イエスを裁いた『最高法院』への道(3回目):旧約聖書の裏に隠れている3人判事の法廷③
※本記事は、古代イスラエルの律法(モーセ五書および口伝律法ミシュナ)における法的権利と賠償制度を、宗教史・法制史の観点から解説する学術的考察です。一部、当時の法律用語に基づいた表現を含みます。
旧約聖書の最高権威であるモーセ五書(トーラ)を紐解くと、女性の年齢や身分に関する細かな規定に出会います。「娘を売る権利」や「銀50シェケルの罰金」。これらは単なる古い時代の記録ではなく、当時のユダヤ社会が大切な女性の尊厳と権利をどのように定義し、守ろうとしたかを示す律法の一部です。
今回は、人生のわずか半年間という特別な期間「naarah(ナアラー」を軸に、未成年から成人女性(bogeret:ボゲレット)まで、性的被害に対する賠償責任がどのように変化するのかを、口伝律法『ミシュナ』から解き明かします。
更に既婚女性が問題になる場合の3人判事の法廷の限界と、死刑を扱う「23人の法廷」へと舞台が移る論理に迫ります。
前回の振り返り:naarah(ナアラー)という特別な半年間
前回はnaarahへの強制性交、誘惑について如何なる審理が開かれるのかを扱った。今回の内容に入る前に、簡単に振り返ろう。
【1】女性は年齢と家族構成によって、3つの法的立場に区別されること
【2】それは未成年、naarah(ナアラー)、bogeret(ボゲレット)であること。
【3】naarahは12歳の誕生日から半年間で、父親が嫁に出す最良の期間であり、律法上の保護が厚いこと。
【4】強制性交者への罰則についての掟(申命記22章25~29節)と誘惑者への罰則についての掟(出エジプト記22章15~16節)は、相手女性がnaarahである場合に限定されること。
【5】naarahを犯した場合、それぞれへの罰則は以下の通りであること
強制性交者
1、辱め
2、価値の低下
3、罰金
4、苦痛
誘惑者
1、辱め
2、価値の低下
3、罰金
【6】これらの事案は3人判事の法廷で裁かれること
以上である。
前回はnaarahに焦点を当てたが、その期間は人生のわずか半年に過ぎない。今回はそれ以外の女性の人生の時間に強制性交、誘惑の事件が起きた場合の裁判について扱う。
成人女性(bogeret;ボゲレット)と「自立した意思」の法的責任
まずはbogeretから。
繰り返しになるがbogeret(ボゲレット)とは、naarahの期間を終えた全ての女性であり、成人女性に相当する。bogeretがnaarahと完全に異なるのは、制限行為能力者ではなく、自らの意思で法的に有効な行為をすることが出来る点である。
従って彼女が強制性交、誘惑の事件に巻き込まれた場合、それを踏まえた賠償の仕方になる。具体的には
強制性交者
1、辱め
2、価値の低下
誘惑者
なし
となっている。ポイントは2つある。1つ目は強制性交の場合も誘惑の場合も、銀50シェケルの罰金が課せられないという事である。この罰金はnaarahのみに課せられる。旧約聖書の最高権威であるモーセ五書が、明確に罰金をnaarahに限定しているからである。
bogeretは成人女性であるので、誘惑に従った場合、自らの意思で行為に同意したものと見なされる。従って男性に賠償義務は発生しない。
次に男性のbogeretに対する結婚義務の有無について解説する。
naarahを強制性交した場合、男性は「彼女を妻としなければならない。彼女を辱めたのであるから、生涯彼女を離縁することはできない。」(申22:29)とある。彼は結婚しなくてはならず、離縁も出来なかった。
bogeretが被害者の場合、男性のこの結婚義務は無い。
naarahを誘惑した場合、「父親が彼に与えることを強く拒む場合は、彼は処女のための結納金に相当するものを銀で支払わねばならない」(出22:16)とある。男性は父親が拒否しなければ罰金を支払い結婚、拒否された場合には罰金のみの罰則を負った。
bogeretが被害者の場合、男性のこの結婚義務は無い。勿論罰金も無い。
改めてnaarahが「特別な期間」であることが浮き彫りになるものである。
その他、現代の法律の感覚では、bogeretへの賠償項目に「苦痛」が無くなっている点は厳しく見える。成人した女性は自分の体を守る責任を負っている(あるいは、父親による保護義務が終了している)と見なされる。その点がnaarahや未成年者と異なる。
未成年者への賠償と「意思表示」の効力
次に未成年者について、男性側の賠償義務は下のようになる。
強制性交者
1、辱め
2、価値の低下
3、苦痛
誘惑者
1、辱め
2、価値の低下
ここでnaarahと異なるのは、銀50シェケルの罰金が無いことである。理由はbogeretの場合と変わらない。その他の賠償項目はnaarahと変わらない。
未成年者は制限行為能力者であり、かつその心身は父親の庇護の元にある。従って強制性交の場合、bogeretのように「自分の体を守る責任」を追究されないし、たとえ男性に同意して行為に及んだとしても、それは律法上有効な意思表示ではない。男性には賠償義務を負うことになる。
ミシュナ「Ketubot(ケトゥボット)」3章8節を解読する
以上を前提に口伝律法ミシュナ「Ketubot」3章8節を見てみよう。意味は分からないと思うが、すぐに解説するので、取りあえず読んで欲しい。
売りに出す権利があるならば、罰金もない。罰金があるなら、売りに出す権利はない。未成年者は売却の権威に従い、彼女には罰金を得る権利はない、naarahは罰金を得る権利があり、売りに出す権利は彼女には適用されない。成人した女性は売りに出す権威に従わず、罰金も得ない。
出エジプト記21章:娘を「売る」権利の裏にある保護規定
この箇所を理解するには、まずトーラの次の箇所について見る必要がある。
