ミシュナ『Bava Metzia(バヴァ・メツィア)』注解 第2回:四種の受託者(shomerim:ショメリーム)における免責要件と不可抗力の定義
*本稿では、ミシュナ『Bava Metzia(バヴァ・メツィア)』第7章に基づき、ユダヤ法における「四種の受託者(shomerim)」の法的責任を詳解する。
無償・有償の受託者、借りる者、賃借りする者の各定義を、出エジプト記22章の聖句と対照。狼の襲撃や自然死といった「不可抗力」の具体的境界線を、ラビ・ユダ等の見解を含め、実務的な法理として再構築する。
前回の振り返り:拾得物の紛争解決と実効的取得(kinyan)の法理
第1回で扱った、トーラおよびラビの定めた規定に基づく拾得物の所有権の争いについて、また所有権の移転行為(kinyan)について、2つの要点に分けて復習する。
【1】拾得物の所有権紛争と分割の論理
2人の当事者が一つの拾得物(例:上着)を同時に掴んで権利を主張する場合の解決策が示される。
①対等な主張の場合
双方が「自分が見つけた」「自分のものだ」と主張し、立証できない場合、双方が「少なくとも半分の権利がある」と誓いを立てた上で、その物を半分ずつ分割する。
②主張に格差がある場合(4分の3と4分の1)
一方が「すべて自分のものである」と言い、他方が「半分は自分のものである」と言う場合、後者は「半分は相手のもの」と認めていることになる。
争点となる残りの半分を二等分するため、結果として前者が4分の3、後者が4分の1の権利を得る。
なお、通常は遺失物を拾得した場合、公示しなくてはならない。ただし規定の3つの条件のいずれかに当てはまる場合、最初に拾得した者が遺失物の所有権を獲得する。
【2】所有権移転の要件「kinyan(キンヤン)」
ユダヤ法では、当事者間の合意(契約)だけでは所有権は移転せず、物理的な実効性を伴うkinyan(キンヤン)という行為が必要である。
動産の取得方法
①hagbahah(ハグバハー)
対象を持ち上げること。衣類や道具などの小さな物品に適用される。
②meshichah(メシハー)
対象を引っ張って自分の私的な領域へ動かすこと。持ち上げるのが難しい大きな動物や重い物品に適用される。
③mesirah(メシラー)
手綱などを握ること。meshichahよりもさらに大きな家畜などに用いられる。
不動産の取得方法
不動産においては、以下の3つのいずれかによって所有権が移転する。
①硬貨(金銭)
代金の支払い。
②文書
所有権の移転を記した証書の作成と受け渡し。
③所有の行為
フェンスを作る、囲いの一部を壊すなど、正当な所有者として振る舞う具体的な行為。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Bava Metzia(バヴァ・メツィア)』注解 第1回:拾得物における所有権紛争と移転行為(kinyan:キンヤン)の法理
https://note.com/mishnah/n/n3a78276490fe
四種の受託者(shomerim)の定義と法的根拠(Bava Metzia 7章8節)
今回は他人の物品を保管することに伴う係争について扱う。まずは「Bava Metzia」7章8節から引用する。
4つのタイプのshomerがある。無償のshomer、借りる者、有償のshomer、賃借りする者。無償のshomerは全てのことについて誓う。借りる者は全てのことについて誓う 。有償のshomerと賃借りする者は、骨を折った家畜、捕らえられた家畜、死んだ家畜について誓う。彼らは紛失と窃盗の損害を補償する 。
「shomer(ショメル)」とは基本的には「守る」ことを意味する。律法上は「受託者」等管理義務のある立場を表している。複数形はshomerim(ショメリーム)である。
ここでは4つのタイプのshomerがあることが分かる。
①無償のshomer
②借りる者
③有償のshomer
④賃借りする者
これらのshomerはそれぞれ、トーラの箇所に対応している。それを付記すると以下のようになる。
①無償のshomer(出22:6~8)
②借りる者(出22:13~14)
③有償のshomer(出22:9~12)
④賃借りする者(出22:14)
これらを順番に解説する。まずは「無償のshomer(出22:6~8)」である。トーラの箇所を引用する。
無償の受託者の責任と誓約(出エジプト記 22章6~8節)
6人が銀あるいは物品の保管を隣人(shomer)に託し、それが隣人の家から盗まれた場合、もし、その盗人が見つかれば、盗人は二倍にして償わねばならない。 7もし、盗人が見つからない場合は、その家の主人(shomer)が神の御もとに進み出て、自分は決して隣人の持ち物に手をかけなかったことを誓わねばならない。 8牛、ろば、羊、あるいは衣服、その他すべての紛失物について言い争いが生じ、一方が、「それは自分の物です」と言うとき、両者の言い分は神の御もとに出され、神が有罪とした者が、隣人に二倍の償いをせねばならない。
本文の中の「shomer」は解説をする上で分かりやすいように私が入れたものである。原文ではない。
誰かが硬貨、または金銭的な価値のある物を、誰かに寄託した場合である。報酬は無い。
