「逃れの町」における過失致死の法理 第2回:レビ人の町の法的機能とミシュナによる身柄移送プロセス
*旧約聖書の最高権威であるトーラと、口伝律法ミシュナ『Makkot』を元に「逃れの町」を解説するシリーズ2回目。
今回は口伝律法ミシュナ『Makkot』2章4節から6節に基づき、古代イスラエルにおける「逃れの町」の法的構造を解説する。ヨルダン川東西に配置された6つの町の不可分性、それらと42のレビ人の町との法的機能の差異、事件発生から加害者の避難、地方法廷への召喚、流刑執行に至るまでの身柄移送プロセスまでを網羅。
前回の振り返り
前回は以下の内容を確認した。
【1】「逃れの町」の定義と目的
「逃れの町」とは、故意ではなく過失によって人を殺してしまった者が、被害者の親族による復讐から逃れ、正当な裁判を受けるために保護される場所である。
加害者がこの町に収容されることは、ミシュナでは「流刑」と表現される。
【2】過失判定の物理的基準:動作の方向性
ミシュナ「Makkot」2章1節では、過失致死と認められるかどうかの基準として、動作が「垂直方向の上向きであったか、下向きであったか」が重視される。
①流刑となるケース
ローラーを下方に転がして落とした、樽を下ろそうとして落とした、はしごを下りていて落ちた、など「下りる時の動作」で人を死なせた場合である。
②免責(事故)となるケース
ローラーを上に引いていた、樽を持ち上げようとした、はしごを上っていた、など「上る動作」での死亡は、不慮の事故(不可抗力)とみなされ、流刑の対象にはならない。
【3】場所の法的性質と「立ち入り権」
加害者の責任は、被害者がその場所にいる正当な権利を持っていたかによっても左右される。
誰もが立ち入る権利がある場所(例:森での薪割りなど)での事故は過失と見なされる。
自分の庭に石を投げた場合など、私的な場所においては、被害者にそこに入る権利があれば流刑になるが、不法侵入など権利がない場所に被害者がいた場合は、加害者は責任を問われない。
【4】律法の適用範囲と非対称性
加害者の身分によって、逃れの町の権利が適用される範囲が異なる。
イスラエル人・サマリア人(クテ人)・カナン人奴隷については、イスラエル人を過失で殺した場合、逃れの町に逃げる権利(流刑)が認められる。
聖地に住む異邦人(ノアの法を守る人たち)の場合、同じ異邦人を殺した時のみ逃れの町の権利が与えられる。イスラエル人を殺してしまった場合には、この権利は適用されない。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉「逃れの町」における過失致死の法理 第1回:ミシュナ『Makkot』に見る法的要件と適用範囲
https://note.com/mishnah/n/n216945f5de8b
ヨルダン川東西における「逃れの町」の不可分性と配置の法理
今回はその続きである。口伝律法ミシュナ「Makkot」2章4節から引用する。
どこに流刑されるのだろうか?逃れの町である。3つがヨルダン川の向こうであり、3つが聖地である。次のように書かれている。「ヨルダン川の東側に三つの町、カナンの土地に三つの町を定めて、逃れの町としなければならない。」(民35:14)聖地に3つ選ばれていない内は、ヨルダン川の向こうの3つも有効ではない。次のように書かれている。「あなたたちが定める町のうちに、六つの逃れの町がなければならない。」(民35:13)
まず、逃れの町の配置であるが、「3つがヨルダン川の向こうであり、3つが聖地である」とされている。
ヨルダン川東岸の逃れの町は、聖地に入る前にモーセが定めたものである。次のように書かれている。
41モーセはその後、ヨルダン川の東側に三つの町を定め、 42意図してでなく、以前から憎しみを抱いていたのでもないのに、隣人を殺してしまった者をそこに逃れさせ、その町の一つに逃れて生き延びることができるようにした。 43それは、ルベン領の台地の荒れ野にあるベツェル、ガド領ギレアドのラモト、マナセ領バシャンのゴランである。
これによると、ヨルダン川東岸の逃れの町は、以下の3つになる。
①ベツェル
②ラモト
③ゴラン
ヨルダン川西岸については、次のように書かれている。
彼らは、ナフタリの山地ではガリラヤのケデシュ、エフライム山地のシケム、ユダの山地ではキルヤト・アルバ、すなわちヘブロンを聖別した。
これによると、ヨルダン川西岸の逃れの町は、以下の3つである。
①ヘブロン
②シケム
③ケデシュ
「聖地に3つ選ばれていない内は、ヨルダン川の向こうの3つも有効ではない」とは、上に見たように、東岸の逃れの町は西岸よりも早くに設置されたが、実際に機能するのは西岸の町が設置された後であることを言っている。
