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ミシュナ『Makkot(マッコート)』の法理 第4回――修復可能な禁止命令の原則と、剃髪・髭剃り・自傷行為・入れ墨(タトゥー)のハラーハー的構成要件

*本稿では、ミシュナ『Makkot(マッコート)』3章4節から6節を扱い、ユダヤ法(halachah:ハラーハー)における刑罰・有責性の発生条件を精緻に検証する。

 申命記22章の「鳥の巣の掟」にみる禁止命令と肯定的命令の相克、およびレビ記19章に基づく身体毀損(剃髪・髭剃り・自傷)と入れ墨(タトゥー)の厳密な構成要件について、ラビ・ユダやラビ・シモンらの論争を追いながら、2,000年前の「律法の現場」における法理の真実を解き明かす。


前回の振り返り

 前回はミシュナ『Makkot(マッコート)』3章2節後半から3節に基づき、鞭打ち刑が適用されるべき「消費分量」と「消費場所」などについて法理学的に解説した。

 「どの程度の量を食べたら有責になるのか」、「どこで食べたら罪になるのか」という具体的な適用条件が焦点となっている。

 主な内容は以下の通りである。

【1】鞭打ち刑の有責分量をめぐる論争(「Makkot」3章2節)

 禁止された農産物(tevelなど)を摂取した際、刑罰の対象となる最小分量について、ラビたちの間で解釈が分かれている。

①ラビたちの見解(通説)

 食品消費が法的な意味を持つ最小分量は「オリーブ1個分(kezayit:ケザイット)」であり、これ未満の摂取は刑罰の対象にならない。

②ラビ・シモンの見解

 「いかなる少量であっても有責である」と主張した。彼は、1粒の穀粒や小さなアリ1匹も、それ自体で完成された「創造物」であるため、分量に関わらず禁止されるべきだと論じました。

 halachahではラビたちの「オリーブ1個分」が採用されている。

【2】対象となる農産物の定義

 鞭打ち刑の対象となる「不適切な摂取」には、以下のものが含まれる。

①tevel

 祭司への奉納物(terumah)やレビ人への十分の一(maaser rishon)が取り分けられていない状態の作物。

②取り分け前のmaaser rishon

 レビ人が受け取った分の中から、さらに祭司へ渡すべき分を取り分けていないもの。

③贖っていないmaaser sheni

 エルサレムで消費すべき作物を、遠方の理由などで硬貨に聖性を移す(換金する)手続きを経ていないもの。

 これらのものを消費した場合、鞭打ち刑の対象になる。

【3】儀式と空間的境界による規定(「Makkot」3章3節)

 特定の品物は、定められた手順や場所を守らなければ、摂取した際に鞭打ち刑(実際には39回)が科される。

①bikkurim

 土地の7種の産物(小麦、大麦、ぶどう、いちじく、ざくろ、オリーブ、蜜)の初物は、エルサレムに運び、一定の儀式を終える前に食べてはならない。

②献げ物の消費場所

 kodshei kodashim(聖なるものの中でも聖なるもの)について、贖罪の献げ物など神殿の敷地内(カーテンの内側)で食べるべきものを、神殿の外で食べるなら有責である。

 kodashim kalim(軽い聖性のもの)について、和解の献げ物などエルサレムの城壁内で食べるべきものを、城壁の外で食べるなら有責である。

 過越祭のいけにえについて、有効ないけにえの骨を折ることは禁じられており、違反すれば鞭打ちとなる。しかし肉が祭儀的に汚れているなら状態であれば免責される。

 以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。

◉ミシュナ『Makkot(マッコート)』の法理 第3回――鞭打ち刑の適用範囲としての消費分量(kezayit)と、消費場所をめぐる法理

https://note.com/mishnah/n/n1cf898828744

鳥の巣の掟(申命記22章)における禁止命令と命令の二重構造


 今回はその続きである。引き続き鞭打ち刑の対象になる行為について見て行く。

 まずはトーラを引用する。

 6道端の木の上または地面に鳥の巣を見つけ、その中に雛か卵があって、母鳥がその雛か卵を抱いているときは、母鳥をその母鳥の産んだものと共に取ってはならない。 7必ず母鳥を追い払い、母鳥が産んだものだけを取らねばならない。そうすれば、あなたは幸いを得、長く生きることができる。

(申22:6~7)

 ここで禁止されていることは、母鳥と雛、もしくは母鳥と卵を取ってはならないという事である。これは「取ってはならない」という禁止命令で語られている。

 他方で7節では「母鳥を追い払わなくてはならない」と命令している。

 つまり6~7節で禁止命令と通常の命令が書かれている。これに関して2つの見解がある。

①通常の命令は禁止を犯してしまった場合になすべき行為とする見解

 これによると、母鳥と雛、もしくは母鳥と卵を取ってしまった場合鞭打ち刑になるが、もしも母鳥をその後に解き放つなら、免責される。

②通常の命令はそもそも最初からなすべき行為とする見解

 これによると、そもそも母鳥と雛、もしくは母鳥と卵を取ってはならないのであり、「母鳥を追い払うこと」は最初からしなくてはならない。

 従って、後になって母鳥を解き放っても、免責されない。

 今回最初に扱うミシュナは、この箇所に関係している。以下のように書かれている。

修復可能な禁止命令の一般化(「Makkot」3章4節)

