terumah(テルーマー)の法理詳解(上) ― 祭司の受給権、分量規定(40分の1〜60分の1)、および『Yevamot』に見る資格喪失の律法学的実態
*本稿では、旧約聖書(トーラ)および口伝律法(ミシュナ)に基づき、祭司への奉納物「terumah(テルーマー)」の法理を詳解する。
民数記18章、申命記18章、レビ記22章を縦糸に、ミシュナ第1部『Zeraim』の『Terumot』およびミシュナ第3部『Nashim』の『Yevamot』の議論を横糸として、単なる宗教的寄進の枠を超えた「権利の帰属と喪失」の厳格な構造を浮き彫りにする。特にエゼキエル書45章の単位換算から導き出される分量規定や、胎児の存在が母親の受給権を制限する「不適格化の法理」など、日本語圏における従来の概説を大きく超える、学術的・律法学的見地に立ち、現場の実態を描き出す。
bikkurimからterumahへの移行
前回はイスラエルの豊かさを象徴する7つの産物の初物(bikkurim;ビックリーム)について扱った。それは祭司の所有となり、祭司はそれに対してほぼ完全な処分権を行使することが出来た。
bikkurimについて不確かな方は、次のリンクから確認して欲しい。
◉bikkurim(ビックリーム)の法理(上) ― 聖地の初物奉納における土地所有権、七種産物、およびmaamad(マアマド)参詣に関する律法学的詳解
https://note.com/mishnah/n/n5ec92f53d77f
◉bikkurim(ビックリーム)の法理(下) ―「Bikkurim」第3章における奉納儀礼の規定:アグリッパ王の自己運搬義務、祭壇南西角の空間的制約、および初物の財産権的帰属に関する律法学的詳解
https://note.com/mishnah/n/n1ffd55a9af67
今回からは同じく祭司に与えられるterumah(テルーマー)について扱う。しかしその前にmaaser rishon(マアセル・リッション)について復習しなくてはならない。まずは旧約聖書の最高権威であるトーラから。
レビ人の生活基盤とmaaser rishon(マアセル・リッション:第一の十分の一)の法的根拠
21見よ、わたしは、イスラエルでささげられるすべての十分の一をレビの子らの嗣業として与える。これは、彼らが臨在の幕屋の作業をする報酬である。 22従って、イスラエルの人々はもはや臨在の幕屋に近づいてはならない。罪を犯して死を招くことのないためである。 23レビ人のみが臨在の幕屋の作業をし、その罪責を負わねばならない。これは、代々にわたって守るべき不変の定めである。彼らは、イスラエルの人々の間では嗣業の土地を持ってはならない。 24わたしは、イスラエルの人々が主にささげる献納物の十分の一をレビ人に彼らの嗣業として与えるからである。それゆえ、わたしは彼らに、イスラエルの人々の間では嗣業の土地を持ってはならない、と言ったのである。
よく知られているように、イスラエルの各部族はカナンの地に入った後、それぞれの嗣業の地を得た。その中でレビ族だけは嗣業の地を与えられていない。
それはレビ族にとっては神が嗣業の地であるからである。次のように書かれている。
それゆえレビ人には、兄弟たちと同じ嗣業の割り当てがない。あなたの神、主が言われたとおり、主御自身がその嗣業である。
祭司もレビ族であり、祭司以外のレビ族の者はレビ人と呼ばれる。どちらも嗣業の地を持っていない。ただし彼らには聖地のあちこちに48の町が与えられている。
両者の生活は他の部族が支えることになるが、両者の生活基盤は同一ではない。
この内、レビ人は「わたしは、イスラエルの人々が主にささげる献納物の十分の一をレビ人に彼らの嗣業として与えるからである」(24節)に従って、イスラエルの他の部族から収穫の10分の1を得ることが出来る。
これがmaaser rishon(マアセル・リッション)の概要であるが、下の記事で詳解している。更に踏み込みたい方はこのリンクから確認して欲しい。
◉レビ人の組(mishmarot:ミシュマロット)の原点(2回目)――48の町、十分の一税(マアセル)、そして24組の法理と構造
