ミシュナ『Sotah』法理研究 第3回:「床の塵」の採取作法と羊皮紙への書記、「アーメン」の遡及的射程
*本稿は、古代イスラエルのモーセ五書(トーラ)と口伝律法ミシュナにおける婚姻法および裁判手続きを、歴史学的・律法学的視点から解析する研究である。記述に含まれる性に関わる表現は、すべて一次資料の法定義を正確に論じるための学術的用語であり、性的好奇心を喚起する意図は一切含まれない。
民数記5章に記された「sotah(疑いの妻)」について、口伝律法ミシュナによって法的詳細を確認するシリーズ3回目。今回は聖所の床から「塵」を採取する際の具体的動作、羊皮紙に記すべき聖句の編集規則(ラビ・ユダとラビ・ヨセの相違)、および水に溶けるインクの素材的要件を詳述。「アーメン、アーメン」と唱える行為が内包する、erusin(婚約)からyibum(イブーム)までを網羅する遡及的な法的効力を、律法学的観点から解説する。
前回の振り返り
前回は以下の内容を確認した。
【1】ニカノール門における物理的辱め
儀式がエルサレム神殿のニカノール門に進むと、女性に対して強い心理的・物理的圧力がかけられる。
祭司は女性の服のネックラインを掴んで引き裂き、胸を露わにする。また、結んでいた髪を解く。
ただし、ラビ・ユダは、女性が美しい場合には、若い祭司が欲情することを避ける為、露出や髪を解くことを控えるべきとしている。
華美な飾りや宝石はすべて取り除かれ、白い服を着ている場合は黒い服に着替えさせられる。また、引き裂かれた服が脱げ落ちないよう、エジプト製のロープで胸の上を縛る。
この儀式は、他の女性たちがその姿を見て自らの不貞を戒めるよう、公開で行われる。ただし、本人のプライドを助長しないように、彼女に仕える奴隷の見学は禁じられる。
【2】穀物の献げ物(minchah:ミンハ)の象徴性
祭司は、女性に「大麦」の献げ物を持たせる。通常の献げ物は小麦であるが、sotahの儀式では家畜の餌である大麦が使われる。
ラッバン・ガマリエルは、彼女の行為が「畜生の所業(動物のような振る舞い)」であるため、献げ物も動物の食べ物を用いるのだと説明している。
献げ物は「エジプトのバスケット」に入れられ、彼女を疲れさせて告白を促すために、その手に持たされる。また、通常の献げ物に必要なオリーブ油や乳香は一切加えられない。
【3】「苦い水」の調製手順
新しい土器の器に、祭司が手足を清める水盤(kiyyor:キヨール)から取った水と、幕屋(神殿)の床の塵を入れる。
一般的な規定では、水量は2分の1ログ(約240ml)とされるが、ラビ・ユダは4分の1ログ(約120ml)で十分であると主張した。
これは、彼の見解として羊皮紙に書く文字数が最小限でよいとするのと同様に、それを溶かす水も最小限であるべきだと論理に基づいている。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Sotah』法理研究 第2回:衣服の剥奪、大麦の献げ物、および聖水調製の法的要件
https://note.com/mishnah/n/nd089d8179c03
聖所における「塵」の採取手順と物理的象徴性
今回はその続きである。口伝律法ミシュナ「Sotah」2章2節の後半部分からである。
彼は聖所に入り、右を向く。―そこは1キュビット四方の大理石の敷石で、リングが付けられているものがある。彼がそれを上げると、その下の土を取る。彼は水の上に見えるのに十分な量を加える、次のように書かれている、「祭司は聖水を土の器に入れ、幕屋の床にある塵を取ってその水に入れる。」(民5:17)
冒頭の「彼は聖所に入り、右を向く」とは、北側を向くことを言っている。聖所の床は大理石が敷き詰められている。
「そこは1キュビット四方の大理石の敷石で、リングが付けられているものがある」とは文字通りで、そのリングを持ち上げることで、床を1枚上げることになる。
「彼がそれを上げると、その下の土を取る。彼は水の上に見えるのに十分な量を加える」は特に解説は必要ない。完全に全て溶けてしまわない程度には、土を入れるという事である。
これはミシュナ本文にある通り、トーラの内容に沿ったものである。
祭司は聖水を土の器に入れ、幕屋の床にある塵を取ってその水に入れる。
これによると、先に水が入っていることになる。次節である。
羊皮紙に書き込む聖句の編集規則:民数記5章19~22節の取捨選択
彼が巻物を書く時には、どこから書くのだろうか ?「もし、お前が別の男と関係を持ったこともなく、また夫ある身でありながら、心迷い、身を汚したこともなかったなら、この苦い水の呪いを免れるであろう。しかし、もしお前が夫ある身でありながら、心迷い身を汚し、夫以外の男に体を許したならば」(民5:19~20)。しかし彼は省く、「祭司は女に誓わせてこう言う」。それから、彼は書く、「主がお前の腰を衰えさせ、お前の腹を膨れさせ、民の中で主がお前を呪いの誓いどおりになさるように。この呪いをくだす水がお前の体内に入るや、お前の腹は膨れ、お前の腰はやせ衰えるであろう。」(民5:21~22)しかし彼は省く、「女は、『アーメン、アーメン』と言わなければならない。」(民5:22)
この節は複雑に見えるが、祭司が水の中に溶かす羊皮紙に書き込む際の具体的な編集規則について説明している。
原則はトーラの聖句から「対話部分」や「指示語」を除外し、条件(潔白の場合と不貞の場合)と、その結果である呪いに焦点を当てる。
ともあれ、羊皮紙に書くにあたって元になるトーラの箇所は以下の通りである。
