ミシュナ『Nazir(ナジル)』におけるナジル人の誓願の法体系 第2回:剃髪による放棄と死者の汚れ(tumat met:トゥマット・メット)による期間無効化のハラハー的定義
*本稿は、民数記6章とミシュナ『Nazir』に基づき、ナジル人について解説するシリーズの2回目である。今回は自己または第三者による剃髪が及ぼす「30日の放棄」と、死者の汚れ(tumat met:トゥマット・メット)が招く「誓願期間の全無効化」の差異を、ラビ・アキバ等の伝統的解釈に基づき詳解。儀式的な髪の毛の充足条件と、聖別状態の根本的毀損という二層のハラハー的論理を解明する。
前回の復習:ナジル人の類型と30日単位の数理的解釈
前回は以下の内容を確認した。
【1】誓願の「手(yad:ヤッド)」
「私はなる」や「私はハンサムになる(髪を伸ばすことの暗示)」といった不完全な内容(yad)であっても、ナジル人を見ながら宣言しているなどの客観的な状況に基づき、ナジル人の誓いとして有効になる。
「nazik」、「naziach」、「paziach」といった代用語を用いた場合も、有効な誓いと見なされる。
【2】ナジル人の3つの類型
ナジル人の類型はモーセがシナイ山で受けた伝承に基づき、以下の3タイプに分類される。
①サムソン的なナジル人
期間の定めがない生涯の誓いであり、死体に触れてもよい(汚れのための献げ物が不要)という点が、通常のナジル人の規定(民数記6章)と異なる。
②永続的なナジル人
生涯にわたる誓いであるが、12ヶ月ごとに髪を切ることが許されている(その際、いけにえを献げる)。
聖書におけるアブサロムがこの例に該当するとされている。
③標準的なナジル人
次の項目の通り。
【3】標準的なナジル人の期間設定と数理的解釈
期間を明示しない場合(「短い期間」「世界の終わりまで」など)、シナイ山で受けた伝承に基づき一律で30日間となる。
ナジル人の期間は「30日」を1単位とするため、「1期間と半分」と誓った場合は2期間(60日間)となる。
ナジル人の誓願は時間単位では数えないため、「30日間と1時間」と誓った場合は、30日の延長と見なされ、端数が繰り上げられて31日間となる。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Nazir(ナジル)』における誓願の法体系 第1回:サムソン的ナジル人と永続的ナジル人のハラハー的定義
https://note.com/mishnah/n/n06cc83e22633
剃髪のhalachah(ハラハー):道具の限定解除と「結果」としての有責性
今回はその続きである。まずはトーラを引用する。
ナジル人の誓願期間中は、頭にかみそりを当ててはならない。主に献身している期間が満ちる日まで、その人は聖なる者であり、髪は長く伸ばしておく。
ここでは道具「かみそり」と「髪は長く伸ばす」ことに着目する。口伝律法ミシュナ「Nazir」6章3節を引用する。
標準的なナジル人は30日である。彼が頭を剃ったり、強盗が剃り上げたりしたなら、彼は30日を手放すことになる。
ナジル人で剃った者は、ハサミであれ、かみそりであれ、ごくわずかを引き抜いたのであれ、有責である。
ナジル人は自分の頭をこすったり、引っ掻いたりしてよいが、櫛を使ってはならない。ラビ・イシュマエルは言う、「彼は土でこすってはならない、なぜなら髪の毛が抜けるから。」
まず、「彼が頭を剃ったり、強盗が剃り上げたりしたなら、彼は30日を手放すことになる」についてだが、自分で髪を剃ってしまった場合は勿論、不幸にも強盗に剃られた場合でも、「神に捧げるための髪」が失われたと見なされる。
次回の記事で述べる通り、ナジル人の期間が満了した後の祭儀において「伸びた髪を切り、火にくべる」過程を要する。たとえ29日間守っていても、剃られた瞬間から「髪が十分に伸びるまでの期間(標準的な期間;30日)」を改めて待たなければならない。
トーラでは「かみそりを当ててはならない」とあるので、かみそり以外の方法では許容されるとも読める。しかしミシュナでは「ナジル人で剃った者は、ハサミであれ、かみそりであれ、ごくわずかを引き抜いたのであれ、有責である」とし、かみそりの場合に限られないことを明言している。
「ナジル人は自分の頭をこすったり、引っ掻いたりしてよいが、櫛を使ってはならない」とは、下のようにまとめられる。
①こすったり引っ掻くこと
単に頭が痒かったりして引っ掻いても、それは髪の毛を抜く行為と見なされず、許容される。
②櫛を使うこと
櫛を使うことは髪の毛が抜けることが必然になる。そこでもしも使ったなら、30日間は伸ばさなくてはならない。
ラビ・イシュマエルの見解「土でこすってはならない」は、たとえ引っ掻く程度の行為であっても、土(シャンプーではないかと言われている)でしたならば、それは髪の毛を抜く行為と見なされるという事である。
次である。
放棄期間の算定:祭儀に必要な「30日分の毛髪」という物理条件
頭を剃る行為は30日しか放棄しない。また、献げ物を献げることにならない。