https://note.com/mishnah/n/na8eea3e0d8ed
次に祭司の生活基盤であるが、レビ人自身がmaaser rishonから、更に10分の1を祭司に取り分けるように命令されている。
25主はモーセに仰せになった。
26レビ人に告げてこう言いなさい。
わたしがあなたたちの嗣業として与えた十分の一を、あなたたちがイスラエルの人々から受け取るとき、そのうちの十分の一を主にささげる献納物としなさい。
このレビ人が取り分ける10分の1の献納物を、terumah maaser(テルーマー・マアセル)と呼ぶ。そこでレビ人に関するものを箇条書きにすると、以下のようになる。
①maaser rishon
イスラエルの他の部族から得る、収穫の10分の1。
②terumah maaser
maaser rishonからその10分の1を取り分け、祭司に与えるもの。
次に祭司の生活基盤について話を移す。申命記に次のように書かれている。
祭司の生活基盤:terumah maaserおよび祭壇献げ物の部位規定
3祭司が民から、牛にせよ羊にせよ、それをいけにえとしてささげる者から受け取る分は次のとおりである。肩と両頬と胃の部分は祭司に与えられる。 4穀物、ぶどう酒、オリーブ油の初物および羊の毛の初物も祭司に与えられる。 5あなたの神、主が全部族の中から彼を選び、彼とその子らを永久に主の名によって仕える者とされたからである。
まず3節であるが、祭司が祭壇上で献げるいけにえの一部を与えられることを言っている。ここでは「肩と両頬と胃の部分」と書かれているが、実際に祭司に与えられるものは献げ物の種類によって異なり、詳しい議論を必要とする。
それは献げ物についての記事に譲ることにし、ここでは献げ物となるいけにえから、祭司に与えられる部位があるという紹介に留める。
以前のシリーズで詳解した通り、祭司たちはmishmarotと呼ばれる組に属し、ローテーションに従って神殿で奉仕した。いけにえの部位を受け取るのは、そのいけにえが献げられた日に当番であった祭司たちである。
terumahの分量規定 ― エゼキエル書45章の単位換算とミシュナ『Terumot』の基準
次に「穀物、ぶどう酒、オリーブ油の初物および羊の毛の初物も祭司に与えられる」(4節)と書かれている。
terumahとして祭司に与えられる土地の収穫物について、ほとんどの専門家は穀物、ぶどう酒、オリーブ油の3つに限定されるとしている。しかし全ての農産物が含まれるとする見解もある。
あるいは「これら3種類以外に他の収穫物を収めてもよい。その場合にはその収穫物は通常のterumahと同様に聖別されたものとなる」という見解もある。
いずれにしても、トーラに「どの程度納めるべきか」という具体的な割合は指示されていない。従ってトーラの次元においては、どれだけ少なくても一応の義務は果たしていることになる。しかしラビたちはその目安を定めた。
この目安の検討に際して、意外な箇所が根拠にされている。それはエゼキエル書45章の終わりの神殿の幻である。
あなたたちがささげるべき献げ物の割合は、次のとおりである。小麦については、一ホメルにつき六分の一エファ。大麦については、一ホメルにつき六分の一エファ。
「ホメル」、「エファ」という異なる単位が並列しているので、これを同一単位に揃えると、次のようになる。
①ホメル:30セア
②エファ:3セア
これに従ってエゼキエル書の箇所を言い換えると、「小麦については30セアにつき、2分の1セア、大麦についても30セアにつき2分の1セア」になる。
これは收穫の60分の1に相当する。ラビたちはこの「60分の1」を目安とし、標準的な者は50分の1、称賛するべき者は40分の1、最低限の割合として60分の1とした。
まとめると、次のようになる。
①賞賛される:40分の1
②標準的:50分の1
③最低限:60分の1
これは口伝律法ミシュナ「terumot」4章3節でも次のように確認されている。
以下がterumahの分量に関する基準である。気前の良い人の為に、40分の1 。Beit Shammaiは言う、「30分の1である」。標準的には50分の1、憐れむべき人については、60分の1である。
割合・分量についての解説は、以上の通りとする。
