ミシュナ『Bava Metzia(バヴァ・メツィア)』注解 第4回:利子禁止の本質――『Bava Metzia』5章によるneshech(ネシェフ)とtarbit(タルビート)の構造的弁別
*本稿では、ミシュナ『Bava Metzia(バヴァ・メツィア)』第5章に基づき、トーラ(レビ記25章)が規定する「利子」、「利息」の禁止規定を解説する。
貨幣の増殖を意味する「neshech(ネシェフ)」と、実物資産の価値変動を介した「tarbit(タルビート)」の法的差異を、1セラ=4ディナルの貨幣体系や小麦・ぶどう酒の取引実例から構造的に詳解。
さらに、レンタルと売買における時間的価値の評価や、抵当権行使に伴う遡及的所有権と収益帰属の境界線を詳説する。日本語圏において2,000年前の「律法の現場」における法的厳密性を再構築する。
前回の振り返り
前回は4つのshomerimの内、借りる者と賃借りする者について、不当利得(ona’ah)について、ona’ahや倍額補償が適用されない係争物について扱った。以下簡単に復習する。
【1】借用者と賃借人の責任と免責
四種の受託者(shomerim:ショメリーム)のうち、残った「借りる者」と「賃借りする者」の責任が詳述された。
①借用者(無償で借りる者)
最も重い責任を負い、不測の事態や突発的な事故(家畜の死など)であっても賠償義務が発生する。
ただし所有者が労務の提供で一緒にいた場合は、たとえ家畜が死んでも免責される。これは「持ち主がその場にいて状況を把握しているので、借り手だけの責任とするのは不当である」という論理に基づく。
②賃借人(料金を払って借りる者)
有償の受託者と同じ責任範囲を持ち、紛失や窃盗には責任を負うが、「不可抗力(野生動物の襲撃や自然死、武装集団による略奪)」については誓いを立てることで免責される。
【2】不当利得(ona’ah:オナア)の法理
取引における価格の適正さを守るための規定である。
商品の価値と実際の取引価格に6分の1以上の差がある場合、それを不当利得(ona’ah:オナア)とみなし、被害を受けた側は取引を取り消すことが出来る。
買い手が取引を撤回出来るのは、「商品を商人や親戚に見せるまでの時間」に限られる。これを超えると取引は有効に確定する。
【3】適用除外となる4つのカテゴリー
以下の4つの項目については、不当利得(オナア)の法理や、窃盗の際の倍額賠償(2倍・4倍・5倍)の規定が適用されない。
①奴隷
動産ではないから。
②土地(不動産)
動産ではないから。
③金銭貸借証書
証書自体に固有の価値があるわけではないから。
④聖別されたもの
所有権が人ではなく神にあるから。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Bava Metzia(バヴァ・メツィア)』注解 第3回:受託者の免責要件と不当利得(ona’ah:オナア)の法理
https://note.com/mishnah/n/na560fccab6ad
トーラにおける利子禁止の二重規定(レビ記25章35〜37節)
今回は利子、利息の禁止について解説する。まずは旧約聖書の最高権威であるトーラから引用する。
35もし同胞が貧しく、自分で生計を立てることができないときは、寄留者ないし滞在者を助けるようにその人を助け、共に生活できるようにしなさい。 36あなたはその人から利子も利息も取ってはならない。あなたの神を畏れ、同胞があなたと共に生きられるようにしなさい。 37その人に金や食糧を貸す場合、利子や利息を取ってはならない。
ここでは2つのことが禁止されている。
①金銭に利子を付けて貸すこと
②食糧などに利子を付けて貸すこと
また、本文で「利子も利息も」と書いてあるが、これは単なる同語反復というより、解釈の上で区別されている。
①neshech(ネシェフ)
利子が付き続けるあり方。文字通りの意味では「噛む」。
蛇が獲物を噛み、その体に毒が回っていくように、「借り手を少しずつ蝕み、苦しめるもの」という意味がある。
借り手の資産を限りなく侵食する。
②marbit(マルビート)
名称は「増える」ことを意味する。貸した側が、何も労働せずに資産を増殖させていく側面を表している。
marbitはtarbit(タルビート)とも呼ばれる。
トーラでは食べ物を貸すことに関しては、②の用語のみ用いているが、タルムードは①と②は同義語であるとする。
彼らによると、2つの仕方で表現しているのは、利子に関する禁止命令を破る者は、2つの掟を侵犯することと解釈される。
ミシュナにおいては、もっと明確に使い分けており、①は聖書次元で禁止される利子、②はトーラで禁止されていないが、ラビたちによって禁止された取引の意味としている。
トーラで禁止されている利子に関しては、利率の高さは関係がない。高利貸しに限らず禁止される点に注意を要する。
以上を前提に口伝律法ミシュナ「Bava Metzia」5章を参照する。
neshech(ネシェフ)とmarbit/tarbit(タルビート)の語源的・法的定義
neshech(ネシェフ)とは何か 、tarbit(タルビート)とは何か?neshechとは何か?もし誰かが1セラを5ディナルで 、2セアの小麦粉を3で貸すなら。なぜなら彼は噛んでいるから。
まず、ここではneshechとは何かを規定している。
貨幣単位について言うと、「1セラ = 4ディナル」である。
ここでは「1セラ」を貸して、返済時に「5ディナル」要求する行為が禁止される。
同様に「2セア」の小麦粉を貸して、返済時に「3セア」要求する行為が禁止される。
