ミシュナ『Bava Metzia(バヴァ・メツィア)』注解 第3回:受託者の免責要件と不当利得(ona’ah:オナア)の法理
*本稿ではミシュナ『Bava Metzia(バヴァ・メツィア)』を用いて、四種の受託者(shomerim:ショメリーム)における「借用者」と「賃借人」の責任境界、および取引の公正性を規定する不当利得(ona’ah:オナア)の法理を詳説する。
出エジプト記22章およびレビ記25章の記述がいかに口伝律法において法体系化され、動産・不動産・奴隷・聖別物への適用が厳格に峻別されているかを、伝統的注解に基づき手加減抜きで論考する。2,000年前の「律法の現場」における法的真実を、既存の表層的な解説を排して再構築するものである。
前回の振り返り
第2回で扱った、トーラおよびラビの定めた規定に基づく4つのshomerimとその責任範囲について、また不可抗力の事件・事故の具体的な定義について、2つの項目に分けて復習する。
【1】四種の受託者(shomerim:ショメリーム)の定義と責任範囲
ユダヤ法では、預かり方の形態によって、責任の重さが4つの段階に分かれている。
①無償のshomer(報酬なしで預かる者)
責任は最も軽く、「不注意(過失)」がある場合のみ責任を負う。
盗難や紛失の際、「自分に着服の意図はなく、注意を怠っていなかった」と法廷で誓うことで、賠償責任を免除される。
②借りる者(出22:13~14)
無償で借りて使用する者である。今回扱う。
③有償のshomer(報酬を得て預かる者)
原則として、紛失や盗難に対しても賠償責任を負う。
「不可抗力(突発的な事故)」の場合のみ、誓いを立てることで免責される。
④賃借りする者(出22:14)
今回扱う。
【2】「不可抗力(突発的な事故)」の具体的境界線
有償のshomerが免責される「不可抗力」について、実務的な基準が示されている。
①野生動物の襲撃
1匹の狼による被害は、有償の受託者にとっては「防げたはずの事態」として免責されないが、無償の受託者にとっては免責の対象となる。
2匹以上の狼、ライオン、熊、蛇などの襲撃は「不可抗力」とみなされ、有償の受託者も免責される。
ただし野生動物が自らやってきた場合は不可抗力になる場合でも、shomerがあえて危険な場所に家畜を連れて行った場合は、襲撃されても免責されない。
②家畜の死
自然死は不可抗力として免責されるが、受託者が虐待して死なせた場合は有責となる。
③武装集団
「略奪者」と呼ばれる武装集団に襲われた場合も、不可抗力と見なされる。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Bava Metzia(バヴァ・メツィア)』注解 第2回:四種の受託者(shomerim:ショメリーム)における免責要件と不可抗力の定義
https://note.com/mishnah/n/naa3880a35e46
借用者の免責特権:所有者が「奉仕」を共にしている場合の法理(Bava Metzia 8章1節)
今回は上の②借りる者(出22:13~14)、④賃借りする者(出22:14)について扱う。まずはトーラから引用する。
13人が隣人から家畜を借りて、それが傷つくか、死んだならば、所有者が一緒にいなかったときには必ず償わねばならない。 14もし、所有者が一緒にいたならば、償う必要はない。ただし、それが賃借りしたものであれば、借り賃は支払わねばならない。
この箇所について、詳しくは口伝律法ミシュナ「Bava Metzia」8章で論じられている。以下に引用する。
もし誰かが雌牛を借りて、所有者の奉仕も借りるなら、またはそれと共に所有者を雇うなら、あるいは彼の奉仕を借りて、または彼を雇って、その後に雌牛を借りるなら、そしてそれが死ぬなら、―彼は免責される。次のように書かれている、「もし、所有者が一緒にいたならば、償う必要はない。」(出22:14)
順番に解説する。
「もし誰かが雌牛を借りて、所有者の奉仕も借りるなら」とは、Xが所有者Aの雌牛を無償で借り、Aの無償の労務も受けることを言っている。
「またはそれと共に所有者を雇うなら」とは、Xが所有者Aの雌牛を無償で借り、Aから有償の労務を受けることを言っている。
「あるいは彼の奉仕を借りて、または彼を雇って、その後に雌牛を借りるなら」とは、先にAが無償で、または有償でXの為に労務を提供しており、その後でXが雌牛を無償で借りた場合である。
これらの状況でその雌牛が死んだ場合、Xは免責される。なぜならトーラに「もし、所有者が一緒にいたならば、償う必要はない」(出22:14)とあるからである。
この法理は、持ち主がその場にいて状況を把握しているので、何かが起きてもそれは借り手のせいだけではないという論理による。
続きには次のように書かれている。
しかしもし彼が雌牛を借りて、その後に所有者の奉仕を借りたり、彼を雇うなら、そして死ぬなら、―彼は有責である。次のように書かれている「所有者が一緒にいなかったときには必ず償わねばならない。」(出22:13)
これは複雑に書いているが、簡単に言うと、雌牛が死んだ時には所有者Aの労務提供を受けていない場合である。
この場合出エジプト記22章13節の特則は働かない。
無償で借りた者は不測の事態、突発的な事件が原因であっても責任を担う。
ここでは雌牛が死ぬという不測の事態であるが、Xは賠償することになる。
無償で借りる者は最も責任が重い。
有償受託者と賃借人の責任境界:紛失・窃盗・不可抗力の誓い(Bava Metzia 7章8節)
最後に④賃借りする者(出22:14)について扱う。「Bava Metzia」7章8節に次のように書かれている。
有償のshomerと賃借りする者は、骨を折った家畜、捕らえられた家畜、死んだ家畜について誓う。彼らは紛失と窃盗の損害を補償する。
まず「有償のshomerと賃借りする者は」とある通り、賃借した者は有償のshomerと同じ責任範囲にある。
