ミシュナ『Bava Kamma』による損害賠償の法理体系 第3回: maveh(食害)・火における責任帰属と免責の法理体系:因果関係の近接性と責任能力の画定
*本稿では、ミシュナ『Bava Kamma』第1章、第6章を中心に、損害賠償の主要原因における責任帰属の論理構造を詳解する。
家畜による食害(maveh)における管理義務と不可抗力の境界、および「火」の延焼における近因(決定的な原因)の特定と責任能力の有無(耳と喉が不自由な者、精神薄弱の者、未成年)による免責の差異を、トーラ(出エジプト記22章)との整合性から導き出す。日本語圏における既存の聖書解釈を排し、2,000年前の「律法の現場」における精密な法理的実務を記述する。
前回の振り返り:「穴」の定義と賠償の基本原則
前回は損害の態様の1つ「穴(bor)」について、avot melachot(アヴォット・ネジキン)について、補償における基本的な原則について扱った。以下、先に進む前にこれら3つの項目に分けて復習する。
【1】「穴(bor)」の法理的定義と責任
穴が「死を引き起こす」と見なされる基準は、深さが10手幅(約80〜100センチ)以上ある場合である。
手幅は「tefachim(テファヒーム)」と呼ばれる。
10手幅に満たない穴で動物が死んだ場合、掘った者は免責される。
私的な場所であっても公的な場所であっても、被害者が入り得る場所に危険を作った場合は有責である。
また、穴の形状(長く狭い、四角、底が狭いなど)にかかわらず責任は生じる。
穴の所有者は、家畜(牛やろば)への損害については責任を負うが、道具の破損や人間の死傷については免責される。
人間が免責されるのは、トーラ本文の聖句、及び人には注意能力があるためと考えられる。
共有の穴において、適切に蓋をした場合は免責される。管理者が複数いる場合、責任がどのように移転するかについても厳格な規定がある。
【2】四つの主要な損害(avot nezikin:アヴォット・ネジキン)
「Bava Kamma」1章1節は損害の主要な4つの原因を分類している。
①牛(動物)
角で突く行為や、足で踏みつけて壊す行為など。
②maveh(マヴェ)
他人の作物や草を食べる行為(前回の「shen」に相当)。あえて「牛」と分けて規定することで、軽視されがちな「食べる」損害もしっかりと賠償させる意図がある。
③穴(bor)
動かないが、放置することで損害を発生させるもの。
④火
生き物ではないが、燃え広がって(移動して)損害を及ぼすもの。
これら全てに共通するのは、「損害を与える可能性があるため、監視義務がある」ということであり、損害が発生した場合は所有者が「土地の最上のもの」で補償しなければならない。
【3】補償の原則と法廷審理
損害賠償を実務的に運用するためのルールも定められている。
①査定と支払い
損害額は金銭で計られるが、支払いは必ずしも現金である必要はなく、「金銭的価値のあるもの」で行うことが出来る。
②法廷の要件
審理は法廷で行われ、証人は独立したユダヤ人男性でなければならない。
③女性の地位
女性も男性と同様に、損害を与えた場合は責任を負い、被害を被った場合は補償を受ける権利がある。
④死体の帰属
例えば牛が殺された場合、被害者がその死体を受け取り、加害者は生前の価値との差額(実損分)のみを支払うという合理的な仕組みになっている。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Bava Kamma』による損害賠償の法理体系 第2回:bor(穴)の法理的定義と『四つの主要な損害』(avot nezikin:アヴォット・ネジキン)における責任帰属の体系
https://note.com/mishnah/n/ndda42ebfdfb1
maveh(食害)における管理義務と免責
今回はmavehについて扱う。トーラには次のように書かれている。
人が畑あるいはぶどう畑で家畜に草を食べさせるとき、自分の家畜を放って、他人の畑で草を食べさせたならば、自分の畑とぶどう畑の最上の産物をもって償わねばならない。
これについては、口伝律法ミシュナ「Bava Kamma」6章に書かれている。
もし誰かが羊を囲いの中に連れて行き、その前に適切にドアを閉めたなら、しかしそれが出て行って被害をもたらすなら、彼は免責される。もし彼が適切にドアを閉めず、出て行って被害をもたらすなら、彼は有責である。
もしそれが夜に破れて、または盗人が入って来て、それが出て行って被害をもたらすなら、彼は免責される。もし盗人が連れ出すなら、盗人は有責である。
まず第1段落については、難しい点はない。もし囲いの中に適切に家畜を入れ、ドアを閉めたにも関わらず、何らかの仕方で家畜が出て行き、損害をもたらした場合である。
この場合、所有者は免責される。