これらはneshechである。これは利子の基本であり、私たちにとっても分かりやすい。
ここで示された具体的な数字は、最低利率を示したものではない。上述の通り、利率に関係なく、利子は禁止される。
続きには以下のように書かれている。
tarbit(タルビート)とは何であろうか?作物を通して増やしたのなら。どのようにであろうか?彼が小麦粉を1コルあたり金1ディナルで買うなら、そして、それは市場価格である。それが30ディナルに値上がりし、彼が彼に言うなら、「私に私の小麦を渡して下さい。というのも、私はそれを売って、ぶどう酒を買いたいのです。 」彼は答える 、「あなたの小麦は30ディナルの借金と見なされます。そして、あなたはぶどう酒について主張します。」しかし彼はぶどう酒を持っていない。
これは本文を読んだだけでは複雑で難解であるので、1つずつ整理して箇条書きにする。
①XがAから小麦粉1コルあたり金1ディナル(銀25ディナル)で購入する契約をした。
②これは年間契約である。
③小麦粉1コルの価格が30ディナルに高騰した。
後に市場価格が上昇し、Aが損をすることになっても、これは利子にはあたらない。
これは価格が変動しても、XがAに払った価額の範囲では正当な取引と認められるからである。
④XがAに言う。
「私に小麦粉をください。それを売ってぶどう酒を買いたいです」
ここでも掟は侵犯されていない。
⑤AはXに答える。
「30ディナルは私の借金である。その分のぶどう酒を渡しましょう」
⑥Aはぶどう酒を持っていない。
⑦ぶどう酒の価格が上昇する。
30ディナルでは買えなくなった分量を約束したことになる。これを「30ディナル+α」と定義する。
30ディナルまでは合法である。しかし「+α」の部分は認められない。
もしAがぶどう酒を持っているのなら、契約の時点で即座に所有権が移転するので、問題にならない。
ラビ規定による「マイナーな形態の利子」と不動産利用の制限
次節に進む。以下は「マイナーな形態の利子」と呼ばれている。ラビたちによって禁止された取引である。
もし誰かが誰かに硬貨を貸すなら、彼は彼の内庭に無料で住んではならないし、割安で借りてもならない。なぜならそれは利子だから。
貸主は「お金を貸している」ことを理由に、借主の不動産に無料では勿論、割安でも住んではならない。
これはラビの規定によって利子と見なされる。次に進む。
賃貸(レンタル)と売買における時間的価値評価の差異
賃料は上げてもよいが、売値は上げてはならない。どのようにであろうか?もし彼が彼に内庭を貸して、彼に対して、「もしあなたが今支払いをするなら、あなたは年ごとに10セラで使うことが出来るが、もし月ごとに支払うなら、1ヶ月あたり1セラ払わなくてはならない。」これは許容される。もし彼が彼に畑を売って、彼に対して、「もし今支払うなら、1,000ズズであなたのものになるが、脱穀の時期になると12マネになる」と言うなら、これは禁止される。
ここではレンタルと売買について比較している。それぞれ以下のようにまとめられる。
【1】レンタルの場合
年払いでは10セラ、月払いなら月1セラ(年間12セラ)は許容される。
家主は1ヶ月ごとに貸しているので、支払義務は月末に発生する。
もしそれに先立って1年分支払うなら、家主にとって手間も心配もない有難い行為になる。
その分を差し引くのは、家主の裁量であり合法である。
【2】売買の場合
今支払えば1,000ズズ、収穫期(後払い)であるなら12マネ(1,200ズズ)は許容されない。
売買が成立した瞬間、その畑は買い手のものになる。
「支払いを待つ代わりに値段を上げる」のは、「本来今払うべき1,000ズズを、収穫期まで貸すことにする。その利子として200ズズ上乗せする」という構図になる。
以上の論理で、レンタルと売買では判断が分かれることになる。
次節に進む。
条件付き所有権移転と作物の収益帰属に関する法理
もし彼が彼に畑を売って、一部の支払いをし、彼が彼に対して、「いつでもあなたが望む時に、お金を持って来て下さい。あなたのものになります」と言うなら、それは禁止される。
これは一見善意に見える。しかし一部しか代金が支払われていないので、所有権はまだ完全には移転していない。
支払いを待っている間、売り手はその畑から採れる作物を自分のものにする。
これが利子に相当すると判断される。同じ節には次のように続けて書かれている。
もし彼が土地を抵当にお金を貸して、彼に「もしも3年以内に返済しないなら、これは私のものである」と言うなら、彼のものになる。
これは今の事例と同様、一定期間は土地の所有権はあいまいになる。
返済しないなら、土地の所有権は貸付の日に遡り、遡及的に貸主のものとなる。
この契約は認められる。条件付きの所有権移転である。
他方で返済するなら、土地の所有権は借主のままである。これも勿論認められる。
ただしこの3年間の間に作物の利益を貸主が得ていたのなら、それは利子と見なされ許されない。なぜならこの期間の所有権が借主のものとして確定したからである。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】『Bava Kamma』『Bava Metzia』『Bava Batra』の「3つの門」の基本的な法理研究
https://note.com/mishnah/n/n8377d72f85f0
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
