ミシュナ『Bava Metzia(バヴァ・メツィア)』注解 第5回:賃金債権の履行期限と労働者の収穫物摂取権――tevel(テヴェル)の成立と意思能力による権利放棄の法理
*本稿では、ミシュナ『Bava Metzia』における労務提供者の権利を扱い、申命記24章14~15節の賃金支払期限の厳密な時間区分や、収穫作業に伴う食権利の発生条件を詳説する。
また未成年者や異邦人奴隷とは異なるユダヤ人奴隷の律法上の地位について解説すると共に、作物がtevelとなる作業完了の工程について網羅する。
前回の振り返り
第4回で扱った、トーラおよびラビの定めた規定に基づく利子の禁止について、3つの要点に分けて復習する。
【1】利子の定義と二重の禁止規定
トーラ(レビ記25章35~37節)では、困窮している同胞に対して金銭や食糧を貸す際、利子を取ることが厳格に禁じられている。
そこでは「利子」、「利息」という語が使われているが、これは以下のように定義される。
①neshech(ネシェフ:噛む)
借り手の資産を少しずつ蝕んでいく、聖書次元で禁止される利子を指す。
例えば、「1セラ(=4ディナル)を貸して5ディナルで返させる」といった行為がこれに該当する。
②marbit(マルビート)またはtarbit(タルビート)
本来は「増えること」を意味し、トーラではneshechの同語反復として理解されているが、ミシュナでは明確に使い分け、主にラビの規定によって禁止された取引(実物資産の価値変動を利用した間接的な利益など)を指す。
利子の禁止は、利率の高さに関わらず適用される。
【2】取引における時間的価値の評価(レンタルと売買)
支払い時期を遅らせることで価格が変動する場合、その性質によって「許容」か「禁止」かが分かれる。
①レンタルの場合
「年払いなら10セラ、月払いなら月1セラ(年間12セラ)」という設定は認められる。
家主が月末に得る賃料債権を、1年分の一括前払いを受けることによって減額を決めることは、その裁量範囲として認められる。
②売買の場合
「今払えば1,000、収穫期(後払い)なら1,200」という設定は禁止される。
売買が成立した時点で所有権が移転し、支払い義務が生じるので、支払いを待つ代わりに代金を上乗せすることは、実質的に「代金の貸し付けに対する利子」と見なされる。
【3】不動産・抵当権と収益の帰属
お金を貸している側が、それを理由に借り手の所有地に無料で住んだり、割安で借りたりすることは、ラビの定義する利子(マイナーな形態の利子)として禁止される。
土地を抵当に金を貸し、「3年以内に返済しなければ土地を没収する」という契約自体は認められる。
ただし、返済までの間に貸主がその土地から作物の利益を得ていた場合、最終的に返済がなされたなら、その利益は利子と見なされ許されない。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Bava Metzia(バヴァ・メツィア)』注解 第4回:利子禁止の本質――『Bava Metzia』5章によるneshech(ネシェフ)とtarbit(タルビート)の構造的弁別
https://note.com/mishnah/n/n77214859d7fa
賃金支払期限の法理:雇用の時間帯および期間に基づく履行期日
今回はその続きである。まずはトーラから引用する。
14同胞であれ、あなたの国であなたの町に寄留している者であれ、貧しく乏しい雇い人を搾取してはならない。 15賃金はその日のうちに、日没前に支払わねばならない。彼は貧しく、その賃金を当てにしているからである。彼があなたを主に訴えて、罪を負うことがないようにしなさい。
これは賃金の支払い期限について述べている。細則については、「Bava Metzia」9章に書かれている。
日中に雇われた者は夜間賃金を集める。夜間の為に雇われた者は1日中集める。数時間の為に雇われた者は、夜間または1日中集める。1週間、1ヶ月、1年、または1つの7年サイクル、―もし彼が日中に出発するなら、その日ずっと集める。夜に出発するなら、その夜と翌日である。
これは以下のようにまとめられる。
①日中に雇われた者
仕事が終了した後の「夜の間中」が支払い期限となる。
②夜間の為に雇われた者
仕事が終了した後の「翌日の日中」が期限となる。
③数時間の為に雇われた者
夜間の場合は夜明け前まで、日中の場合は日没までに支払う。
④長期(週・月・年単位)の為に雇われた者
「もし彼が・・出発するなら」の意味が分かりにくいが、これは契約が終了する時点を表している。
日中に終わるなら、日没までに支払いを受け、夜間に終了するなら、その夜と次の日中に支払いを受ける。
ここまで賃金の支払い期限についての解説を終えた。
労働者の食権利(申23:25~26):作業従事に伴う収穫物摂取の法的準拠
次も労務を提供する者の権利についてで、今度は仕事中の空腹を満たすことである。トーラを引用する。
25隣人のぶどう畑に入るときは、思う存分満足するまでぶどうを食べてもよいが、籠に入れてはならない。 26隣人の麦畑に入るときは、手で穂を摘んでもよいが、その麦畑で鎌を使ってはならない。