人が自分の娘を女奴隷として売るならば、彼女は、男奴隷が去るときと同じように去ることはできない。もし、主人が彼女を一度自分のものと定めながら、気に入らなくなった場合は、彼女が買い戻されることを許さねばならない。彼は彼女を裏切ったのだから、外国人に売る権利はない。もし、彼女を自分の息子のものと定めた場合は、自分の娘と同じように扱わなければならない。もし、彼が別の女をめとった場合も、彼女から食事、衣服、夫婦の交わりを減らしてはならない。もし、彼がこの三つの事柄を実行しない場合は、彼女は金を支払わずに無償で去ることができる。
これも分かるようで分からない掟であろう。順番に説明する。
全体として、これは父親が娘を女奴隷として売る状況について言っている。これは例えば飢饉や犯罪を犯したことによって賠償責任を負い、極度の貧困に陥った際、父親には「娘を女奴隷として売る権利」が認められていたことによる。
しかし父親のその権限は、娘が未成年の間だけである。冒頭の「自分の娘」は未成年者とされる。父親であってもnaarahを売る権限はなく、ましてbogeretを売る権利は勿論無い。
つまりこの規定は娘を単なる労働力としてではなく、債務返済のための「資産」として扱う側面があったことを示している。しかしこの規定は娘自身の権利にも配慮したものになっている。8節を見てみよう。
「もし、主人が彼女を一度自分のものと定めながら、気に入らなくなった場合は、彼女が買い戻されることを許さねばならない」(8節)。縁組が前提になっている。父親が未成年の娘を売る目的は、主人との結婚にもあった事になる。
相手側の男性主人もそれを前提に父親に代金を渡す。奴隷が異邦人である場合、主人の所有物と見なされる。従ってもしも気に入らなくなったなら、転売することは許される。しかしここでは「気に入らなくなった場合は、彼女が買い戻されることを許さねばならない」と規定される。父親が買い戻すことが出来るように配慮しなくてはならないのである。
次に「もし、彼女を自分の息子のものと定めた場合は、自分の娘と同じように扱わなければならない」(9節)とある。主人が自分で娶らずに、息子の嫁として迎えてもよいことを言っている。
この時点で娘は女奴隷の身分から、家族の一員になる。
「もし、彼が別の女をめとった場合も、彼女から食事、衣服、夫婦の交わりを減らしてはならない」(10節)とあるのは、当時ユダヤ人男性は複数の女性を妻として迎えることが出来たことが前提になっている。
たとえ他の女性を別に妻として迎えても、衣食住と性行為について、従来通り提供しなくてはならない。もしもそれを怠るなら、彼女は「無償で」自由の身になることが出来る。
通常、奴隷が自由になるには解放金を払う義務があるのだが、この場合は負債が帳消しとなり、即座に女性が解放されることになる。女性の権利が配慮されていることを示している。
総括:女性の成長段階と賠償責任の相関図
さて、以上を踏まえて「Ketubot」3章8節をもう一度見てみよう。
売りに出す権利があるならば、罰金もない。罰金があるなら、売りに出す権利はない。未成年者は売却の権威に従い、彼女には罰金を得る権利はない、naarahは罰金を得る権利があり、売りに出す権利は彼女には適用されない。成人した女性は売りに出す権威に従わず、罰金も得ない。
「売りに出す権利があるならば、罰金もない」とは、未成年者のことを言っている。父親が売り出すことの出来る未成年の娘に対する暴行には、銀50シェケルの罰金は適用されない。
以下、同様に理解することが出来るだろう。これをまとめると次のようになる。
①未成年者
父親に売る権限はある。銀50シェケルの罰金は無い。
②naarah
父親に売る権限はない。銀50シェケルの罰金は適用される。
③bogeret
父親に売る権限はない。銀50シェケルの罰金も無い。
次に、以上の内容全てを踏まえて、賠償責任をまとめる。
①未成年者が請求出来る賠償
強制性交の場合:「辱め」、「価値の低下」、「苦痛」の3つ。
誘惑者の場合:「辱め」、「価値の低下」の2つ
②naarahが請求出来る賠償
強制性交の場合:「辱め」、「価値の低下」、「苦痛」、「罰金」の4つ。
誘惑者の場合:「辱め」、「価値の低下」、「罰金」の3つ。
③bogeretに請求出来る賠償
強制性交の場合:「辱め」、「価値の低下」の2つ。
誘惑者の場合:何も請求出来ない。
これらの内容が原則になり、事件の賠償について審理されることになる。法廷は3人判事によるものである。
「3人の法廷」の限界:民事から刑事(死刑)の審理へ
ここまで複雑に見えたかもしれないが、全ての区分の女性において当てはまるのは、独身であるという事である。もしも既婚であるのなら、話が全く変わってしまう。
トーラには次のように書かれている。
男が人妻と寝ているところを見つけられたならば、女と寝た男もその女も共に殺して、イスラエルの中から悪を取り除かねばならない。ある男と婚約している処女の娘がいて、別の男が町で彼女と出会い、床を共にしたならば、その二人を町の門に引き出し、石で打ち殺さねばならない。その娘は町の中で助けを求めず、男は隣人の妻を辱めたからである。あなたはこうして、あなたの中から悪を取り除かねばならない。
既婚者の場合、当事者には死刑の是非が問題になる。極刑が関わる審理は、3人の法廷で審理することは出来ない。23人の法廷によることになる。
次回は23人の法廷ついて扱う。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
【シリーズ目次】ミシュナ『Sanhedrin』法理研究
https://note.com/mishnah/n/n8cf87c1bb399
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
