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Yom Kippur(ヨム・キップール:贖罪日)の法理と構造 12回目:ミシュナ「Yoma」に基づくアザゼルの雄山羊の放逐工程と祭儀の連続性、及び安息日の歩行制限の法理的適用

*本稿は「ヨム・キップール(Yom Kippur:贖罪日)」の祭儀構造を、旧約聖書(トーラ)レビ記16章と、その実効的解釈を規定する口伝律法ミシュナ「Yoma(ヨマ)」篇の原典に基づき解明するシリーズである。

 本稿では、アザゼルの雄山羊がエルサレムから絶壁へと至る12ミルの物理的行程と、安息日の歩行制限が祭儀実務に与える法理的影響を詳説。さらに、赤い羊毛の変色に付随する神学的しるしと、大祭司による贖罪の献げ物の処理規定を、2,000年前の律法の現場に即して厳格に再構築する。


前回の総括:アザゼルの雄山羊における按手・告白と移動行程の基礎構造


 前回は以下の内容を確認した。

【1】アザゼルの雄山羊への按手と罪の告白

 一連の血の奉仕を終えた大祭司は、生きている方の雄山羊(アザゼルのため)のもとへ向かう。

 大祭司は両手で雄山羊の頭を力いっぱい押さえて按手し、イスラエルの家族全体の罪を告白する。

 告白の中では神聖四文字が唱えられ、モーセのトーラ(レビ記16:30)を引用して、民の贖いを祈る。

【2】贖罪の限定性と対人倫理の分離

 ヨム・キップールにおける赦しの性質について重要な点がある。

 儀式が行われれば自動的に赦されるわけではなく、個々の民が断食などの苦行を行い、自ら神の赦しにふさわしい者になる必要がある。

 贖罪日の儀式で赦されるのは「神に対する罪」である。対人関係の罪(怪我や損害)については、まず被害者への謝罪や補償・償いを果たすことが前提となる。

【3】祭儀実務者の規定と安全対策

 本来は誰でも雄山羊を連れて行くことが可能だったが、後に大祭司の規定により、この役割は祭司のみに委ねられるようになった。

 雄山羊を連れて行く祭司が、群衆(敵対的な者たち)から嘲笑されたり、山羊の毛を掴まれたりするなどの妨害を避けるため、専用の通路が作られた。

【4】12ミルの移動行程と10の中継所

 エルサレムから雄山羊を突き落とす「絶壁(アザゼル)」までの道のりは、緻密に構成されている。

 全行程は12ミル(約12キロ)で、その間に10の中継所(休憩所)が設置された。

 各中継所の間隔は1ミルに設定されており、これは安息日に歩いてよい距離の制限内(約1ミル)に収まるよう法理的に配慮されている。

 ヨム・キップールも安息日と同じ距離制限があったのである。

 各所には食べ物と飲み物が用意されており、断食中の祭司が体調を崩した場合には食べることが許されていた。また、各地点の待機者が次の中継所まで同行したが、最後の中継所から崖までの2ミル区間は、歩行制限を超える為行われなかった。

 このように、アザゼルの雄山羊の儀式は、国家規模の贖罪を完遂する為に、個人の倫理的責任から物理的な移動行程の細部に至るまで、極めて厳格に規定されていた。

 以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。

◉Yom Kippur(ヨム・キップール:贖罪日)の法理と構造 11回目:アザゼルの雄山羊における按手・告白の法理と、安息日の道のりに基づく中継所設置の構造――ミシュナ「Yoma」6章2節~5節

https://note.com/mishnah/n/n7061faae42be

安息日の歩行制限の法理と中継所設置の合理性


 今回は前回の内容の補足から始める。「Yoma」6章5節に次のように書かれている。

 というのも、最後の同行者たちは絶壁まで一緒に行くことが出来ず、遠くからその行動を見届けるのみであるから。

(Yoma 6:5)

 最後の中継所で配置されている者が、アザゼルを引く祭司に同行出来ないのは、その距離が歩行制限にかかるからであるが、これはトーラに以下のように書かれているからでもある。

 雄山羊は彼らのすべての罪責を背負って無人の地に行く。雄山羊は荒れ野に追いやられる。

(レビ16:22)