寄託物が無くなってしまい、係争に発展している。
6節は誰が不当に窃取したか明らかになった場合である。犯人は2倍の価額を賠償する。これについては「Bava Kamma」のシリーズで確認した。
7節以降は犯人が見付からなかった場合である。
無償のshomerが責任を負うのは、不注意によって寄託物が失われたり、不注意によって盗まれた場合だけである。注意義務を行っていない中での出来事なら、免責される。
ただし、それには条件がある。
彼は「決して自分は着服していないし、注意を怠っていなかった」ことを誓わなくてはならない。これによって全ての責任から免除される。
それらが上記7節に含まれている意味である。
8節の翻訳は意訳しようとしたのか、かえって本義を損なっている印象がある。実際、本文の直訳は分かりにくいのだが、ここで言われているのは以下のことである。
①委託者Aが受託者Xに預けた。
②受託者Xは寄託物が盗まれ、自分には過失は無かったと主張した。
③証人が出廷し、受託者Xの窃取を証言し、立証された。
④受託者Xは2倍の支払いをしなくてはならない。
なぜなら、事実上受託者Xは寄託物を窃取したからである。
以上で無償のshomerについての解説を終えた。
有償の受託者の賠償義務と免責(出エジプト記 22章9~12節)
次に「③有償のshomer(出22:9~12)」についてである。まずはトーラを引用する。
9人が隣人にろば、牛、羊、その他の家畜を預けたならば、それが死ぬか、傷つくか、奪われるかして、しかもそれを見た者がいない場合、 10自分は決して隣人の持ち物に手をかけなかった、と両者の間で主に誓いがなされねばならない。そして、所有者はこれを受け入れ、預かった人は償う必要はない。 11ただし、彼のところから確かに盗まれた場合は、所有者に償わねばならない。 12もし、野獣にかみ殺された場合は、証拠を持って行く。かみ殺されたものに対しては、償う必要はない。
ここでは預かる物は家畜しか書かれていないが、報酬を得て受託する全ての場合について適用される。
これを本稿では「有償のshomer」と呼んでいるが、寄託者から報酬を得ていることを表している。
有償のshomerが無償のshomerと異なるのは、原則として紛失、盗難についても責任を負うことである。注意義務の有無は問題にならない。
彼が免責されるのは、非常に限られた場合だけである。盗賊団に襲われたとか、家畜であれば自然に死んだとか、突発的な事情がある場合のみである。
もし有償のshomerがそういった出来事が実際に起きたと主張するなら、誓わなくてはならないことになる。それによって彼は責任を免れる。
ここで具体的に如何なる状況が突発的であるのか、ミシュナ「Bava Metzia」7章から引用する。
「不可抗力」の具体的判定:野生動物の襲撃と略奪(Bava Metzia 7章9節)
1匹の狼は不測の事態ではない。2匹の狼は不測の事態である。ラビ・ユダは言う、「狼たちが放たれた場合、1匹であっても不測の事態である。2匹の犬は不測の事態ではない。」
これは次のことを言っている。
①1匹の狼の場合は、突発的な出来事に相当しない。
従って有償のshomerは責任を免れない。他方で無償のshomerの場合、これによって寄託物を失っても責任を免れる。それは通常の注意義務を越える出来事である。
②2匹の狼の場合は、突発的な出来事に相当する。
有償のshomerは責任を免れる。
③ラビ・ユダの見解
狼が攻撃的になっている場合、1匹でも不測の事態に相当すると主張する。
同じ節からもう1つ事例を紹介する。
略奪者たちは不測の事態である。ライオン、熊、レオパルド、bardelas、または蛇は不測の事態である。いつであろうか?それらが自ら来たのなら。しかしもし彼が家畜をそれらがよく現れる場所まで連れて来たのなら、不測の事態とは見なされない。
「略奪者」は武装した集団である。突発的な事件として見なされる。
bardelasについては多くの議論がされており、特定されていない。それが現れたなら、ライオンなどと同じく、突発的な事件として見なされる。
次の「それらが自ら来たのなら。しかしもし彼が家畜をそれらがよく現れる場所まで連れて来たのなら、不測の事態とは見なされない」とは、そういった危険に近付かずに生活していたなら、突発的な事件として見なされることを言っている。
もし自分からそういった場所へ出かけるなら、巻き込まれても面積を主張出来ない。
管理義務の限界と自然死(Bava Metzia 7章10節)
最後である。
もし自然に死んだのなら、不測の事態である。もし虐待して死んだなら、不測の事態ではない。
自然死は突発的な出来事と見なされる。有償のshomerも責任を免れる。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】『Bava Kamma』『Bava Metzia』『Bava Batra』の「3つの門」の基本的な法理研究
https://note.com/mishnah/n/n8377d72f85f0
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
