ミシュナ『Nazir(ナジル)』におけるナジル人の誓願の法体系 第3回:神殿奉仕の法理とLishkat HaNazir(リシュカット・ハナジル)における剃髪・献げ物の実務的定義
*本稿では、民数記6章に規定されたナジル人の誓願満了手続きを、口伝律法『ミシュナ』に基づき詳解する。「臨在の幕屋の入口」という記述を、「Middot」の記述から「ナジル人の部屋(Lishkat HaNazir)」における実務へと解説。和解の献げ物(shelamim)と贖罪の献げ物(chatat)の優先順位を巡るラビ間の論争、および剃髪した毛の処置に関する厳格な法的帰結まで、既存の抽象的な解説を排して網羅する。
前回までの概括:剃髪の有責性と死者の汚れ(tumat met:トゥマット・メット)による全期間無効化
前回は以下の内容を確認した。
【1】剃髪に関するhalachah(ハラハー)
トーラの民数記6章では「かみそり」と言及されているが、実際にはハサミの使用や、わずかな毛を引き抜く行為であっても、ナジル人としての義務に違反(有責)と見なされる。
自ら剃るだけでなく、強盗などによって無理やり剃られた場合でも、「神に捧げるための髪」が失われたと見なし、ペナルティが発生する。
頭を掻くことは許されるが、髪が抜けることが必然である櫛の使用や、毛が抜ける可能性のある土(石鹸のようなもの)で洗うことは禁じられている。
【2】剃髪による「30日の放棄」
ナジル人の期間満了時には「伸びた髪を切り、火にくべる」儀式が必要であり、これには最低30日分の髪の長さが必要とされる。
髪を剃ってしまった場合、それまでの遵守期間がすべて無効になるのではないが、儀式に必要な髪を確保するために改めて30日間毛を伸ばし直す必要がある。
例えば120日の誓願のうち100日目で剃った場合、残りの20日間に加え、毛が伸びるのを待つために満了儀式が遅れることになる。
【3】死者の汚れによる「全期間の無効化」
死者による汚れ(tumat met;トゥマット・メット)を受けた場合、剃髪の場合とは異なり、それまでに遵守した全ての期間が無効になる。
再聖別には次のプロセスを要する。
①7日間の清め
3日目と7日目に清めの水を振りかけられ、7日目にmikvehに入る。
②7日目の剃髪
汚れによって不浄となった髪をすべて剃り落とす。
③8日目の献げ物
2羽の鳥(贖罪の献げ物、焼き尽くす献げ物)、1匹の雄羊(賠償の献げ物)を祭司に携え、献げる。
この一連の手続きを終えた後、改めて初日から誓願期間を数え直さなくてはならない。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Nazir(ナジル)』における誓願の法体系 第2回:剃髪による放棄と死者の汚れ(tumat met:トゥマット・メット)による期間無効化のハラハー的定義
https://note.com/mishnah/n/ndfaaf40fcfea
民数記6章13~19節:誓願期間満了時における三種の献げ物とプロセスの規定
今回は誓願期間が満了した時の手続きである。まずはトーラを引用する。
13ナジル人についての指示は次のとおりである。ナジル人である期間が満ちた日に、彼を臨在の幕屋の入り口に連れて来る。 14その人は献げ物として次のものを主にささげる。焼き尽くす献げ物として傷のない一歳の雄羊一匹、贖罪の献げ物として傷のない一歳の雌羊一匹、和解の献げ物として傷のない雄羊一匹、 15および、酵母を使わずに、オリーブ油を混ぜて焼いた上等の小麦粉の輪形のパンと、オリーブ油を塗った、酵母を入れない薄焼きパンとを入れた籠と、穀物の献げ物とぶどう酒の献げ物である。 16祭司はこれらを主の御前に携えて行き、贖罪の献げ物と焼き尽くす献げ物と、 17雄羊の和解の献げ物を、酵母を入れないパンの籠と共に主にささげ、穀物の献げ物とぶどう酒の献げ物をささげる。 18ナジル人は臨在の幕屋の入り口で献身のしるしである髪をそり、それを取って和解の献げ物を焼く火に燃やす。 19祭司は煮えた雄羊の肩と、籠から酵母を入れない輪形のパンと薄焼きパンを一つずつ取って、献身のしるしである髪をそり落としたそのナジル人の手に置き、 20祭司がそれを主の御前に奉納物として差し出す。それは、奉納物の胸の肉と献納物の後ろ肢と共に、聖なるものとして祭司のものとなる。その後、ナジル人はぶどう酒を飲むことができる。