terumahの摂食資格 ― レビ記22章における財産権と家族関係の境界
次に誰がterumahを食べることが出来るかについて説明する。まずはトーラから引用する。
10一般の人はだれも聖なる献げ物を食べてはならない。祭司のもとに滞在している者や雇い人も食べてはならない。 11ただし、祭司が金を出して買い取った奴隷はそれを食べることができる。また、家で生まれた奴隷も祭司の食物を食べることができる。 12しかし、祭司の娘であっても、一般人と結婚した者は、祭司が礼物として受けた聖なる献げ物にあずかることはできない。 13ただし、彼女が子のないまま、やもめとなるか、離婚させられるかして、父の家に戻り、娘であった時と同じになっている場合は、父の食物を食べることができる。
冒頭の「一般の人はだれも聖なる献げ物を食べてはならない」は問題ないと思われる。次の「祭司のもとに滞在している者や雇い人も食べてはならない」とは、祭司の家にいても、祭司の所有ではない者は食べてはならないことを言っている。
これは次節を見れば分かりやすい。
「ただし、祭司が金を出して買い取った奴隷はそれを食べることができる。また、家で生まれた奴隷も祭司の食物を食べることができる」(11節)。これはユダヤ人ではない男女の奴隷を指している。
彼らは主人の財産であるので、terumahを食べることが出来るのである。祭司の一家とこの点で同じ資格がある。
次節の「祭司の娘であっても、一般人と結婚した者は、祭司が礼物として受けた聖なる献げ物にあずかることはできない」(12節)は、夫が祭司でない場合について言っている。
祭司である父の家にいる間は、terumahを食べることが出来る。しかし嫁いだら、夫の家に所属する。この時点でterumahを食べる資格を失う。
「ただし、彼女が子のないまま、やもめとなるか、離婚させられるかして、父の家に戻り、娘であった時と同じになっている場合は、父の食物を食べることができる」(13節)は記述の通りであるが、少し補足的な説明を要する。
つまり、たとえ祭司でない男性と結婚し、一端terumahの権利を失っても、子供がいない状態で離縁、または死別した場合、再びterumahへの権利を回復する。
しかしやもめになったり離婚したりした時、その結婚で子供が生まれ、子供が生きている限りはterumahを食べることが出来ない。
これに関する事例を1つだけ紹介しておく。口伝律法ミシュナ「yevamot」7章3節から。
ミシュナ『Yevamot』に見る資格の厳格性 ― 胎児による不適格化の法理
もしイスラエルの娘が祭司と結婚し、彼が死ぬなら、妊娠した彼女を残して、―彼女の奴隷たちはterumahを食べてはならない、なぜなら胎児はterumahについて不適格にするが、資格を与え得ないから。
これは以下の状況を語っている。
①祭司の娘、または祭司の娘ではないイスラエルの女性が、祭司と結婚した。
②祭司は妊娠した妻を残して死んだ。
③彼女は祭司の娘であろうと、祭司の娘でなかろうと、自分もその奴隷たちもterumahを食べることが出来ない。
④理由は以下の通りである。
夫との関係において、胎児はまだ生まれていないと見なされる。そこで彼女はterumahを食べる資格を失う。
もしも彼女が祭司の娘であるなら、実家との関係においてもterumahを食べる資格を回復しない。なぜならお腹に胎児がいるから。
この厳格な帰属のルールが、「胎児はterumahについて不適格にするが、資格を与え得ない」の意味である。
これはterumahについての権利を「祭司とその一族、一家」のものとして、律法に基づき厳格に管理していたことを示している。
今回の解説は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉聖別と奉納の法理:ミシュナが解き明かす「祭司の取り分(matanot kehunah:マタノット・ケフナ)」と聖なる生活秩序の全貌
https://note.com/mishnah/n/nb10ab99a02a4
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