ナジル人の誓願期間は前回述べた通り、30日間が1つの期間となる。ここでは髪の毛を剃ってしまった場合、何日放棄することになるか、その期間と意味を述べている。
原則は、誓願期間の長さに関わらず、30日間のみ放棄することになる。
具体的には、例えば4つの期間(120日間)を誓い、途中で毛を剃ってしまった場合、必ずしもそれまで遵守した期間を全て失うことにはならない。
例えば以下のような例である。
① 4つの期間120日間を誓った。
② 100日目で髪の毛を剃った。
③ 30日間は毛を伸ばさなくてはならないので、従来の満了日には儀式を行うことが出来ない。
④ しかしそれまで遵守した100日は有効である。
他方で、満了日よりも30日以前に剃ったなら、満了の祭儀を行うことに支障はない。
死者の汚れ(tumat met:トゥマット・メット)による全期間無効化:民数記6章の法理
次に死者によって汚れを受けた場合を扱う。トーラには次のように書かれている。
9もし人が思いがけず、突然自分のそばで死んで、献身のしるしである髪を汚したならば、七日目の清めの日に頭をそる。 10そして八日目に、二羽の山鳩ないし家鳩を臨在の幕屋の入り口の祭司のもとに携える。 11祭司が一羽を贖罪の献げ物、他の一羽を焼き尽くす献げ物としてささげ、その人が負った罪を清める贖いの儀式を行うと、その日に髪は清められる。 12その人は改めて、主に献身してナジル人となる期間を定め、一歳の雄羊を賠償の献げ物として携える。最初の誓願期間は無効となる。その人の献身のしるしは汚されたからである。
まずは死者によって汚れた場合、遵守した期間はどうなるのかを確認する。これについては12節に「最初の誓願期間は無効となる」とあり、それまで守った全ての期間は失われる。
誓願した者は初日から数え直さなくてはならない。
ここで思い出さなくてはならないのは、一般的に死者によって汚れた場合の手続きである。これは簡単にまとめると以下のようになる。
【1】死者によって汚れた場合の一般的な手続き
①遺体に触れた者は7日間汚れる。
②3日目と7日目に清めの水を振りかけなくてはならない。
③7日目にはmikveh(ミクヴェ)に入って身を清める。
④日没と共に完全に清くなる。
この内容について詳しく復習したい方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉死者の汚れ(tumat met:トゥマット・メット)完全解説――民数記19章とミシュナに見る「汚れの階層」と清めのパラドックス
https://note.com/mishnah/n/n2dfad7d28375
ナジル人の清めと再聖別:7日目の剃髪から8日目の献げ物まで
ナジル人もこの手続きを行うことが前提になる。しかしこれに加えて民数記6章9~12節の手続きをしなくてはならない。
これをまとめると以下のようになる。
【2】ナジル人が死者によって汚れた場合
①遺体に触れたナジル人は7日間汚れる。
②3日目と7日目に清めの水を振りかけなくてはならない。
③7日目には2つのことを行う。
1つはmikveh(ミクヴェ)に入って身を清めること。
もう1つは髪の毛を剃ること。汚れによって不浄となった「献身のしるし」を取り除くことになる。
④日没と共に完全に清くなる。
⑤8日目に献げ物を献げる。
次に、「8日目の献げ物を献げる」ことについて解説する。ミシュナには次のように書かれている。
汚れにおいて、どのように頭の毛を剃るのだろうか ?彼は3日目と7日目に清めの水を受け、7日目を剃る。8日目にはいけにえを献げる。しかしもし8日目に剃るならば、いけにえは同じ日に献げる。これらはラビ・アキバの言葉である。
1つ目の文章は原則を述べている。これはたった今確認した。
2つ目の文章は、剃髪を8日目に行った場合である。ラビ・アキバによると、献げ物は同日中に行うことが出来る。
何を献げるのかに移る。上記引用のトーラの箇所の一部を再掲する。
10そして八日目に、二羽の山鳩ないし家鳩を臨在の幕屋の入り口の祭司のもとに携える。 11祭司が一羽を贖罪の献げ物、他の一羽を焼き尽くす献げ物としてささげ、その人が負った罪を清める贖いの儀式を行うと、その日に髪は清められる。12 その人は改めて、主に献身してナジル人となる期間を定め、一歳の雄羊を賠償の献げ物として携える。
8日目の献げ物は、「1羽の贖罪の献げ物と1羽の焼き尽くす献げ物、1匹の賠償の献げ物の雄羊」である。
この祭儀を済ませると、「髪は清められる」。そして最初の誓願期間は無効となり、新たに初日から期間を遵守することになる。
以上で今回の解説を終わりにする。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Nazir』法理研究
https://note.com/mishnah/n/ne4720cb1c988
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