複雑な内容であるので、1つずつ確認する。まずはいけにえについて、14節には次の3つの献げ物を献げることが書かれている。
なお、トーラ本文は漢数字を用いているが、記事の数字は算用数字で表記する。
①焼き尽くす献げ物として傷のない1歳の雄羊1匹
②贖罪の献げ物として傷のない1歳の雌羊1匹
③和解の献げ物として傷のない雄羊1匹
これについては、ミシュナ「nazir」6章7節に次のように書かれている。
ラビ・ユダの見解に基づく和解の献げ物(shelamim)と剃髪の順序
清い状態で頭を剃るのは、如何なる手続きになるだろうか?彼は3つのいけにえを献げる。―贖罪の献げ物、焼き尽くす献げ物、和解の献げ物、―和解の献げ物を屠り、頭を剃る。これらはラビ・ユダの言葉である。
最後の「和解の献げ物を屠り、頭を剃る」とは、最初に屠るのは和解の献げ物(shelamim:シェラミーム)であることを言っている。
その後で頭を剃る。なお、この点については、上記引用のトーラでは「ナジル人は臨在の幕屋の入り口で献身のしるしである髪」(民6:18)を剃ると書いている。
聖書テキストの非字義的解釈:女性の庭「リシュカット・ハナジル(Lishkat HaNazir)」の同定
しかしこれは文字通りには解釈してはならない。「臨在の幕屋の入口」は神殿時代では祭司の庭のエリアになる。そこに一般のイスラエルの民は入ることが出来ない。
ここの「臨在の幕屋の入口」はむしろ、その前に献げるshelamimを暗示しているものである。
実際に彼が毛を剃る場所は、女性の庭の南東部にある部屋(リシュカット・ハナジル;Lishkat HaNazir)である。下図を確認して欲しい。

ここがその場所であることは、ミシュナ「Middot」2章5節に書かれている。
(女性の庭の)南東のそれはナジル人の部屋である。なぜならそこでナジル人は和解の献げ物を調理し、頭を剃り、剃った毛を大鍋の下の火に入れる。
shelamimの後に毛を剃るというのは、ラビ・ユダの見解である。次はラビ・エルアザルの見解である。
優先順位の競合:ラビ・エルアザルによる「贖罪の献げ物(chatat)」優先原則と実務上の有効性
ラビ・エルアザルは言う、「彼は頭を剃らない、贖罪の献げ物の時以外は。なぜなら贖罪の献げ物は如何なる場合でも優先する。しかしもし彼が3つのいけにえのどこで頭を剃っても、その務めを果たしている。」
ラビ・エルアザルによると、最初に献げるのは贖罪の献げ物(chatat:ハッタート)である。その後に頭を剃る。
「贖罪の献げ物は如何なる場合でも優先する」とは、献げるべき献げ物が競合している場合、原則的に最初に献げるのは贖罪の献げ物であるからである。
「しかしもし彼が3つのいけにえのどこで頭を剃っても、その務めを果たしている」については、ラビ・ユダ、ラビ・エルアザル双方に共通している。
以上をまとめると、次のようになる。
【1】ラビ・ユダの見解
最初に屠るのは和解の献げ物(shelamim:シェラミーム)であり、その後に髪を剃る。
【2】ラビ・エルアザルの見解
最初に屠るのは贖罪の献げ物(chatat:ハッタート)であり、その後に髪を剃る。
しかしどちらの見解においても、3つのいけにえのどれを屠った後に剃っても、有効となる。
次に移る。
献げ物の不指定(非特定)時における裁定:ラッバン・シモン・ベン・ガマリエルの見解