本文を字義通りに解釈すると、勝手に隣人のぶどう畑に入り、好きなだけ食べていいかのように読めてしまうが、これは労務を提供している人の権利として受け取られている。
「隣人のぶどう畑に入る」とは、作業の為に入ることを言っている。
これに関しては「Bava Metzia」7章に書かれている。
これらのものは、トーラに従って食べてよい。土地に付随している作物に関して働いている者は、仕事の完成の時に。土地に付随していない作物に関して働いている者は、仕事が完成していない時に。―土地から育ったものではある。
ここでは2つのケースについて扱っている。
(1)土地に付随している作物について
「仕事の完成の時に」食べてよいというのは、作物が成熟していて、収穫している時を指す。
ぶどうを例に取ると、労務者が収穫し、主人の籠に入れる時、彼はそこから食べてよい。
他方で作物がまだ成長過程にある間、彼は食べてはならない。従って、成長を促す為に、周囲の雑草を抜く作業に従事している場合、彼は食べることが出来ない。
(2)土地に付随していない作物について
これは既に收穫を終えた作物について言っている。
収穫したものは一定の作業を経て、terumahや各種のmaaserを取り分けることになる。
この作業の後、作物はtevel(テヴェル)と呼ばれ、口に入れることは許されない。
逆に言うと、この最終作業を終える前までは、まだterumah等を取り分ける義務が発生していない。
収穫したばかりの穀物で説明すると、以下のようになる。
作物の宗教法的statusと摂取可否:tevel(テヴェル)成立に至る穀物加工の4段階
①脱穀
穂から粒を外す作業である。
②選別・風選
殻やゴミを風で飛ばして取り除く。
③山積み
選別された綺麗な粒を1箇所に積み上げる。
④表面の平坦化
積み上げた穀物の山の表面を平らにならす。
穀物では④の作業を終えたものがtevelである。それ以前のものについては、労務者は食べてよい。
次である。
作業効率と権利行使の均衡:所有者の損失回避と「列から列へ」の移動規定
もしいちじくに関して働いているなら、ぶどうを食べてはならない。ぶどうに関して働いているなら、いちじくを食べてはならない。最も成熟した場所に到達するまで、慎むことが出来る。
まず、労務者は自ら従事している作物に関して、食べることが許される。「ぶどうに関して働いているなら、いちじくを食べてはならない」そのものである。
「最も成熟した場所に到達するまで、慎むことが出来る」とは、労務者は遠慮せず、美味しく実っている作物まで我慢して、そこで採れるものを食べてよいことを言っている。
続きである。
これら全てのことに関して、ラビたちは仕事の間のみ食べてよいと言った。しかし所有者の損失を避ける為、彼らは言った、「労務者は列から列へ移る時、足踏みする場所から戻る時に食べてよい。ろばに関しては、荷物が下ろされる時である。」
まず彼らが食べてよいのは、仕事中だけである。たとえ仕事中は慎んでいたとしても、作業が終わったら食べてはならない。
しかし常に労務者が食べながら仕事をしていたのなら、作業は捗らない。そこで「列から列へ移る時」、またはぶどうを「足踏みする場所から戻る時」に限るとしている。
ぶどうを足踏みするとは、ぶどうを踏んで果汁を出す作業のことを言っている。
ろばに関しては、その背中から荷物を下ろす時、中にあるものを食べさせてよいという事である。
次である。
意思能力による権利放棄の有効性:未成年・異邦人奴隷・ユダヤ人奴隷の法的差異
自らの為に規定してもよい、成人している彼の息子と娘、成人している彼の(ユダヤ人)奴隷も女奴隷の為にも、妻の為にも、なぜなら彼らが理解しているからである。しかし未成年の息子や娘、(異邦人)奴隷や女奴隷、家畜の為には不可である。彼らは理解していないから。
これは食べる権利の放棄について言っている。
自分の為にこの権利を放棄してもよいし、一緒に作業に従事する息子など、自らの権威の下にある者の為に放棄してもよい。
ただし、それは彼らがその内容を理解し、同意した場合に限る。
この点、未成年者、異邦人奴隷、家畜の場合は不可である。なぜなら彼らは律法上、意思能力を認められていないからである。
この点、ユダヤ人奴隷については、「奴隷」という言葉を使ってはいるが、人格的な独立性は保持している。そこで彼らは有効に放棄について同意することが出来る。
放棄する理由としては、賃金の上昇と引き換えという状況があると思われる。
以上で「Bava Metzia」に関する一応の解説を終えた。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】『Bava Kamma』『Bava Metzia』『Bava Batra』の「3つの門」の基本的な法理研究
https://note.com/mishnah/n/n8377d72f85f0
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