他方で適切にドアを閉めていないなら、所有者は有責である。
2段落目の「もしそれが夜に破れて」があいまいであるが、これは「夜に壁が崩れたなら」という意味で解釈されている。
もしも昼に壁が崩れたなら、すぐに対応出来る。それが夜起こってしまったので誰も気付かず、家畜が他人の物を踏みつけたり、食べたりして損害をもたらしてしまったのである。
その続きは分かりやすい。もし盗人が入って来て、その為に家畜が逃げ出すなら、所有者は免責される。
もし盗人が連れ出すなら、盗人は有責である。
次である。
もしそれが庭に入って来て利益を得るなら、その所有者は利益分を支払う。もしそれが普通の仕方で落ちて被害をもたらすなら、彼は被害額を賠償する。彼はどのように支払うのだろうか?私たちは以前の価値と現在の価値を査定する。
これも素直なミシュナである。
もしも家畜が他人の所有地に入って、そこで食べ物を食べてしまったなら、所有者がその分を補償する。
物を壊したなら、それも賠償する。
その査定の仕方は、事故の起こる前の価額と、事故の起きた後の価額を比較し、差額を払うというものである。
以上でmavehについて一応の解説を終えた。
「火」の損害:責任能力と近因の特定
次は火についてである。トーラには次のように書かれている。
火が出て、茨に燃え移り、麦束、立ち穂、あるいは畑のものを焼いた場合、火を出した者が必ず償わねばならない。
これに関しては、まずやや複雑な事例から始める。
もし誰かが耳と喉が不自由な人、精神的に弱っている人、または未成年者によって火を点けてしまったなら、彼は人の法においては免責であるが、天の法廷では有責である。もし彼が健全な精神の持ち主を通してしてしまったなら、その健全な精神の持ち主が有責である。
ここで3人の人が登場する。
①耳と喉が不自由な人
②精神的に弱っている人
③未成年
これらの人たちは律法上責任能力を持たない。
本節では誰か責任能力のある人が、これらの人の誰かに赤く燃えている炭を運ばせた場合である。
この場合、①~③の者たちは有責ではない。また運ばせた者も免責される。
彼が運ばせたのは燃えている炭である。火ではない。
もしも火を使わせたのなら、彼は有責である。
炭を運ばせた場合は地上の法廷では免責されるが、「天の法廷では有責である」。彼は天に対しては責任を負う。
「もし彼が健全な精神の持ち主を通してしてしまったなら、その健全な精神の持ち主が有責である」とは、被害をもたらした代理人が責任を負うのであり、委任した者ではないという事である。
次に進む。
もし誰かが火を持ち込み、誰かが木を持ち込むなら、木を持ち込む者が有責である。誰かが木を持ち込み、誰かが火を持ち込むなら、火を持ち込んだ者が有責である。もし他の誰かが来て火を煽るなら、煽る者が有責である。もし風が煽ったなら、全員免責される。
まとめると以下のようになる。
①誰かが火を持ち込み、誰かが木を持ち込んだ場合
2番目が有責である。
②誰かが木を持ち込み、誰かが火を持ち込んだ場合
2番目が有責である。
③他の誰かが来て火を煽った場合
煽った者が有責である。
以上の通り、この節の核心は、「損害を引き起こす最後の決定的な原因(近因)を作ったのは誰か」という点にある。
そこで風が煽った場合、「全員免責される」。
もう1つだけ事例を見てみよう。
物理的境界による予見可能性の限界
もし誰かが火を点けて、それが木、石、土を焼き尽くすなら、彼は有責である。次のように書かれている、「火が出て、茨に燃え移り、麦束、立ち穂、あるいは畑のものを焼いた場合、火を出した者が必ず償わねばならない。」(出22:5)もしそれが4キュビットの高さのフェンスを越え、または公道、川を越えるなら、彼は免責される。
まず「木、石、土を焼き尽くすなら、彼は有責である」という点が注目される。なぜなら木は燃えやすいが、石や土は通常燃えるものとは見なされない。
建造物の一部としての石を焦がしたり、畑の土を再度耕さなくてはならない場合になった場合も、補償することを言っている。
「もし・・・彼は免責される」の部分は、ここに書かれている条件が認められる場合は、責任を負わないという事である。
なぜならこのような条件でも燃え広がることは、予測しない事であるから。
その条件は以下の通りである。
①4キュビット(約2メートル)のフェンスを越えた場合
②公道を越えた場合
③川を越えた場合
これらの場合は免責される。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】『Bava Kamma』『Bava Metzia』『Bava Batra』の「3つの門」の基本的な法理研究
https://note.com/mishnah/n/n8377d72f85f0
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
