ミシュナ『Niddah』の法理研究 第3回:定期的周期(veset)の法理とベッドの事例(1章1節後半〜2節)
*本稿は、古代ユダヤ教における口伝律法『Niddah』、およびハラーハー(ユダヤ法)の不浄論に関する歴史的・法理学的分析を目的とした純学術的な論考である。記述される身体現象、儀礼、および性的禁忌に関する言及は、すべて宗教法学的文献の正確な読解に基づくものであり、性的な関心を喚起する目的、あるいは公序良俗に反する意図は一切含まれていない。
本稿は口伝律法ミシュナ第6部『Tohorot(トホロット)』に属する『Niddah(ニッダー)』の第3回目の解説である。
今回は『Niddah』1章1節後半から1章2節を扱い、月経の定期周期(veset:ヴェセット)が持つ法的効力、夫婦行為時の内診がもたらす遡及効の短縮、そしてvesetを持つ場合における、「midras(座席・寝床の汚れ)」の遡及効について、ハラーハー(ユダヤ法)の観点から手加減抜きで徹底解説する。
前回の振り返り:ミシュナ『Niddah』1章1節における遡及的不浄(tamei)を巡る三者論争の法理
前回は『Niddah』1章1節に基づき、月経血の発見に伴う「遡及的不浄(過去にさかのぼって生じる汚れ)」の是非と期間を巡る、Shammai、Hillel、chachamim(ハハミーム:ラビたち)の論争を解説した。
主な内容は以下の通りである。
【1】遡及的不浄の法理学的背景
レビ記15章19節の「彼女の肉の内に」という表現の釈義から、トーラ(律法)の次元では、血液が子宮を離れた瞬間から女性はtamei(タメイ:汚れた状態)になると解釈される。
そのため、体外への出血を確認した時点では、既にその前からtameiであった可能性が生じ、その間に触れた聖別された物(terumahなど)の扱いが問題となる。
【2】『Niddah』1章1節における3つの見解
この「不浄の開始時点」について、以下の3つの立場が示されている。
①Shammai(シャンマイ)の寛容な見解
「出血を確認した時で十分」とし、遡及的な不浄を認めない。これは、決定的な証拠がない限り既定の状態(この場合はtahor:清い状態)が継続していると見なすchazakah(ハザカー)という法的原則に基づいている。
②Hillel(ヒレル)の厳格な見解
「最後に内診(指に布を巻いて膣内を調べる検査)をして清さを確認した時」まで遡って不浄であったと見なす。たとえそれが数日前であっても遡及するとし、聖別された食べ物を守るための厳しい防護策(ラビ律法)として機能している。
③chachamim(ハハミーム:ラビたち)による止揚(24時間規定)
ShammaiとHillelの折衷案として、以下のいずれか短い方の期間を遡及的な不浄の対象とする。
(a) 出血を発見する直前の24時間
(b) 最後にtahorを確認した内診以降の時間
これは、膣壁が長時間血を保持し続ける可能性は低いという実務的な判断に基づいている。
【3】規定の適用範囲
これらラビたちによる遡及的な汚れの規定は、主にterumah(祭司への献げ物)やkodashim(献げ物)といった、祭儀的に極めて重要な物品を保護するために設けられたものである。
通常の食べ物(chullin)や夫婦行為に関しては、確定的ではない「疑い」に基づく遡及的な汚れは適用されず、夫が汚れたと見なされることもない。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Niddah』の法理研究 第2回:ShammaiとHillel、ハハミーム(chachamim:ラビたち)の遡及的不浄(tamei)論争
https://note.com/mishnah/n/nbaa91d5e2594
遡及的不浄(tamei)の適用範囲と1日2回の内診(bedikah)義務における罰則的背景
今回は前回の続きであるが、tameiの遡及効について、chachamim(ハハミーム:ラビたち)が最大で24時間と規定している点を補足する。
前回の振り返りの通り、chachamimの見解として、以下のいずれか短い方の期間を遡及的な不浄の対象とする。
(a) 出血を発見する直前の24時間
(b) 最後にtahorを確認した内診以降の時間
これに関してラビたちは、聖別されたもの(tohorot:トホロット)を扱う女性に対し、1日2回(朝と夕方)の内診を行うよう義務付けている。
朝の検査は前の晩の間に扱ったtohorotが清い状態であることを確認する。
夕方の検査はその日の日中に扱ったtohorotが清い状態であることを確認する。
この規定を遵守している場合、出血が発見された際の「不確実な期間(tameiの疑いがある期間)」は、最大でも約12時間に限定されることになる。
勿論、女性が義務付けられた1日2回の検査を怠り、その後に出血を発見した場合、遡及的なtameiの期間は長くなる。
そのようなことは一般的ではなく、通常ラビたちは一般的でないことの為に規則を定めない。従ってtohorotを扱う女性のtameiである遡及効は12時間が最大になる筈だが、ラビたちは罰則の意味で、そのような女性の遡及効は24時間とした。
遡及効の補足は以上とする。
veset(定期的周期)の確立条件と予定通りの出血における遡及不適用原則
口伝律法ミシュナ「Niddah」1章1節の後半の本文を引用する。
定期的周期が決まっている女性については、彼女の時が十分である。
3回連続で同じ時期に月経が始まった場合、定期的周期(veset:ヴェセット)が定まったと見なされる。具体的には2つの仕方で定期的であると判断される。
①前回の月経の始まりから起算して、同じ日数の経過で次の月経が3回連続で始まった場合