有償のshomerの責任範囲はどの程度の広さであったろうか?不可抗力の場合は免責されるが、それ以外の場合は有責であった。
ここで「骨を折った家畜、捕らえられた家畜、死んだ家畜について誓う」とあるのは、家畜の死は自然死であり、怪我は不可抗力によるものであり、あるいは武装集団に襲われたことを誓うことを言っている。
しかし彼らは注意義務を怠らなかったとしても、紛失や窃盗の損害を賠償する。これは前回の記事で学んだ。
4つのshomerimを責任の重い順に並べると、以下のようになる。
借りる者 > 有償のshomer、賃借する者 > 無償のshomer
以上で4つのタイプのshomerimについての解説を終えた。
不当利得(ona’ah:オナア)の定義:取引撤回を構成する「6分の1」の基準(Bava Metzia 4章3~4節)
次は不当な取引(ona’ah:オナア)に話を進める。まずはトーラから引用する。
あなたたちが人と土地を売買するときは、互いに損害を与えてはならない。
これについては口伝律法ミシュナ「Bava Metzia」4章に書かれている。下に引用する。
詐欺を構成する価額は24マアの内、それは1セアに相当するが、4マアであり、ーー 6分の1である。
いつまでに撤回出来るだろうか?商品を商人に、または親戚に見せるまでの時間である。
「詐欺」というと刑法の犯罪というイメージであるが、ここでは不当利得の取引を指している。ヘブライ語では「ona’ah(オナア)」と呼ばれる。
この箇所は不当利得の基準を定めている。それは簡潔に6分の1であると明記されている。
具体的に見てみよう。
【事例1】
①24マアの価値の製品がある。
②28で売られていた。
③売主の不当利得である。
【事例2】
①24マアの価値の製品がある。
②20で売られていた。
③買主の不当利得である。
この場合、不当に被害を受けた当事者は取引を取り消することが出来る。
その期限は「商品を商人に、または親戚に見せるまでの時間である」(ibid.)である。
これは買主について言っている。買主が撤回出来るのは、その商品について精通している商人、または身内に見せるまでの時間である。
もし身近にそういう者がいないのなら、一定の猶予が与えられる。それらの期限を過ぎても撤回しないのなら、取引は有効に確定する。いつまでも取り消し出来るのではない。
売主については、これらの期限は設けられておらず、同種の商品を準備するまでとされる。しかし彼が商人について知っており、撤回しないのなら、取り消す権利を放棄したものと見なされる。
次である。
買い手にも売り手にもona’ahの掟は適用される。一般の者にも商人にも適用される。ラビ・ユダは言う、「詐欺の掟は商人には適用されない。」
不当利得は売り手にも買い手にも、一般の者にも商人にも等しく適用されるというものである。
ラビ・ユダは商人の取引にona’ahの規則は適用されないと言うが、halachahではない。
次である。
ona’ahの適用除外規定:動産と不動産・証書・聖別物の法的峻別(Bava Metzia 4章9節)
以下のものは詐欺の法(ona’ah)によっては判断されない 。奴隷、金銭貸借証書、土地、聖別したもの。
ここではまず、ona’ahの律法が適用されないものを列挙している。それは以下の4つである。
①奴隷
②金銭貸借証書
③土地
④聖別したもの
これらのものにona’ahが適用されないのは、トーラの次の箇所に拠っている。
あなたたちが人と土地を売買するときは、互いに損害を与えてはならない。
つまり、ona’ahの原則の箇所である。本文の原文には「誰かの手から買う時は」という部分が含まれており、動産にのみ適用されると解されている。
この点、上に列挙したものの内、①奴隷、③土地は明らかに動産ではない。
②金銭貸借証書は動産であるが、この証書そのものに価値がある訳ではない。
「誰かの手から買う時」は、人に所有権があるものを対象にしていると考えられる。従って聖別されたものは含まない。神に所有権があるからである。
これらの4つのものに関しては、次のようにも言われている。
損害賠償法理の統一的理解(2倍・4倍・5倍の支払規定との連関)
2倍の支払いの規定も適用されない。4倍、5倍の支払いも同様である。
この2倍、4倍、5倍については、「Bava Kamma」の記事の中で詳細に述べた。
不安を感じる方は下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Bava Kamma』による損害賠償の法理体系 第4回:窃盗と強奪の法的峻別、及び「偽りの証人(zomemim)」による賠償責任の転嫁
https://note.com/mishnah/n/n8377d72f85f0
2倍は窃盗した場合の賠償責任であり、4倍は羊か山羊、5倍は牛を盗んで、かつそれを処分した場合の賠償責任である。
これらの罰則は、上記①~④には適用されない。トーラには次のように書かれている。
人が銀あるいは物品の保管を隣人に託し、それが隣人の家から盗まれた場合、・・牛、ろば、羊、あるいは衣服、その他すべての紛失物について言い争いが生じ・・
この箇所から、2倍、4倍、5倍のルールは動産(家畜を含む)に適用されると解釈されているからである。
上記①~④については、①奴隷、③土地は明らかに動産ではなく、②金銭貸借証書は証書そのものに価値がある訳ではない。
また聖別されたものは人に所有権がないという理由から、この賠償に関する律法の適用を受けないとされる。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】『Bava Kamma』『Bava Metzia』『Bava Batra』の「3つの門」の基本的な法理研究
https://note.com/mishnah/n/n8377d72f85f0
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
