「レビ族の町」の法理的考察:民数記35章の解釈矛盾とミシュナにおける都市計画規定
*本稿では、民数記35章およびヨシュア記21章に記された「レビ族の町」の法的・空間的構造を、口伝律法(ミシュナ)の諸解釈に基づき厳密に考証する。
特に、民数記本文に見られる放牧地範囲(1,000アンマと2,000アンマ)の数値的矛盾を巡るラビ・アキバおよびラビ・ヨセ・ハグリリの見解、「放牧地」と訳されている「migrash(ミグラシュ:空き地)」の法理概念を、ミシュナ『Sotah(ソーター)』および『Arachin(アラヒン)』の原典引用を通じて再構築する。
聖書におけるレビ族の法的定義と嗣業の原則
レビ族の町が持つ地方法廷としての機能と、律法によって固定された都市景観の不変性についても詳述する。
本稿ではこれまで、逃れの町について扱ってきた。
逃れの町は6つであり、レビ人に与えられる町はこれを含む48箇所存在する。
まずはトーラを引用する。
1レビ人である祭司、レビ族のすべての者には、イスラエル人と同じ嗣業の割り当てがない。彼らは、燃やして主にささげる献げ物を自分の嗣業の分として食べることができる。 2同胞の中で彼には嗣業の土地がない。主の言われたとおり、主が彼の嗣業である。
基本的な内容の復習だが、レビ族については次を理解していなくてはならない。
【レビ族について】
①アロンの子孫
祭司になる。
②それ以外のレビ族出身の者
「レビ人」と訳される。祭司にはならないが、幕屋で奉仕する。
彼らはどちらも嗣業の地を持たない。つまりレビ族は全体として土地を所有しないことになる。
町の景観についても、トーラで指示されている。
民数記35章における「1,000アンマ」と「2,000アンマ」の矛盾
1エリコに近いヨルダン川の対岸にあるモアブの平野で、主はモーセに仰せになった。
2イスラエルの人々に命じなさい。
嗣業として所有する土地の一部をレビ人に与えて、彼らが住む町とし、その町の周辺の放牧地もレビ人に与えなさい。 3町は彼らの住む所、放牧地は彼らの家畜とその群れ、その他すべての動物のためである。 4レビ人に与える町の放牧地は、町の城壁から外側に向かって周囲千アンマとする。 5あなたたちは、町の外から東側に二千アンマ、南側に二千アンマ、西側に二千アンマ、北側に二千アンマ測り、町をその中央に置かねばならない。これが彼らの町の放牧地となるであろう。
ここでは町の外に「放牧地」があることは確かだが、町の外の1,000アンマと、町の外の2,000アンマの関係があいまいである。
これについて、口伝律法ミシュナ「Sotah」5章3節には次のように書かれている。
その日、ラビ・アキバは説明した。「あなたたちは、町の外から東側に二千アンマ・・」(民35:5)しかし他の節では次のように書かれている、「レビ人に与える町の放牧地は、町の城壁から外側に向かって周囲千アンマとする。」(民35:4)それを1,000キュビットと言うのは不可能である、既に2,000キュビットと言っているのだから。また2,000キュビットと言うのは不可能である、1,000キュビットと言っているのだから。どのようにこれを解決するのだろうか?
ここは今挙げた疑問を確認している。1,000アンマと2,000アンマの関係は何なのだろうか?
アンマとキュビットという2つの異なる単位が使われているが、どちらも同じ長さを表している。1アンマ = 1キュビットである。
彼らはどのようにこのあいまいさを理解しているのだろうか?
