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ミシュナ『Bava Kamma』による損害賠償の法理体系 第4回:窃盗と強奪の法的峻別、及び「偽りの証人(zomemim)」による賠償責任の転嫁

*本稿では、ミシュナ『Bava Kamma』第7章を軸に、ユダヤ法における窃盗の賠償法理を詳解する。出エジプト記および申命記の成文律法を法源とし、密かな侵害である「窃盗」が公然たる「強奪」よりも重罪とされる宗教法的根拠を解説。さらに、家畜の処分(屠殺・売却)に伴う4倍・5倍賠償の特則、およびアリバイ不在により偽証が成立する「zomemim(偽りの証人)」の法理を、法廷審理の図式を用いて厳密に画定する。


前回の振り返り


 前回は主要な損害の原因(avot nezikin:アヴォット・ネズィキン)の内、maveh(食害)と火について扱った。先に進む前にこれらについて簡単に復習する。

【1】maveh(食害)における管理責任と免責

 家畜が他人の畑の作物を食べた場合の責任について、聖書(出エジプト記22章4節)を基に規定されている。

①管理義務

 所有者が家畜を囲いに入れ、適切にドアを閉めていたにもかかわらず、家畜が逃げ出して損害を与えた場合は免責される。

②不可抗力

 夜間に壁が崩れた(夜なので気付けなかった)場合や、盗人が家畜を逃がした結果として損害が生じた場合も、所有者は免責される。

 ただし盗人が連れ出した場合は、盗人が有責となる。

③賠償額の算定

 家畜が他人の土地で利益(食事)を得た場合、所有者はその利益分を支払う。

 賠償額は、事故前の価値と事故後の価値の差額を査定して決定される。

【2】「火」の損害:責任能力と近因(決定的な原因)

 火による損害(出エジプト記22章5節)については、誰が「最後の決定的な原因」を作ったかが重視される。

 律法上の責任能力がない者(未成年者、精神薄弱者など)に燃える炭を運ばせて火災が起きた場合、依頼主は地上の法廷では免責されるが、「天の法廷」では有責と見なされる。

 誰かが木を置き、別の誰かが火を近づけた場合、最後に火を持ち込んだ者が有責となる。

 他の誰かが火を煽った場合はその者が責任を負う。

 風が煽った場合は全員が免責される。

 火が4キュビット(約2メートル)以上のフェンス、公道、または川を越えて燃え広まった場合、それは予測不可能な事態と見なされ、火を出した者は免責される。

 以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。

◉ミシュナ『Bava Kamma』による損害賠償の法理体系 第3回: maveh(食害)・火における責任帰属と免責の法理体系:因果関係の近接性と責任能力の画定

https://note.com/mishnah/n/n6d16da5d80fd


窃盗と強奪の定義的相違と罰則の多寡


 今回はその続きであり、窃盗について扱う。

 まずは旧約聖書の最高権威であるトーラから引用する。

 もし、牛であれ、ろばであれ、羊であれ、盗まれたものが生きたままで彼の手もとに見つかった場合は、二倍にして償わねばならない。

(出22:3)

 他人の物を盗んだ場合、2倍にして償う原則が示されている。

 しかしトーラでは窃盗と強奪は分けて考えられている。

 窃盗とは、正当な所有者の気付かないように盗むことである。これに対して強奪は、大っぴらに所有者の所有権を犯す行為を言う。

 窃盗を犯した者は、既述の通り2倍にして償う。1ディナルの硬貨を盗んだなら、2ディナル返す。

 100ディナルの価値のものを盗んだ場合、200ディナル払う。

 このようにして、自分のものにしようとした価額の2倍を支払うことになる。

 これに対して強奪は、強奪した物を返還すれば足りる。

 これは強奪した者は神と人を蔑ろにする行為と言えるが、窃盗は神しか知らない。

 そこで窃盗は全てを見ている方を蔑ろにする行為と位置付け、重い罰則を課しているのである。次のようにまとめられる。

①窃盗

 2倍にして支払う。窃盗したものを返還出来るなら、それに加えて本体価額を支払う(1倍+1倍)。

②強奪

 奪ったものを返還する。つまり1倍である。

 次は窃盗した物が家畜であり、かつ処分した場合である。

家畜窃盗の処分に伴う特則:4倍・5倍賠償の適用範囲

 人が牛あるいは羊を盗んで、これを屠るか、売るかしたならば、牛一頭の代償として牛五頭、羊一匹の代償として羊四匹で償わねばならない。

(出21:37)

