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Yom Kippur(ヨム・キップール:贖罪日)の法理と構造 10回目:不測の事態における奉仕順序の有効性と共同体献げ物の法的地位――ミシュナ「Yoma」5章7節~6章1節 逐条解説

*本稿は「ヨム・キップール(Yom Kippur:贖罪日)」の祭儀構造を、旧約聖書(トーラ)レビ記16章と、その実効的解釈を規定する口伝律法ミシュナ「Yoma(ヨマ)」篇の原典に基づき解明するシリーズである。

 ヨム・キップール(贖罪日)における大祭司の奉仕が、順序の誤りや個体の死亡といった不測の事態に直面した際、律法上どのように処理されるか、RashiやRambamの見解を交え、共同体の献げ物の特別な扱いと聖別物の経済的還流の法理を詳説する。


前回の振り返り


 前回は以下の内容を確認した。

【1】雄牛と雄山羊の血の混合

 至聖所と聖所の垂れ幕への奉仕を終えた後、大祭司は雄牛の血と雄山羊の血を一つの器に混ぜ合わせる。この際、血が完全に混ざり合うよう、満杯になった器の中身を別の空の器へ移し替える作業が行われる。

【2】金の祭壇への血の塗布法理

 混ぜ合わされた血は、聖所内にある「金の祭壇」の4つの角に塗られる。

 金の祭壇では、①北東、②北西、③南西、④南東の順に、反時計回りで塗布する。

 他方、外の祭壇で行われる通常の贖罪の献げ物では、金の祭壇の終了地点(南東)から反時計回りで塗布する。

 金の祭壇は小さい為、大祭司は移動せずに一箇所に留まったまま塗布を行う。ラビ・エリエゼルによれば、基本的には角の「底から先(下から上)」へ塗るが、最初の北東の角だけは「先から底(上から下)」へ塗る。

【3】七度の振り出しと事前準備

 4つの角への塗布を終えると、大祭司は祭壇の表面に向けて7回血を振りまく。

 血を振りまく前に、その日の朝の奉仕(tamid:タミッド)で燃やした香の炭や灰を、祭壇の端に寄せて場所を空ける作業が行われる。

【4】残血の排出と経済的循環

 一連の奉仕を終えて残った血は、神殿の外にある「外の祭壇」の西側の基(土台)に流される。

 流された血は神殿の床下を通る水路を通って、キドロンの谷まで流れ出る。

 キドロンの谷に流れた血は、水と混ざり合って肥料となり、神殿の役人によって庭師や農夫に売却される。この売上金は神殿の宝物庫に入れられる。

 以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。

◉Yom Kippur(ヨム・キップール:贖罪日)の法理と構造 9回目:「金の祭壇」における血の混合・塗布法理と、キドロンの谷に至る排水システムの構造――ミシュナ「Yoma」5章4節~6節の逐条解説

https://note.com/mishnah/n/n4e3c40da0116

奉仕順序の厳格性と無効規定(yoma 5章7節)


 今回は一端祭儀の流れから離れ、ヨム・キップールにおいて、不測の事態にどのように対応するのかを扱う。

 ヨム・キップールの奉仕はここで述べられている順序通りに行うものであり、もしそれに従わないならその部分は無効になる。例えば、雄山羊の血を雄牛の血よりも先に振りまくなら、雄牛の血を振りまいてから再び雄山羊の血をまかなくてはならない。

(Yoma 5:7)

 この箇所は前回掲示したチャートの一部を見ながら解説する。

⑯雄牛を屠る。炭を取り・・至聖所で香を焚く(至聖所に入る1回目)。

⑰至聖所で雄牛の血を振りまく(至聖所に入る2回目)。

⑱雄山羊を屠る。

⑲雄山羊の血を至聖所で振りまく(至聖所に入る3回目)。

⑳雄牛の血を聖所で振りまく。

㉑雄山羊の血を聖所で振りまく。

㉒雄牛の血と雄山羊の血を混ぜる。

㉓混ぜた血を聖所の祭壇に振りかける。

 例えば17番で、大祭司は至聖所で雄牛の血を振りまく。19番で雄山羊の血を振りまくことになる。

 その後聖所において、幕に向かって血を振りまく。

 20番で雄牛の血を振りまき、21番で雄山羊の血を振りまく。

 これに関して、もしも雄山羊の血を先に振りまいてしまったらどうなるのだろうか。

 ミシュナ本文では「雄牛の血を振りまいてから再び雄山羊の血をまかなくてはならない」とされている。

 間違えた箇所は正しい順序でやり直すという事である。ただし専門家の間で微妙に見解が異なる。

①Rashiの見解

 至聖所の場合だけやり直す。

②Rambam

 聖所の場合もやり直す。

 次である。

血の奉仕における不測の事態と原状回復の法理

 内部において、もし血の奉仕を終える前にこぼしてしまったなら、他の血を持って来て、奉仕を最初からやり直すことになる(後略)

(Yoma 5:7)

