ミシュナ『Makkot(マッコート)』の法理 第2回――ミシュナ『Makkot』3章2節にみる鞭打ち刑の適用範囲:献げ物の肉、avodah、聖別の油、ketoret(香料)の扱い
*本稿は、古代イスラエルのモーセ五書(トーラ)と口伝律法ミシュナに従った法廷における手続きを、歴史学的・律法学的視点から解析する研究である。記述に含まれる性に関わる表現は、すべて一次資料の法定義を正確に論じるための学術的用語であり、性的好奇心を喚起する意図は一切含まれない。
口伝律法ミシュナ第4部『Nezikin』の『Makkot』篇3章2節の規定に基づき、聖なるものを相応しく扱わなかった場合に科される「鞭打ち刑」と「天の法廷による断絶(karet)」の法理を解析する。
トーラ(モーセ五書)における脂肪(cheilev:ヘレヴ)や血の摂取禁止、notar(ノタール)、piggul(ピグール)の定義、さらにヨム・キップールにおける飲食や仕事の禁止、聖別の油・香料(ketoret)の調合禁止まで、古代イスラエルの法廷が下した厳格な律法の現場を、一次史料に忠実に紐解きます。
前回の振り返り:鞭打ち刑になる性的関係
前回はユダヤ教の口伝律法ミシュナの「ネジキン(損害の部)」に属する『Makkot(マッコート)』3章1節を軸に、性的関係の禁止規定を侵犯した際の鞭打ち刑について法理学的に解説した。
主な内容は以下の通りである。
【1】鞭打ち刑の基本的規定
①聖書的根拠
申命記25章1〜3節に基づき、有罪とされた者には最大40回まで(実際には39回)の鞭打ちが規定されている。
②適用範囲
『Makkot』3章1節は、死刑には至らないものの鞭打ちの対象となる性的な関係を列挙している。
【2】鞭打ち刑の対象となる性的関係
鞭打ち刑が適用される関係を以下の3つのカテゴリーに分類出来る。
①近親相姦および特定の禁忌(天の法廷による断絶「karet」の対象)
自身の姉妹、父の姉妹、母の姉妹、妻の姉妹(妻の存命中)、兄弟の妻(yibumを除く)、父の兄弟の妻、―― これらの女性との関係、また月経中の女性との関係。
これらを犯した者には地上の法廷での鞭打ちが規定されていると共に、天の法廷によって民から断絶される(karet)重罪とも見なされている。
②祭司に関する特有の禁止規定
大祭司については、やもめ、離縁された女性、zonahとの関係した場合。
一般の祭司については、離縁された女性、zonahと関係した場合。
これらの場合、大祭司、祭司は鞭打ち刑になる。
chalitzah(ハリツァー)を受けた女性は、律法上「離縁された女性」と同等に扱われ、祭司との結婚・性交渉が禁じられている。
従って「離縁された女性」にはchalitzahを受けた女性を含む。
③正統なイスラエル人と禁止された関係
mamzer(マムゼル)との関係。つまり姦淫や近親相姦など、karetに相当する禁止された関係から生まれた子と、正統なイスラエルの民が性行為した場合。
ギベオン人(netinim)。ヨシュア記に由来する人々で、正統な血筋のイスラエル家族との婚姻が禁じられている。彼らとの性行為をした場合。
これらの場合も鞭打ち刑になる。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Makkot(マッコート)』の法理 第1回――レビ記及び『Makkot』3章1節による性的関係禁止の掟を侵犯した場合の鞭打ち刑の適用範囲
https://note.com/mishnah/n/nc5ce364ebaa9
ミシュナ『Makkot』3章2節:聖物侵犯および祭儀的不浄に対する禁令
今回はその続きで、聖なるものを相応しく扱わない場合を扱う。「Makkot」3章2節から引用する。
汚れていながら聖なるものを食べ、汚れているのに神殿の敷地に入り、脂肪、血、notar、piggul、あるいは汚れた献げ物を食べる者、または神殿の外でいけにえを屠り、あるいは献げる者、過越祭に酵母を食べ、ヨム・キップールに食べたり働いたりし、塗油の油を調合し、香を作り、塗油の油で塗油する者、neveilah、treifah、汚れた生き物、這うものを食べる者。
一見盛り沢山に見えるが、本稿でほとんど扱ったものである。よく学んだ方は復習を兼ねて順番に見てみよう。
(1)「汚れていながら聖なるものを食べること」
トーラには次のように書かれている。
清い者はすべて肉を食べることができる。しかし汚れた状態にある者が、主にささげられた和解の献げ物の肉を食べるならば、その人は自分が属する民から断たれる。
本文では「和解の献げ物」と特定されているが、汚れた状態で食べてはならないのは、全ての献げ物であり、和解の献げ物の肉に限定されない。
「民から断たれる」とある通り、鞭打ち刑になると定められている一方で、karetに相当する重罪とも規定されている。
(2)「汚れているのに神殿の敷地に入ること」
トーラには次のように書かれている。
すべて、死者の体に触れて身を清めない者は、主の幕屋を汚す。その者はイスラエルから断たれる。
文言では死体による汚れのみであるように読めるが、それに限定されない。
「その者はイスラエルから断たれる」とある通り、彼はkaretにも相当する。
(3)「脂肪、血を食べる者」
トーラには次のように書かれている。
25燃やして主にささげる物の脂肪を食べる者はすべて自分が属する民から断たれる。 26あなたたちがどこに住もうとも、鳥類および動物の血は決して食用に供してはならない。 27血を食用に供する者はすべて自分が属する民から断たれる。
この「脂肪」とは祭壇に献げるべき箇所である。ヘブライ語ではcheilev(ヘレヴ)と呼ばれる。