 ここでは牛を盗み、処分した場合は5倍、羊の場合は4倍にして償うことを言っている。

 トーラではその理由が明示されていない。牛の方に重い罰則が課せられているのは、牛は仕事をするからという説も主張されている。

 なお、翻訳では「羊」となっているが、山羊も含むことに注意を要する。

 以上を踏まえて口伝律法ミシュナ「Bava Kamma」7章を確認する。

 2倍の賠償は4倍、5倍と比べてより包括的である。というのは、2倍の賠償は生きているものにも、生きていないものにも適用されるが、4倍、5倍の賠償は、牛と羊にのみ適用されるからである。次のように書かれている、「人が牛あるいは羊を盗んで、これを屠るか、売るかしたならば、牛一頭の代償として牛五頭、羊一匹の代償として羊四匹で償わねばならない。」(出21:37)

(Bava Kamma 7:1)

 これは上記の内容を確認したものである。窃盗に関して、原則は2倍の価額の償いである。

 牛と羊、山羊は特則であることを言っている。

 続きである。

 誰かが盗人の後に盗んだなら、2倍の賠償をしないし、屠ったり売却したりしても、4倍、5倍の賠償をしない。

(Bava Kamma 7:1)

 これは窃盗した者から窃盗したとしても、窃盗の原則は適用されないことを言っている。

 次節に進む。

 2人の証言に従って、人は盗み、-彼らに従って、または他の2人に従って、彼が屠り、または売却したなら、彼は4倍または5倍の価額を賠償する。

(Bava Kamma 7:2)

 この節はどのようにして法廷での審理が進むのかを述べている。次のようにまとめられる。

①2人の証人AとBによって窃盗の事実が立証される。

②AとB、または別の証人CとDによって、その処分について立証される。

 この場合、窃盗の事実も処分の事実も立証され、被告は4倍または5倍の賠償をすることになる。

証拠法における「zomemim(ゾメミーム)」の成立要件と同害復讐


 次は偽証との関係についてである。偽証については次のように書かれている。

 16不法な証人が立って、相手の不正を証言するときは、 17係争中の両者は主の前に出、そのとき任に就いている祭司と裁判人の前に出ねばならない。 18裁判人は詳しく調査し、もしその証人が偽証人であり、同胞に対して偽証したということになれば、 19彼が同胞に対してたくらんだ事を彼自身に報い、あなたの中から悪を取り除かねばならない。 20ほかの者たちは聞いて恐れを抱き、このような悪事をあなたの中で二度と繰り返すことはないであろう。 21あなたは憐れみをかけてはならない。命には命、目には目、歯には歯、手には手、足には足を報いなければならない。

(申19:16~21)

 これは有名な原則である。もしも偽証したなら、偽証した者がその罪を課せられるというものである。

 しかしこの原則は、実はそれ程単純ではない。トーラの記述からも一般の理解そのものであるように見えるが、「偽の証人たちが同じ罪を負う」のは、偽証の中でも次のような場合に限られる。

 事件が起きている時、偽証を試みている証人たちが他の証人たちと一緒にいた。この「他の証人たち」が偽証を試みている証人たちに関して、「彼らは自分たちと一緒にいたので、その事件を目撃出来た筈がない」と述べた場合である。

 典型的な事例は以下のように図式化出来る。

zomemimの具体的な事例


①証人AとBの出廷

 証人AとBが法廷でこう証言する。

 「私たちは、1月1日にエルサレムで、被告Xが牛を盗むのを見た」

②これにより、被告Xに「2倍の賠償」の判決が出そうになる。

③証人CとDの反証

 証人CとDが出廷し、AとBに向かって次のように言う。

 「それは不可能である。なぜなら1月1日にAとBは、私たちと一緒にシケムにいた」

 彼らはCとDが「被告Xが盗んでいないこと」を証明していない。

 しかし「証人AとBがエルサレムにいなかったこと」を証明した。

 これにより、AとBは「嘘をついて被告を陥れようとした」と見なされ、律法上zomemimとされる。

 zomemimこそが、その偽証内容が裁判で確定したなら被告に降りかかる罰則を、自ら受けることになるのである。

法廷審理における立証プロセスと賠償責任の転嫁

 以上を前提に次節のミシュナを確認する。

 もし2人の証人に従って誰かが盗み、―彼らに従って、―彼がshechitahし、または売るなら、そして彼らが偽証していたことが分かったなら、彼らは完全に賠償する。

(Bava Kamma 7:3)

 これは以下の内容を言っている。

①証人Aと証人Bが、被告Xについて「彼は盗み、屠り(shechitah)、売っていた」と証言した。

②証人Aと証人Bに対して他の証人たちが証言し、AとBがzomemimであることが立証された。

③証人Aと証人Bは4倍または5倍を支払う。

④支払う相手は、彼らの不当な証言を受けた被告Xである。

 このzomemimと窃盗の関係については、次回また扱う。

 今回の内容は以上である。

(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)

 シリーズ目次は以下からご覧になれます。

◉【シリーズ目次】『Bava Kamma』『Bava Metzia』『Bava Batra』の「3つの門」の基本的な法理研究

https://note.com/mishnah/n/n8377d72f85f0


 本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)

https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334


 全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス

https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c


(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

 ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef

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