19もし、お前が別の男と関係を持ったこともなく、また夫ある身でありながら、心迷い、身を汚したこともなかったなら、この苦い水の呪いを免れるであろう。 20しかし、もしお前が夫ある身でありながら、心迷い身を汚し、夫以外の男に体を許したならば、―― 21祭司は女に呪いの誓いをさせてこう言う――
主がお前の腰を衰えさせ、お前の腹を膨れさせ、民の中で主がお前を呪いの誓いどおりになさるように。 22この呪いをくだす水がお前の体内に入るや、お前の腹は膨れ、お前の腰はやせ衰えるであろう。女は、「アーメン、アーメン」と言わなければならない。
この内、原則に従って次の箇所は取り除く。
①「祭司は女に呪いの誓いをさせてこう言う」(21節)
②「女は、『アーメン、アーメン』と言わなければならない。」(22節)
結果的に羊皮紙に書く聖句は以下の通りになる。
「もし、お前が別の男と関係を持ったこともなく、また夫ある身でありながら、心迷い、身を汚したこともなかったなら、この苦い水の呪いを免れるであろう。しかし、もしお前が夫ある身でありながら、心迷い身を汚し、夫以外の男に体を許したならば、主がお前の腰を衰えさせ、お前の腹を膨れさせ、民の中で主がお前を呪いの誓いどおりになさるように。この呪いをくだす水がお前の体内に入るや、お前の腹は膨れ、お前の腰はやせ衰えるであろう。」
この見解には異論も存在する。次のように書かれている。
律法学的異論:ラビ・ヨセとラビ・ユダによる異なる見解
ラビ・ヨセは言う、彼は省かない。ラビ・ユダは言う、「彼は書くだけである、―『主がお前の腰を衰えさせ、お前の腹を膨れさせ、民の中で主がお前を呪いの誓いどおりになさるように。この呪いをくだす水がお前の体内に入るや、お前の腹は膨れ、お前の腰はやせ衰えるであろう。』(民5:21~22)しかし彼は省く、「女は、『アーメン、アーメン』と言わなければならない。」
次のようにまとめられる。
【1】ラビ・ヨセの見解
上記の原則に従って省かずに、全文を羊皮紙に書く。
【2】ラビ・ユダの見解
以下の内容を書くとする。
主がお前の腰を衰えさせ、お前の腹を膨れさせ、民の中で主がお前を呪いの誓いどおりになさるように。この呪いをくだす水がお前の体内に入るや、お前の腹は膨れ、お前の腰はやせ衰えるであろう。
次は素材について扱っている。
書記材料の法的要件:羊皮紙の選択とインクの溶脱性
彼はそれを板の上に、パピルスに、皮の上に書くことは出来ない。羊皮紙にだけである、次のように書かれている、「巻物に書き」(民5:23)彼は樹脂で、硫酸で、またはその他何か印が残るものによって書くことは出来ず、インクによってのみ書ける。次のように書かれている、「それを苦い水の中に洗い落とす。」(民5:23)―筆跡が溶けるものでなくてはならない。
まとめると以下の通りになる。
(1)何の上に書くか
次のものは不可とされる。板、パピルス、皮。
羊皮紙に書かなくてはならない。
(2)何を用いて書くのか
次のものは不可とされる。樹脂、硫酸、その他消えないもの。
インクで書かなくてはならない。それは民数記5章23節に拠っている。
祭司はこの呪いの言葉を巻物に書き、それを苦い水の中に洗い落とす。
文字が水の中で溶けなくてはならない。この要件については、取り立てて難しい点は無い。次節に進む。
「アーメン、アーメン」の法的射程:erusinからyibum(レビラト婚)への遡及
何に対して彼女は「アーメン、アーメン」と答えるのだろうか?呪いに対して、誓いに対してである。この男に対して、他の男に対してである。erusinの時に、nisuinの時に、yibumを待っている時に、yibumにおいて結婚した後に姦淫していないということに対してである。犯されていないこと、もし犯されているのなら、これらの呪いが降りかかることに対してである。
彼女は「アーメン」と答えるが、何に対して「その通りである」と言っているのかを列挙している。次のようにまとめられる。
①「呪いに対して、誓いに対して」
21節の内容を指している。
②「この男に対して、他の男に対して」
夫が警告した男だけでなく、他の男とも不貞行為をしていないということ。
③「erusinの時に、nisuinの時に」
これは何度も本稿で学んだ。不明な方は逆引き辞典で検索して欲しい。
④「yibumを待っている時に、yibumにおいて結婚した後に姦淫していないということに対して」
これはまだ本稿でもほとんど扱っていない。通常男性は兄弟の姉妹と性行為することは禁止され、もし意図的に侵犯したらkaretになる。
しかし兄弟が子供を残さずに死んだ場合、その妻と性行為して結婚し、子孫を残すことが勧められる。この性行為をyibum(イブーム)と呼ぶ。
yibumされて結婚するか、明確に拒絶される前は、女性は他の男性と結婚することは出来ない。
以上を総合すると、ここでは「yibumを待っている時に、yibumにおいて結婚した後に姦淫していない」ことが「アーメン」の答えに含まれることを言っている。
簡単に言うと、次のようになる。「yibumを待っている間に他の男と性行為していないし、yibumされた後も他の男と性行為していない。」
⑤「犯されていないこと、もし犯されているのなら、これらの呪いが降りかかることに対して」
これは①と同じ内容を指している。
今回の解説は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉ユダヤ法における結婚・離縁・家族の法理学
https://note.com/mishnah/n/ndeee1c7e77b4
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