ラッバン・シモン・ベン・ガマリエルは言う、「もし彼が3つのいけにえを持って来て、特定しないなら、―贖罪の献げ物に適したものが贖罪の献げ物として献げられ、焼き尽くす献げ物に適したものが焼き尽くす献げ物として献げられ、和解の献げ物として適したものが、和解の献げ物として献げられる。」
通常、献げ物を献げる者はどのいけにえが何の献げ物であるのかを言明する。しかしナジル人に関しては、いけにえを携えて来れば、それ以上のことは必要ない。
では剃った毛はどのようにするのだろうか。トーラでは次のように書かれていた。
聖別された毛の最終帰結:調理用ポット下の火による燃焼と「利益享受の禁止」の法理
ナジル人は臨在の幕屋の入り口で献身のしるしである髪をそり、それを取って和解の献げ物を焼く火に燃やす。
これを読む限り、shelamim(和解の献げ物)を焼く祭壇の火に入れるかのようである。しかし「nazir」6章には次のように書かれている。
彼はナジル人の髪の毛を取って、ポットの下に投げる。もし彼が地方で頭を剃るなら、彼はポットの下に投げる。
ミシュナは明確に「(いけにえの肉を煮ている)ポット(鍋)の下の火」と述べている。
shelamimの肉は一部を祭壇で焼き、残りの肉は祭司や所有者が食べる。その肉を調理するための火に、聖別されていた髪を投じることを言っている。
また、この指示は上記引用箇所とも合致する。再掲する。
(女性の庭の)南東のそれはナジル人の部屋である。なぜならそこでナジル人は和解の献げ物を調理し、頭を剃り、剃った毛を大鍋の下の火に入れる。
つまり、毛を剃る場所も、肉を調理する場も、毛を投げ込む場所も同じである。
この続きは次のように書かれている。
これは何について言っているのだろうか?清めの状態における剃る行為についてである。しかし汚れの状態における剃る行為については、ポットの下に投げない。
「これは何について言っているのだろうか?清めの状態における剃る行為についてである」とは、以上は誓願期間が満了したことによる手続きであることを言っている。
他方で「しかし汚れの状態における剃る行為については、ポットの下に投げない」とは、死者によって汚れた場合の手続きでも毛を剃るが、それはこのようにして献げ物を調理する火の中に投げ込まないことを言っている。
この続きは以下の通りである。
ラビ・メイルは言う、「全てのナジル人は髪の毛をポットの下に投げる、地方において汚れた者を除いては。」
これは若干分かりにくいが、次のことを述べている。
【ラビ・メイルの見解】
①誓願期間満了に伴う祭儀で剃った毛は、Lishkat HaNazir(リシュカット・ハナジル)で剃った場合は勿論、それ以外の場所で剃ったものでも、鍋の下の火に投げ込む。
②死者によって汚れて剃った毛も、鍋の下に入れる。しかしこの場合はshelamimを調理する火ではなく、賠償の献げ物(asham)を調理する火である。
③死者によって汚れ、(エルサレム以外の?)地方で毛を剃った場合、調理する火の中には入れず、埋める。
ここで復習するべきことは、死者の清めの手続きである。
3日目と7日目に清めの水を振りかけるが、これは祭司でなくても出来る。だから、死者によって汚れた場合の手続きは、エルサレムでなくても可能である。
そして、「埋める」というのは、この毛から何らかの形で利益を享受することが禁止されているからである。
不注意によっても使うことのないように、埋めるのである。
以上で今回の解説を終わりにする。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Nazir』法理研究
https://note.com/mishnah/n/ne4720cb1c988
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