42のレビ人の町と6つの逃れの町における保護義務の差異
なお、逃れの町は6つであり、それらはレビ人の町である。レビ人にはこれ以外にも42の町が与えられている。
この42の町も、実は逃れの町としての機能を持っている。ただし、両者には若干の次の違いがある。
6つの逃れの町においては、本人の意思が如何なるものであれ、加害者を強制的に保護する。
42のレビ人の町においては、本人が保護の意思を示した場合のみ保護する。
逃れの町における経済的負担:賃料を巡るラビ・ユダとラビ・メイルの議論
また、タルムードにおいて、加害者が逃れの町で負担する賃料について、ラビ・ユダとラビ・メイルが議論している。次のようにまとめられる。
【1】ラビ・ユダの見解
6つの逃れの町では賃料は請求されない。42の町では請求される。
【2】ラビ・メイルの見解
6つの逃れの町では賃料は請求されない。42の町でも請求されない。
次節に進む。
司法手続上の安全確保:トーラ学者による随行と加害者の対話責任
直接の道が互いに開かれた、次のように書かれている。「そして道のりを測り、あなたの神、主があなたに受け継がせられる領土を三つに分け、人を殺した者がだれでもそこに逃げられるようにしなさい。」(申19:3)彼らは2人のトーラ学者を任命し、彼が彼を殺害することのないようにする、そして彼らは彼に話しかける。ラビ・メイルは言う、「彼も自分の為に話すべきである。次のように書かれている。『次のような場合である』(申19:4)」
「直接の道が互いに開かれた」とは、イスラエルの如何なる町からも、逃れの町までの道が設置されていることを言っている。
「領土を三つに分け」について、細則は不詳であるが、逃れの町の配置が偏らないように、3つに分割された地域に1つずつ置くことを言っていると思われる。
「彼らは2人のトーラ学者を任命し、彼が彼を殺害することのないようにする」とは、少し話が飛んでいる。
後述の通り、加害者は最初に逃れの町に逃げるが、その後に事件の起きた町の法廷から召喚される。
そこで事件について審理するが、実際に逃れの町で保護するべき判決が下された場合、彼は逃れの町に再び戻らなくてはならない。
この時が危険である。
近親者よって殺害されないように、法廷は2人のトーラ学者を任命し、随行させる。道中で諍いになりそうな時に、彼らが間に入るようにである。
それが「彼らは彼に話しかける」の意味である。
ラビ・メイルは、加害者自らも遺族に話しかけ、意図的ではなかったことを説明するべきとあるとする。
話が前後したが、事件直後のことは「Makkot」2章6節に記されている。次のように書かれている。
事件発生から判決確定に至る流刑執行プロセス
ラビ・ヨセ・バル・ユダは言う、「まず最初に、不注意であれ意図的であれ、殺してしまった者は逃れの町に行くべきである。法廷が彼を召喚し、そこから連れて来る。誰であれ、法廷によって死刑が相当と判断されるなら、それは執行される。誰であれ、法廷によって死刑が相当と判断されないなら、彼らは自由である。誰であれ、法廷によって流刑が相当と判断されるなら、彼らは彼を逃れの町に戻す。次のように書かれている。「共同体は、人を殺してしまった者を血の復讐をする者の手から救い出し、共同体が、彼の逃げ込んだ逃れの町に彼を帰さなければならない。」(民35:25)
これは難解なミシュナ本文には珍しく、素直な文章である。箇条書きにすると、以下のようになる。
(1)事件発生
(2)逃れの町へ避難
意図的であろうと、不注意によるものであろうと、加害者は逃れの町に行く。
(3)事件の起きた町の法廷による召喚
加害者は事件の町に戻る。
(4)開廷、審理
判決は次のように分けられる。
①死刑
2人以上の証人によって警告され、彼が殺していた場合は処刑される。
②無罪放免
不慮の事故の場合、流刑にもならず、放免される。彼は元の町に住み続けることも出来る。
③流刑
加害者に過失が認められた場合、流刑になる。
(5)逃れの町へ戻る
「流刑」の判決が下ったら、上述の通り2人のトーラ学者が任命され、随行する。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】「逃れの町」とレビ族の町の法理:ミシュナが解き明かす律法の執行と都市空間の全貌
https://note.com/mishnah/n/nf1b99ffb956e
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