血を食べてはならないことは、読者もよくご存知であると思う。もう1箇所だけ挙げておこう。
脂肪と血は決して食べてはならない。これはあなたたちがどこに住もうとも、代々にわたって守るべき不変の定めである。
(4)「notar(ノタール)を食べること」
これは以前の記事で詳しく扱った。献げ物の肉は、それがどの種類の献げ物の肉であるかに従って、食べてよい時間が定められている。
notarはその時間を経過してしまったものである。トーラには次のように書かれている。
もし、この任職の献げ物の肉やパンが翌朝まで残ったならば、焼き捨てる。それは聖なるものであるから、だれも食べてはならない。
notarを食べた場合にkaretであることは、和解の献げ物を例としてトーラに書かれている。
5和解の献げ物を主にささげるときは、それが受け入れられるようにささげなさい。 6献げ物の肉は、ささげた当日とその翌日に食べねばならない。三日目まで残ったものは焼き捨てよ。 7もし、三日目にわずかでも食べるなら、それは不浄なことであって、受け入れられることではない。 8それを食べた者は責めを負う。主にささげられた聖なるものを汚したからである。その人は民の中から断たれる。
和解の献げ物はこの通り「当日の日中、その夜、その次の日中」まで許される。
しかし、より聖性の高いものは、もっと早い時間でノタールになる。例えば贖罪の献げ物の肉は「当日の日中、その夜(深夜)」までしか認められていない。
(5)「piggul(ピグール)を食べること」
piggulについては若干の説明を要する。
祭壇における奉仕において、avodahと呼ばれる4つの枢要な奉仕がある。それは次の4つである。
①shechitah
屠ること。
②kabbalah(カバラー)
屠られたいけにえの血を祭器具kli shareit(クリ・シャーレット)で受けること。
③holachah(ホラハー)
血を祭壇に運ぶこと。
④zerikah(ゼリカー)
血を振りかけること。
これら4つの奉仕の間に、そこで扱っている献げ物の肉を、定められた時間内に食べない意図を表明した場合、その肉はpiggulとなる。
つまり奉仕の間に、献げ物の肉をnotarにする意図を表明したという事である。
これを食べると鞭打ち刑になる。またkaretに相当する罪である。
(6)「汚れた献げ物を食べること」
トーラには次のように書かれている。
汚れたものに触れた肉は一切食べてはならない。これは焼き捨てねばならない。
「汚れたものに触れた肉」とは献げ物の肉で、tameiになったものを指す。
世俗の肉はたとえ汚れても、律法上食べることには何の問題もない。
この過ちはkaretとはされていない。鞭打ち刑になる。
(7)「神殿の外でいけにえを屠り、あるいは献げること」
トーラには次のように書かれている。
あなたは、自分の好む場所で焼き尽くす献げ物をささげないように注意しなさい。
この罪はkaretに相当する。次のように書かれている。
それを主にささげるのに臨在の幕屋の入り口に携えて行かない場合には、その者は民の中から断たれる。
この者は鞭打ち刑になる。
(8)「過越祭に酵母を食べること」
これは問題ないと思われる。しかしこの禁止命令が単に言葉の上でのものではなく、侵犯したら鞭打ち刑になることは、読者の方々も初めて知っただろうと思われる。
また、karetであることも確認して欲しい。
七日の間、あなたたちは酵母を入れないパンを食べる。まず、祭りの最初の日に家から酵母を取り除く。この日から第七日までの間に酵母入りのパンを食べた者は、すべてイスラエルから断たれる。
(9)「ヨム・キップールに食べたり働いたりすること」
これも鞭打ち刑の対象として挙げられている。また、下の通り違反する者はkaretに相当する。
この日に苦行をしない者は皆、民の中から断たれる。また、この日に仕事をする者はだれであれ、わたしはその者を民の中から滅ぼす。
トーラ本文の「苦行」は断食を指している。
(10)「塗油の油を調合すること」、「塗油の油を塗ること」
臨在の幕屋、そこで用いる祭器具、祭司たちは油によって聖別されなくてはならない。
私的な用途で調合したり、また塗油することはトーラで禁止されている。次のように書かれている。
31イスラエルの人々に告げてこう言いなさい。
聖なる聖別の油は、代々にわたってわたしのために使うべきものである。 32一般の人の体に注いだり、同じ割合のものを作ってはならない。それは聖なるものであるから、聖なるものとして扱いなさい。 33類似したものを混ぜ合わせて、一般の人に塗る者は、その民から断たれる。
「民から断たれる」とある通り、これもkaretに相当する。
この者は鞭打ち刑になる。
(11)「香(ketoret:ケトレット)を調合すること」
同じことは臨在の幕屋で用いる香料についても言える。次のように書かれている。
37同じ割合で作った香を私用に使ってはならない。あなたは、それを主に対して聖なるものとしなければならない。 38また、類似したものを作って、香りを楽しもうとする者は、すべてその民から断たれる。
今回の内容は以上である。聖なる献げ物、油、香料はトーラで定められた通りに用いなくてはならない。
その禁止命令に触れた場合、鞭打ち刑になる。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Makkot』法理研究
https://note.com/mishnah/n/n66ed90d1aaf4
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
