口伝律法ミシュナ『Kilayim(キルアイム)』の全法理 第5回:衣類の異種混交「shaatnez(シャアトネズ)」の定義と、神殿祭司の例外および素材混合比率の無効化法理(8章1節〜9章1節)
*旧約聖書の最高権威であるモーセ五書(トーラ)と口伝律法ミシュナ第1部『Zeraim(ゼライム)』の『Kilayim(キルアイム)』篇からkilayimについて解説するシリーズ5回目。
今回はぶどう畑・植物・衣類・動物における異種混交禁止の罰則と許容範囲の構造的差異を、申命記22章9節およびレビ記19章19節を基に解説。
さらに、衣服の異種混交である「shaatnez(シャアトネズ)」が羊毛と亜麻の組み合わせに限定される法的根拠、レビ記13章47〜48節に基づくtzaraat(ツァラアト)の限定性、出エジプト記39章29節にみる神殿奉仕(祭司の飾帯)における例外、そしてラクダの毛や麻の混合比率に伴う「無効化」の判定基準まで、日本語圏における聖書学・口伝律法研究の最高峰の専門性をもって論理的に総括する。
前回の振り返りと論理的総括
前回は、口伝律法ミシュナ『Kilayim(キルアイム)』第4章7節から9節に基づき、ぶどうの列の「結合」と「分離」の条件、および土地を最大限活用するための高度な農業・幾何学的法理について解説した。
主な内容は以下の通りである。
【1】道や壁による列の結合と分離(4章7節)
2列のぶどうの木が「独立した列」か「結合した畑」かを判定する境界線について規定されている。
①道の影響
穀物や野菜は4キュビットの道があれば分離されるが、ぶどうの木は8キュビット以上の道幅がない限り、結合していると見なされる。
②壁の影響
2列の間に壁がある場合、高さが10手幅(約80〜100cm)以上あれば分離されるが、それ未満なら結合していると見なされる。
③例外
ラビ・ユダによれば、壁があっても上方で蔓(つる)が絡み合っている場合は結合したと見なされる。
【2】3列構成における厳格化と「既得権」の制約(4章8節)
列の数が増えると、異種混交禁止(kilayim:キルアイム)を避けるための距離制限が厳しくなる。
①16キュビット規則
2列の場合は8キュビット離れれば独立した列と見なされるが、3列構成になると、列間が16キュビット(約8メートル)以上離れていない限り、全体が結合した「ぶどう畑」と見なされる。
②列の除去
ラビ・エリエゼル・ベン・ヤコブは、最初に3列で植えた場合、後に真ん中の1列を取り除いて2列にしたとしても、16キュビットという厳しい距離制限枠は緩和されない(8キュビットでは許されない)と主張している。
【3】ツァルモンの実例:14キュビット活用法(4章9節・6章1節)
ラビ・ユダが挙げた「ツァルモンの農夫」の例から、律法の枠内で土地の生産性を最大化する知恵が紹介されている。
①蔓の方向制御
農夫は16キュビット間隔でぶどうを植え、蔓を伸ばす方向を「休耕地」側へ向けるよう調整した。
②14キュビットの算出
列間が16キュビットあれば、各列は「独立した木」と見なされる。
独立した木の作業スペースは全方向に6手幅(=1キュビット)作業スペースを確保すれば足りるため、耕作地の左右の1キュビットずつを除いた中央の14キュビット全体を活用することが可能になる。
③輪作サイクル
翌年には蔓を逆方向に向け、前年の休耕地を耕作地に、耕作地を休耕地へと入れ替えることで、土地の劣化を防ぎつつ効率的な栽培を行う。
以上により、当時の農夫たちが律法を遵守しながら、いかに幾何学的・論理的な思考を用いて農業生産性を追求していたかが明らかになっている。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉口伝律法ミシュナ『Kilayim(キルアイム)』の全法理 第4回:道・壁を挟む2列の結合条件、3列における16キュビットの厳格化、ツァルモンの実例に見る蔓の成長方向の調整と14キュビット活用法の法理(4章7節〜9節)
https://note.com/mishnah/n/n61ec6382669d
異種混交(Kilayim)の基本4原則:ミシュナ8章1節の引用と法的差異
今回から衣類のkilayimについて扱う。口伝律法ミシュナ「Kilayim」8章1節に概論的な内容が記述されているので、まずはここを引用する。
ぶどう畑のkilayimは植えること、維持すること、使用収益することを禁止される。
植物のkilayimは植えること、維持することを禁止されるが、食べること、使用することは許容される 。
衣類のkilayimはあらゆる仕方で許されるが、着ることは不可である 。
動物のkilayimは育てることも、飼うことも出来るが、交尾させることは出来ない 。
前回までの内容の復習を兼ねて、上から順番に確認する。
ぶどう畑のkilayimにおける使用収益禁止と焼却義務の根拠
ぶどう畑のkilayimについては、蒔いてはならないし、もしkilayimになっているのを見付けたら、引き抜かなくてはならない。
ただし鞭打ち刑になるのは、囲いを作るなど、kilayimの状態を積極的に維持しようとした場合に限る。「受動的に引き抜かなかった」場合は身体的な刑罰の対象にならない。