ラビ・アキバとラビ・ヨセ・ハグリリによる放牧地(migrash)の法理解決
(ラビ・アキバの言葉が続く)1,000キュビットは美観の為の領域であり、2,000キュビットは安息日の境界である。」ラビ・ヨセ・ハグリリは言う、「1,000キュビットは美観の為で、次の1,000キュビットは畑とぶどう畑の為である。」
この点について、ラビ・アキバとラビ・ヨセ・ハグリリという2人のラビが見解を述べている。
ラビ・アキバはトーラ本文の「放牧地」を景観の為に何も建てない、何も植えないスペースとして理解している。
彼によると町のすぐ外の1,000アンマは、美観の為の空き地スペースを表している。また、2,000アンマはその1,000アンマを含むスペースであり、安息日に居住地(町)から歩いてよい距離を表している。
ラビ・アキバはtechumの2,000キュビット(アンマ)は、聖書の中に根拠を持っていることになる。
techum(テフーム)については以前詳しく述べた。不安を感じる方は下のリンクから確認して欲しい。
◉安息日の移動制限「techum(テフーム)」の法理体系(上):出エジプト記16章及びミシュナ「Eruvin(エルーヴィン)に基づく律法規定の詳解
https://note.com/mishnah/n/n507daf8d6dbe
これに対してラビ・ヨセ・ハグリリは「1,000キュビット(アンマ)は美観の為で、次の1,000キュビットは畑とぶどう畑」としている。
「放牧地」と訳されている原語は「migrash(ミグラシュ)」であるが、この他Rashiも「空き地」の概念で説明しており、今後「放牧地」という訳語は検証の余地があると思われる。
トーラの続きを引用する。
レビ族各氏族(ケハト・ゲルション・メラリ)への町分配の実態
6あなたたちは、人を殺した者が逃れるための逃れの町を六つレビ人に与え、それに加えて四十二の町を与えなさい。 7レビ人に与える町は、合計四十八の町とその放牧地である。
ここは「レビ人」と訳されているが、祭司を除外しているのではない。意味としては「レビ族に与える」という事である。
上述の景観の町について、6つを逃れの町として、それ以外に42の町もレビ族に与えるようにという命令である。
続きには次のように書かれている。
8イスラエルの人々の所有地の中からあなたたちが取る町については、大きい部族からは多く取り、小さい部族からは少なく取り、それぞれ、その受ける嗣業の土地の大きさに応じて、その町の一部をレビ人に与えなければならない。
分配する町の数は各部族で平等に負担するのではなく、嗣業の地の広さに従って、レビ族に与えなくてはならない。
実際の町の分配の状況については、ヨシュア記21章に書かれている。
1-2レビ人の家長たちは、カナンの土地のシロにいる祭司エルアザル、ヌンの子ヨシュアと、イスラエルの人々の部族の家長たちのもとに来て、「主は、わたしたちに住む町と家畜の放牧地を与えるよう、モーセを通してお命じになりました」と申し出た。 3イスラエルの人々は、主の命令に従って、自分たちの嗣業の土地の中から次の町々とその放牧地をレビ人に与えた。
4まず、くじで割り当てを受けたのは、ケハトの諸氏族である。祭司アロンの子孫であるレビ人は、ユダ族、シメオン族、ベニヤミン族から十三の町をくじで得た。 5その他のケハトの人々は、エフライム族、ダン族、マナセの半部族の諸氏族から十の町をくじで得た。
6ゲルションの人々は、イサカル族、アシェル族、ナフタリ族、バシャン地方に住むマナセの半部族の諸氏族から十三の町をくじで得た。
7メラリの人々は、氏族ごとに、ルベン族、ガド族、ゼブルン族の十二の町をくじで得た。
まず、本文に入る前に、レビ族の構成を確認する。レビ族の構成は以下のようになっている。
長男:ゲルション
次男:ケハト
三男:メラリ
彼らの子孫は翻訳の中ではしばしば「ゲルションの氏族」、「ケハトの氏族」、「メラリの氏族」というような仕方で呼ばれる。
トーラの中の系図において、3兄弟は一貫してこの順序で出てくるが、モーセとアロン(祭司)はケハトの出身である。
最重要人物はケハトから出ているのである。