 祭司は「無人の野」にまで雄山羊を連れて行き、突き落とさなくてはならない。だから中継所から長い距離の場所まで行ったとも言えるだろう。

 次節に進む。

アザゼルにおける処刑執行と「赤い羊毛」を分かつ法理的意義

 彼は何をするのだろうか?彼は赤い羊毛を分けて、半分を岩に結び付け、半分を雄山羊の角の間に結び付ける。そして雄山羊を崖の方に押すのである。雄山羊は転がり落ち、山の半ばに至るまでには各部は引き裂かれる。彼は最後の中継所にまで戻り、暗くなるまでそこで待つ。

(Yoma 6:6)

 以前、4章2節ではくじを引き、アザゼルに当たった雄山羊の頭に赤い紐を結び付けることを扱った。崖まで到着すると、祭司はそれを2つに分割する。

 一方は岩に結び、他方は2本の角に結ぶ。

 岩の方に付けられた糸が白く変色した時、イスラエルの罪が赦されたことが分かる。

 「雄山羊を崖の方に押すのである。雄山羊は転がり落ち、山の半ばに至るまでには各部は引き裂かれる」は文章そのままである。付け加えることはない。

 この祭司には安息日の距離制限が問われない。トーラで委ねられた役割なので、許容されるということになるのだろう。

 次である。

衣服の汚れの発生タイミングを巡るラビ的論争

 いつから彼の衣服は汚れるのだろうか?エルサレムの城壁を出るとすぐに。ラビ・シモンは言う。「彼が雄山羊を崖の下へ向けて落としてから。」 

(Yoma 6:6)

 アザゼルの雄山羊を引いて行った者は汚れる。トーラ本文に次のように書かれている。

 アザゼルのための雄山羊を引いて行った者は、衣服を洗い、身を洗って後、初めて宿営に戻ることができる。

(レビ16:26)

 この汚れはいつ受けるのか、ミシュナでは「エルサレムの城壁を出るとすぐに」とされている。

 まだ目的地へ向かって歩き始めたばかりだが、その時既に汚れることを言っている。

 ラビ・シモンはこの点で異論を述べている。彼は「彼が雄山羊を崖の下へ向けて落としてから」としている。

 次は場面が転換する。ここまでアザゼルの雄山羊について述べられてきたが、ミシュナは神殿の大祭司に戻る。

ヨム・キップールにおける特別な「贖罪の献げ物」:肉の焼却と白の祭服の奉仕規定

 大祭司は焼かれるべき雄牛と雄山羊の所に来る。彼はそれを裂き、献げ物として献げる部分を取り除く。彼はそれを皿の上に置き、外の祭壇で燃やす。大祭司は雄牛の体と雄山羊の体を互いに巻き付け、焼かれるべき場所へ運ぶ。

(Yoma 6:7)

 最初の一文「大祭司は焼かれるべき雄牛と雄山羊の所に来る」について、この雄牛と雄山羊は至聖所及び聖所で血を振りかけたものである。つまり分類上は贖罪の献げ物になる。

 繰り返し述べたようにヨム・キップールでは大祭司が基本的に1人で全て行う。血が振りかけられている間、贖罪の献げ物のいけにえに対する作業は止まっていた。

 さて、通常なら贖罪の献げ物の脂肪は祭壇で焼かれ、祭司たちは許容される部位の肉を食べることになる。しかしヨム・キップールの雄牛と雄山羊は特別で、肉は宿営の外で焼かなくてはならない。トーラには次のように書かれている。

 至聖所のための贖いの儀式を行うために、その血を携え入れられた贖罪の献げ物の雄牛と雄山羊は、宿営の外に運び出し、皮、肉、および胃の中身を焼却する。

(レビ16:27)

 まとめると、次のようになる。

(1)通常の贖罪の献げ物

 祭壇で燃やす部位と祭司が食べる部位。

(2)ヨム・キップールの雄牛と雄山羊(贖罪の献げ物)

 祭壇で燃やす部位と宿営の外で燃やす部位。

 ヨム・キップールにおいては、祭司は全く食べないことになる。

次である。

 「彼はそれを皿の上に置き、外の祭壇で燃やす」とあるが、ここは注意を要する。なぜなら、この時大祭司は白の祭服を着ているから。

 白の祭服は基本的に聖所で行う奉仕に用いるものであるから、この箇所の「外の祭壇で燃やす」とは、「外の祭壇で燃やす準備を整える」という意味に解されている。つまり、今回のここまでの流れは以下のようになる。

