トランペットの音を聞いても、「うろたえるな。」「あなたたちの神、主が共に進み、敵と戦って勝利を賜るからである。」(申20:4)彼らは体と血に信頼して来るのだが、あなたたちは全能者の勝利を信じて来るのである。・・・(中略)・・・「あなたたちの神、主が共に進み、敵と戦って勝利を賜るからである。」(申20:4)―これは神の箱がその只中にある陣営である。

(Sotah 8:1)

 まず、戦いの為に油注がれた大祭司は「民に話しかける時にはヘブライ語を用いる」とある。トーラに書かれている聖句をヘブライ語で呼びかけるのである。

 これは防衛的な戦いであれ、こちらが攻め込まなくてはならない戦いであれ、変わらない。

 彼は以下の話を2回、兵士たちにしなくてはならない。1回は国境地帯においてであり、1回は敵の面前においてである。

 どちらの場合も、まず大祭司が呼びかけ、他の祭司がそれを繰り返して呼びかけるという仕方のようである。

 「これはあなたたちの兄弟に対するものではない。ユダがシメオンに対して、シメオンがベニヤミンに対してしたようなものではない」というのは、今する戦いは、同胞同士のものではないことを言っている。

 「民に話しかける時にはヘブライ語を用いる」とあるので、聖句以外の言葉もヘブライ語で語ると思われる。

 「彼らは体と血に信頼して来るのだが、あなたたちは全能者の勝利を信じて来るのである」とあるのは、異邦人が人間的な力に頼ってくるのに対して、自分たちには神がついていることを思い起こさせている。

 これは次の箇所で象徴される。「これは神の箱がその只中にある陣営である」である。

 イスラエルが戦いに出る時、契約の箱を持って行った。それが神の臨在を証するものであったのである。

 ただし契約の箱の中身は、1番目の契約の板、つまりモーセが割った契約の板が入っていたとされる。

 トーラの続きである。

 5役人たちは民に勧めなさい。
 「新しい家を建てて、まだ奉献式を済ませていない者はいないか。その人は家に帰りなさい。万一、戦死して、ほかの者が奉献式をするようなことにならないように。 6ぶどう畑を作り、まだ最初の収穫をしていない者はいないか。その人は家に帰りなさい。万一、戦死して、ほかの者が最初の収穫をするようなことにならないように。 7婚約しただけで、まだ結婚していない者はいないか。その人は家に帰りなさい。万一、戦死して、ほかの者が彼女と結婚するようなことにならないように。」 8役人たちは更に民に勧めて言いなさい。「恐れて心ひるんでいる者はいないか。その人は家に帰りなさい。彼の心と同じように同胞の心が挫けるといけないから。」 9役人たちが民への勧めを終えたならば、各部隊の長は民の指揮を取りなさい。

(申20:5~9)

 ここでは文字通りには「役人たちは民に勧めなさい」(5節)とあるので、大祭司は関係ないようにも見える。

 しかし実際は以下の通りに行われた。

①3~4節の演説

 既述の通り大祭司が呼びかけ、祭司がそれを繰り返した。

②5~9節の演説

 大祭司が呼びかけ、役人たちがそれを繰り返す。

 以上で「戦いの為に油注がれた大祭司」についての解説を終えた。

 話を戻すが、ラビ・ユダによると、この「戦いの為に油注がれた大祭司」が死んだ場合も、加害者を流刑から解放する。

大祭司の不作為責任と「母たちの供与」:祈りと和解の力学


 最後に「祭司の母たちは彼らに食事と衣類を提供する、彼らが息子の死を願うことのないように」(上掲 Makkot 2:6)についである。

 大祭司は民全体の福祉の為に働く者である。国の中での不幸には彼にも責任があり、今回の出来事も彼の奉仕のあり方に無縁ではない。

 加害者はこの点も踏まえ、また大祭司によって流刑から解放されることもあり、その死を祈ることのないように、母親たちが食事や衣類を提供するという事である。

 今回の内容は以上である。

(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)

 シリーズ目次は以下からご覧になれます。

◉【シリーズ目次】「逃れの町」とレビ族の町の法理:ミシュナが解き明かす律法の執行と都市空間の全貌

https://note.com/mishnah/n/nf1b99ffb956e


  本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)

https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334


 全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス

https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c


(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

 ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef

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