幕屋の機材の運搬においても、聖所及び至聖所で使う祭器具はケハトの氏族が管理しており、臨在の幕屋において最も重要な役割を担っていた家系と思われる。
ヨシュア記21章でも、最初にくじを引いているのはケハトの一族である。
以下、それぞれの氏族がどの部族から、合計幾つの町を与えられたのかをまとめる。
①祭司(アロンの子孫:ケハトの氏族)
ユダ族、シメオン族、ベニヤミン族から合計13の町。
②ケハトの氏族
エフライム族、ダン族、マナセ族の半部族(ヨルダン川西岸)から合計10の町。
③ゲルションの氏族
マナセの半部族(ヨルダン川東岸)、イッサカル族、アシェル族、ナフタリ族から合計13の町。
④メラリの氏族
ゼブルン族、ルベン族、ガド族から合計12の町。
彼らは普段はこれらの町に滞在し、1年に2週間程度エルサレムの神殿で奉仕した。その次第は下のシリーズ記事に詳しくまとめてある。
不確かな方はリンクから確認して欲しい。
◉聖なる同期システム:祭司・レビ人・民が織りなす神殿奉仕の全貌【全7記事・完結】
https://note.com/mishnah/n/nca2eb55cd191
このシリーズ記事の中でも書いたが、祭司、レビ人は律法に通じている立場として、地方の法廷の判事も務めたと思われる。トーラにもその痕跡が窺える。
8あなたの町で、流血、もめ事、傷害などの訴えを裁くのが極めて難しいならば、直ちにあなたの神、主が選ばれる場所に上り、 9レビ人である祭司およびその時、任に就いている裁判人のもとに行って尋ねなさい。彼らが判決を告げるであろう。 10あなたは、彼らが主の選ばれる場所から告げる判決に従い、彼らの指示するとおりに忠実に実行しなければならない。
この箇所の法廷はエルサレムの法廷であるが、判事について祭司を言及している。
王国時代については、次のような箇所もある。
ヨシャファトは、エルサレムにおいても、主の裁きと紛争の解決のために、数名のレビ人、祭司、イスラエルの氏族の長を任命した。
地方法廷の拠点としての機能とミシュナ『Arachin』にみる景観固定規定
最後に町の景観の是非について触れる。口伝律法ミシュナ第5部「Kodashim」の「Arachin(アラヒン篇)」9章8節には次のように書かれている。
私たちは畑をmigrash(ミグラシュ) にしてはならないし、migrashを畑に、migrashを町にしてもならない 。ラビ・エリエゼルは言った、「何に関して、これは適用されるのだろうか?レビ人の町に。しかしイスラエルの民に属する町について、畑をmigrashにしてよい。しかしmigrashを畑にしてはならない。migrashを町にしてよい。しかし町をmigrashにしてはならない。」
migrashとは上記の「空き地」である。ラビ・ヨセ・ハグリリのhalachahとされる見解は、町の外1,000アンマはmigrashで、その外はぶどう畑であった。
本節ではレビ族の町について、以下の行為が禁止されている。
①畑をmigrashにしてはならない。
②migrashを畑にしてはならない。
③町をmigrashにしてはならない。
要するに、レビ族の町の基本的な景観は変更してはならない。
レビ族以外のイスラエルの民は、この点で若干異なる。
①畑をmigrashにしてよい。
町の美観の為に許容される。
②migrashを畑にしてはならない。
町の景観を損なうとされる。しかしこの箇所は「migrashを畑にしてよい」が正しい意味であるという見方が多い。
③migrashを町にしてよい。
町を拡大してよい。
④町をmigrashにしてはならない。
migrashを作る為に町を壊してはならない。
以上でレビ族の町についての解説を終えた。
同時に逃れの町をも含むレビ族の町について、全ての解説を終えた。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】「逃れの町」とレビ族の町の法理:ミシュナが解き明かす律法の執行と都市空間の全貌
https://note.com/mishnah/n/nf1b99ffb956e
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