②毎月同じ日に月経が3回連続で始まった場合
定期的周期(veset)を持つ女性が、予定通りのタイミングで出血を発見した場合、遡及的な不浄は適用されない。彼女は「出血を発見したその瞬間から」tameiになる。
従って、それ以前に彼女が扱ったtohorotは汚れていないと見なされる。
ユダヤ法には「女性の生理は決まった時間にやってくる」という法的な推定が働く。その為、予定通りの出血であれば、それ以前から子宮内で出血が始まっていた(膣内に血が留まっていた)と疑う必要がないと考えられる。
しかし例外もある。定期的周期(veset)が確立している女性であっても、予定日以外の不規則なタイミングで出血を発見した場合、Hillelとchachamimの見解に従い、「遡及的な不浄(tamei)」の対象となる。
予定通りの出血であれば「周期の時刻になったから出血した」と推定出来るが、予定外の場合はいつ出血が始まったか確証が無いので、通常の女性と同様に「直近の24時間」または「前回の内診」まで遡ってtameiと見なされる。
夫婦行為に伴う内診布の法的効力と遡及期間の短縮・限定規定
続きには次のように書かれている。
夫婦行為をする時に内診する布で調べたのなら、それは普通の内診と見なされる。そして24時間を減少させるし、内診から内診までの時間を減少させる。
ここでは夫婦行為の際に行われる特別な検査について規定している。詳しくは「Niddah」2章1節で扱われているが、ここで必要な限りで説明する。
本節の「布」は複数形で書かれている。「関係の直前」と「関係の直後」の計2回、それぞれ新しい布で検査を行う必要があることを示唆している。これは、ラビが定めた「1日2回(朝晩)の定期検査」とは別に追加で義務付けられているものである。
夫婦行為の際に布を用いた内診は、法的に「通常の定期的な内診」と同等に見なされる。
この検査を行うことで、もし後に出血が発見されたとしても、遡及的なtameiの期間を「夫婦行為の際の検査時点」まで短縮(限定)することが出来る。
例えば以下のような事例が挙げられる。
①朝
定期検査でtahor(タホル:清い状態)を確認。
②午後
夫婦行為を行い、その際の内診でもtahorを確認。
③夜
定期検査で出血を発見。
この場合、彼女が「朝から午後の夫婦行為まで」に扱ったtohorotは清い状態のままである。
遡及的な不浄が適用されるのは、午後の検査以降、つまり「夫婦行為の後から夜の検査まで」の間に扱った物のみに限定される。
ミシュナ『Niddah』1章2節の事例分析:midras(座席・寝床の不浄)とav hatumah(汚れの源泉)の伝染法理
次節に進む。
彼女の時で十分である例は、如何なるものであろうか?もし女性がベッドに座っていて、tohorotを扱っており、ベッドを降りて出血を確認したのなら、彼女は汚れているが、それらは皆清い。
前節では、定期的周期(veset:ヴェセット)を持つ女性が予定通りに出血を発見した場合、遡及的な不浄(tamei)は適用されないという原則が示された。本節ではその具体的な状況が挙げられている。
ある女性がベッドに座りながらtohorotを扱っており、彼女がベッドから立ち上がった際、出血(月経血)を発見したという状況である。
彼女自身は「発見した瞬間」からtameiであり、niddahとなるが、彼女がそれまで扱っていたtohorotや、座っていたベッドはすべてtahor(清い状態)」と見なされる。
ここで2つの疑問が生じると思われる。まず座っていたベッドが汚れるという点であるが、これに関してトーラに次のように書かれている。
生理期間中の女性が使った寝床や腰掛けはすべて汚れる。
niddahが体重をかけていた物は基本的に汚れる。これをmidras(ミドラス)と呼ぶが、もしも遡及効が適用されるなら、ベッドもav hatumah(アヴ・ハトゥマー)として非常に重い汚れを持つ。
niddah自身はav hatumahであるので、体重をかけた場合のベッドは異例に重い汚れを受けることになる。通常は1段階低い汚れを受けるので、ここではrishon l'tumah(リッション・レトゥマ)になる筈だからである。
また、続きには次のように書かれている。
彼女の寝床に触れた人はすべて、衣服を水洗いし、身を洗う。その人は夕方まで汚れている。
midrasによって汚れたベッドに触る人のみならず、その着ている服まで汚れる。触れた人のみならず、着ている服もmikvehに浸さなくてはならない。
しかし定期的周期(veset)を持つ女性が予定通りに出血したケースでは、遡及ルールが適用されないので、直前まで座っていたベッドはtahorと見なされる。それに触った他の人も、tahorのままである。
さて、もう1つの疑問はなぜベッドに座りながらtohorot(聖別されたもの)を扱っているのかという事である。これは現代の感覚では理解出来ない。
これに対する1つの回答は、古代では現代のように家具が多くなく、ベッドが家の中で最も清潔で、座って落ち着いて手作業ができる「特等席」兼「作業台」であったという事である。しかしこの見解は伝統的な注釈の中で見たものではないので、真偽を保証出来ない。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Niddah』法理研究
https://note.com/mishnah/n/nb46479539fed
全記事の目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)
https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