使用収益の禁止については、次のトーラの箇所が元になっている。
ぶどう畑にそれと別の種を蒔いてはならない。あなたの蒔く種の実りも、ぶどう畑本来の収穫も共に汚れたものとならないためである。
「汚れたものとならないため」の具体的な内容があまり明確ではない。通常この動詞は翻訳に反映されているように、聖性に関わるものである。
そこで、この節の文脈を考慮すると「聖なるものが一般的な用途から区別されるように、ぶどう畑のkilayimも一般的な用途から区別されなくてはならない」という意味に解される。
結果、ぶどう畑のkilayimに該当したら、それから如何なる利益を得てもならないし、焼かなくてはならないとする。
植物のkilayimにおける利益禁止規定の不適用
次は穀物や野菜のkilayimである。蒔いてはならないことは「一つの畑に二種の種を蒔いてはならない」(レビ19:19)で明記されている。
特筆するべきは、穀物や野菜のkilayimについては、ぶどう畑のkilayimのように、トーラで「あなたの育てる穀物や野菜も、kilayimとなる他の作物の收穫も共に汚れたものとなる」というような、全般的に利益を得ることの禁止と解釈されるような文言が無いことである。
従って本節のミシュナでも「植えること、維持することを禁止されるが、食べること、使用することは許容される」と書かれている。
人間レベルで考えると不均衡な掟の体系に見えるが、神の定めたトーラは必ずしも人の知恵で理解出来ることばかりではない。
以上を踏まえて、今回から本題になる衣類のkilayimに進む。
衣類のkilayim:トーラによるshaatnezの定義
衣類のkilayimに関しても、全般的な利益は禁止されていない。トーラには次のように書かれている。
二種の糸で織った衣服を身に着けてはならない。
「二種の糸で織った衣服」とは、原文ではshaatnez(シャアトネズ)である。shaatnezの具体的な組成は次の箇所から演繹することが出来る。
毛糸と亜麻糸とを織り合わせた着物を着てはならない。
つまりshaatnezとは羊毛と亜麻で作られたものであり、shaatnezが衣類のkilayimである。
shaatnezは着用することだけが禁止されている。その他のことは禁止されておらず、shaatnezを作ることさえ許容されている。
shaatnezについての掟は口伝律法ミシュナ「Kilayim」9章にまとめられている。1節を引用する。
ミシュナ9章1節前段:tzaraatの限定性と神殿奉仕の祭服における例外
如何なる繊維であっても、羊毛と亜麻でないならば、kilayimにはならない。羊毛と亜麻でないなら、tzaraatを受けない。祭司たちは神殿における奉仕において、羊毛と亜麻以外のものを着てはならない。
上にも述べた通り、shaatnezになるのは羊毛と亜麻で作った場合だけである。
「羊毛と亜麻でないなら、tzaraatを受けない」については、トーラに次のように書かれている。
衣服にかび(tzaraat)が生じた場合、羊毛や、亜麻の衣服でも、亜麻や羊毛の織り糸でも・・
このようにtzaraatが問題になるのは、羊毛の衣類、亜麻の衣類、またはそれらの糸に限定されている。
次の「祭司たちは神殿における奉仕において、羊毛と亜麻以外のものを着てはならない」については、注目すべき点がある。
祭司の祭服は亜麻で作られる。しかし飾帯だけは亜麻と羊毛で作られており、衣類のkilayimの例外になる。
トーラには次のように書かれている。
亜麻のより糸で織った飾り帯、すなわち青、紫、緋色の毛糸を使ったつづれ織を作った。主がモーセに命じられたとおりであった。
やや分かりにくいが、飾帯の素材が亜麻と羊毛であることが明記されている。
「Kilayim」9章1節の続きは、第3の素材も用いる場合である。
ミシュナ9章1節後段:第3の素材における混合比率と無効化の論法
ラクダの毛と羊毛を混ぜた場合について、―もし大部分がラクダなら、許容される。もし大部分が羊なら、禁止される。半分半分であるのなら、禁止される。同じことは麻と亜麻についても言える。
まず、亜麻と「ラクダの毛+羊毛を混ぜたもの」について扱っている。
もしもラクダの毛が大部分であるなら、許容される。大部分がラクダの毛であることによって、羊毛が無効化されるからである。
言い換えると、「ラクダの毛+羊毛を混ぜたもの」の全てがラクダの毛として見なされる。ラクダの毛と亜麻は併用することが出来るので、この場合は許容される。
しかし半分半分であるなら、羊毛は無効化されない。従って亜麻との併用は許されない。
「亜麻+麻を混ぜたもの」と羊毛を用いる場合も、同じ論法で判断される。
今回の解説は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Kilayim』法理研究
https://note.com/mishnah/n/nbf78cc478503
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