 最初の一文について、「内部」とは至聖所を指す。

 もし雄牛の血をこぼしてしまったらどうなるのか。なぜなら16番には次のようにあった。

⑯雄牛を屠る。炭を取り・・至聖所で香を焚く(至聖所に入る1回目)。

⑰至聖所で雄牛の血を振りまく(至聖所に入る2回目)。

 雄牛を屠った後、間に香を焚くという過程を経てから、その血を振りまくのである。

 結論としては、もしも雄牛の血をこぼしてしまったなら、再び雄牛を屠り、至聖所で香を焚き、それから血を振りまかなくてはならない。

 順番通りに終わるように、間の奉仕も行わなくてはならないという事である。

 次に進む。

二匹の雄山羊の選択基準と聖別条件(Yoma 6章1節)

 ヨム・キップールの2匹の雄山羊について、色、身長、価格において類似しているのが望ましい。購入も同時にするのがよい。しかしもし似ていなかったとしても、あるいは1匹を今日購入し、もう1匹を明日購入したとしても、有効である。

(Yoma 6:1)

 ヨム・キップールでは2匹の雄山羊を用いる。

①「主の為」:至聖所及び聖所において、その血が振りかけられる雄山羊。

②「アザゼルの為」

 ミシュナ本文には、特に難解な箇所はない。その通りのものである。あらゆる意味で似ているものを同日に買うのが望ましい。

 しかしこれらは必要不可欠な条件ではない。次に進む。

くじ引き後の個体死亡に伴う補充規定と法的帰結

 もしそれらの内の1匹が死んでしまったら、くじを引く前に死んでしまったら、1匹新たに購入しなくてはならない。しかしくじを引いた後に死んでしまったら、新たに1組購入し、またくじを引かなくてはならない。

(Yoma 6:1)

 くじを引く前に1匹死ぬか、くじを引いた後に1匹死ぬかで、その後の対応が変わる。

 くじを引く前なら、まだ聖別されていないので、新たに1匹の雄山羊で補充し、それからくじを引けばよい。

 くじを引いてしまった後であるなら、残った雄山羊は「主の為」であれ、「アザゼルの為」であれ、聖別されたままである。それを取り去ることは出来ない。

 従って2匹(1組)買い直さなくてはならなくなる。これらをまとめると、次のようになる。

①くじを引く前に1匹死ぬ

 新たに1匹購入する。

②くじを引いた後に1匹死ぬ

 新たに2匹購入する。

 次はくじを引いた後に1匹死に、残った1匹はどうするのかという問題である。

聖別された余剰個体の世俗還流と経済的循環

 もし主の為の雄山羊が死んでしまったら、彼は次のように言う、「主の為のくじにあたったものが、その代わりを得るように。」

(Yoma 6:1)

 これは複雑な話であるが、以下のような事例になる。

①2匹の雄山羊を準備し、くじを引いた。1匹は主の為、1匹はアザゼルの為。

②この内、主の為の方が死んだ。くじを引いた後なので、1組購入しなくてはならない。

③購入した1組について、くじを引いた。1匹は主の為、1匹はアザゼルの為。すると、結果はこうなる。

主の為:1匹

アザゼルの為:2匹

 つまり、アザゼルの為の雄山羊は1匹余分になる。余分な1匹(後からダブった1匹)はどうするのだろうか?次のように書かれている。

 もう一方の雄山羊は傷が生じるまで草を食むことになる。傷が出来たらそれは売られ、売上は寄付される。なぜなら共同体の贖罪の献げ物は餓死させられることはない。

(Yoma 6:1)

 聖別されたものは、傷を負ったら祭壇で用いることが出来ない。また世俗の用途に使うことは出来ない。しかし売ることが出来る。

 「傷が出来たらそれは売られ、売上は寄付される」とある通りである。

 「寄付される」とあるのは、少し説明を要する。

 祭壇で献げられるものがない時、焼き尽くす献げ物が献げられる。祭壇上が「暇になる」ことは良くないことと見なされているからである。

 この為の焼き尽くす献げ物は、共同体の資金から拠出される。傷を負ったいけにえが売られた場合、その代価はこの焼き尽くす献げ物の家畜を準備する費用として「寄付される」。

 これは一見マイナーな知識見えるが、実際は基本的なものである。

 次である。

共同体と個人の贖罪献げ物における生存権の差異

 なぜなら共同体の贖罪の献げ物は餓死させられることはない。

(Yoma 6:1)

 贖罪の献げ物は過失の為に、個人が献げなくてはならないことも、トーラの規定に従って、イスラエルの共同体が献げなくてはならないこともある。

 個人が献げる贖罪の献げ物が傷を負って祭壇で使うことが出来なくなった場合、食べものが与えられない。そのいけにえは餓死させられる。

 共同体の献げ物としての贖罪の献げ物を祭壇で使うことが出来なくなった場合、そのいけにえは傷を負うまで普通に生きることになる。

 ミシュナ本文に「もう一方の雄山羊は傷が生じるまで草を食む」とはこのことを言っている。

 ヨム・キップールの贖罪の献げ物として、2匹の雄山羊は勿論共同体の献げ物である。従って、余分になった雄山羊は傷を負うまで養われる。

 ただし、最初に選ばれた1組の生き残ったものと、新しく選ばれた1匹ではなく、新しく選ばれた2匹を使い、古い1匹が使われないという見解もある。

 今回の内容は以上である。

(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)

 シリーズ目次は以下からご覧になれます。

◉【シリーズ目次】ミシュナ『Yoma』法理研究

https://note.com/mishnah/n/n7222129b891f


 本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)

https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334


 全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス

https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c


(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

 ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef

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