㉔大祭司はアザゼルの為の雄山羊に告白し、係の祭司に引き渡す。

㉕雄牛と雄山羊の部位について、脂肪は外の祭壇、肉は宿営の外へ運ぶように準備する。

 次である。ここまで来たら、大祭司は祭儀の進行を止めることを言っている。

祭儀再開の確証:布の合図とラビ・ユダによる時間計算、及びラビ・イシュマエルのしるし

 彼らは大祭司に言った。「雄山羊は荒野に着いた」。どのように彼らは雄山羊が荒野に着いたことを知るのだろうか?彼らは複数の見張りを立て、布を振る。こうして彼らは雄山羊が荒野に着いたことを知るのである。」

(Yoma 6:8)

 ここでは文字通り、アザゼルの雄山羊が荒野に到着するのを待っている。そのことが知らされるまで、大祭司は祭儀を進めない。

 アザゼルの雄山羊が目的地に着いたことは、布を振ることによって順番に伝えられ、最後には神殿にも伝わる。

 ラビ・ユダは言った。「彼らには頼れるしるしがあった。エルサレムから雄山羊の絶壁までは3ミル。彼らは1ミル歩き、1ミル戻る。もう1ミル歩くのに必要な時間滞在し、絶壁にまで到着したことを理解する。」

(Yoma 6:8)

 分かりにくい文章だが、以下噛み砕いてまとめる。

 ラビ・ユダによると、雄山羊が最初の休憩所まで到着したら、祭儀は再開してよい。

 本文で「エルサレムから雄山羊の絶壁までは3ミル」とあるが、これは次のような順序で考える。

(1)エルサレムから最初の休憩所まで1ミルの距離、そこからエルサレムに帰るまでは同じ1ミルの距離。

 最初の休憩所までは、エルサレムの高官たちが随行する。彼らが帰って来たなら、その時雄山羊は次の休憩所まで着いたと推定される。次の休憩所までも、1ミルの距離だから。

(2)しかし確実に雄山羊が次の休憩所まで着いたことを期する為に、もう1ミル歩くだけの時間を待つ。

 これが本文の意味である。従って「エルサレムから雄山羊の絶壁までは3ミル」とは、噛み砕くと「エルサレムから最初の休憩所まで1ミル、そこから神殿に帰るまで1ミル、もう1ミルある時間を考えて、合計3ミル」ということになる。

 ラビ・ユダはこれだけの時間が経過したら、祭儀を再開してよいと言っている。彼の見解では、雄山羊は突き落とされる場所まで待つ必要はない。

 次はラビ・イシュマエルの見解である。

 ラビ・イシュマエルは言う。「彼らはそれ以外にしるしを持たなかったのだろうか?羊毛は神殿の入口に結び付けられていて、雄山羊が崖にまで到着した時、羊毛は白くなる。」

(Yoma 6:8)

 ラビ・イシュマエルは上記ラビ・ユダの時間では十分でないとし、雄山羊が突き落とされる場所まで到達しなくてはならないとする。

 しかしどのようにその時を正確に知ることが出来るのだろうか?

 これについて、アザゼルの雄山羊に結び付けられた赤い糸は、神殿の入口にも付けられているとする。それが白い色に変わったら、到着したと判断される。

 この見解は半分は支持され、半分は退けられている。なぜなら、色が白く変わるのは、神殿の時代の最初の頃にしか見られなかった現象とされているのである。

 イザヤは「たとえ、お前たちの罪が緋のようでも、雪のように白くなることができる。たとえ、紅のようであっても、羊の毛のようになることができる」(イザ1:18)と言った。

 人々は神殿入口で待つ間、変色しなくなった赤い糸を見て、自分たちの罪は赦されていないと悲んだものである。

 ともあれ、こうなると糸の色で判断することは出来ない。そこで他のしるしを必要としたのである。

 今回の内容は以上である。

(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)

 シリーズ目次は以下からご覧になれます。

◉【シリーズ目次】ミシュナ『Yoma』法理研究

https://note.com/mishnah/n/n7222129b891f


 本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)

https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334


 全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス

https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c


(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

 ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef

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