 もし雛鳥がいるのに母鳥を取ってしまったら、-ラビ・ユダは言う、「彼は40回の鞭打ちに関して有責である。彼は母鳥を放つ必要はない。」しかしラビたちは言う、「彼は母鳥を放たなくてはならない、そうすれば鞭打ちを受けない。」これがルールである。「如何なる禁止命令であっても、単なる命令の内に置かれたなら、有責ではない。」

(Makkot 3:4)

 2つの見解が示されている。

(1)ラビ・ユダの見解

 上記②「通常の命令はそもそも最初からなすべき行為とする見解」の立場を取っている。彼は鞭打ち刑に処される。

(2)ラビたちの見解

 上記①「通常の命令は禁止を犯してしまった場合になすべき行為とする見解」の立場を取っている。彼は免責される。

 halachahはラビたちの見解である。最後の「如何なる禁止命令であっても、単なる命令の内に置かれたなら、有責ではない」とは、本節の内容を一般化したものである。

 禁止命令が通常の命令と共に語られているなら、その命令を実行するなら罰を免責されるというものである。

 次節に進む。

剃髪・髭剃・自傷行為に関する禁止規定(Makkot 3章5節)

 頭に剃り上げた箇所を作ったり、もみ上げを剃ったり、髭を剃ったりする者。死者を悼んで身を傷つける者も-有責である。

(Makkot 3:5)

 順番に確認する。

 「頭に剃り上げた箇所を作ること」については、申命記14章に書かれている。

 1あなたたちは、あなたたちの神、主の子らである。死者を悼むために体を傷つけたり、額をそり上げてはならない。 2あなたは、あなたの神、主の聖なる民である。主は地の面のすべての民の中からあなたを選んで、御自分の宝の民とされた。

(申14:1)

 これは親族を失った悲しみで髪を抜くことを言っている。

 次の「もみ上げを剃ること」については、トーラに次のように書かれている。

 もみあげをそり落としたり、ひげの両端をそってはならない。

(レビ19:27)

 この内「もみあげをそり落とすこと」については、次のように解説される。

 「額から真横に毛を剃って、髪の毛のラインを作ってはならない。

 このように髪の毛を剃ると、頭頂部の髪の毛の部分が丸い形になる。それが禁止されているという事らしい。

 次の「ひげの両端をそってはならない」の具体的な箇所は必ずしも明確ではない。そこで髭は一切剃らないことになっている。

 「死者を悼んで身を傷つけること」については、上に引用した箇所に記されている。

 以上により、「Makkot」3章5節では以下の行為をする者は鞭打ち刑に処される。

①親族を失った悲しみで髪の毛を抜くこと

②もみ上げを剃り、頭の髪の毛の領域を丸くすること

③髭を剃ること

④死者を悼んで身を傷つけること

入れ墨(タトゥー)のハラーハー的構成要件(「Makkot」3章6節)


 次である。まずはトーラを引用する。

 死者を悼んで身を傷つけたり、入れ墨をしてはならない。わたしは主である。

(レビ19:28)

 この「入れ墨」について、「Makkot」には次のように書かれている。

 タトゥーを言いれる者。もし彼が描いても、皮膚に刺していないなら、あるいは皮膚に刺しても描いていないなら、-彼は有責ではない、彼が皮膚に刺し、かつ描いていないなら。インク、青い染料、その他何であれ、しるしとなるものを使って。ラビ・シモン・ベン・ユダはラビ・シモンの名前で言う、「彼は名前を描いていないなら、有責ではない 、次のように書かれている。『入れ墨をしてはならない。わたしは主である。』(レビ19:28)」

(Makkot 3:6)

 まず有責とされない場合は次の2つである。

①描いただけで皮膚に刺していない場合

 インクや染料で肌の表面に絵や文字を描いただけであれば、有責ではない。

②皮膚に刺しても描いていない場合

 針や刃物で皮膚を傷つけただけで、そこに色を入れないのであれば、入れ墨の罪において有責ではない。(

 この点、ラビ・シモン・ベン・ユダは更に有責となる条件を狭くする見解を示している。

 それはイスラエルの神である主の名前以外の神々の名前を彫った場合のみ、有責になるというものである。

 今回の内容は以上である。

(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)

 シリーズ目次は以下からご覧になれます。

◉【シリーズ目次】ミシュナ『Makkot』法理研究

https://note.com/mishnah/n/n66ed90d1aaf4


 本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)

https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334


 全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス

https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c


(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

 ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef

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