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山田尚子監督作品「きみの色」に感化され SONY FX30で「Mitaka Sound - ACID ACID」MVを製作してみた備忘録

経緯 - 映画「きみの色」の天啓

前回のnoteの最後に何か企画してみたいと書いておりましたが、やってみた続きです。

山田尚子監督作品 映画『きみの色』 を視聴した後、衝動的にシネマカメラFX30を購入しました。そして、撮影する場所は敬愛する 『京都アニメーション』 の方法論を参考に、遠くの聖地に無理をして足を運ぶのではなく(長崎は行きましたが!)、身近な場所にも目を向けてみようと考えました。そしてインバウンドの聖地でもある 『浅草』 へ足を運びました。

浅草寺 参拝

深夜徘徊を繰り返す中で、街の持つ表の華やかさだけではなく、裏側にある『アシッド性』、すなわち人間の依存性や衝動性、キマりたい欲求に惹かれました。

自分も山田尚子監督作品に依存している・・・

この街の持つ独特の雰囲気を作品として形にできないかと模索していたところ、ふとトツ子が教会で『ニーバーの祈り』を捧げていたことを思い出しました。教会ではなく代わりに浅草寺でお参りしていると、『しろねこ堂』の暖かなライブシーンや背景に描かれた『Love your neighbor』という言葉が脳裏に浮かびました。

すると・・・古くからの友人である『Mitaka Sound』と共に『Maltine Records』でリリースした『ACID ACID EP』と、浅草の持つ『アシッド』な魅力の関連性がイメージとして脳に降りてきました。

ACID ACID

「このアシッドな音楽と浅草、両者のアシッド性を一つの映像作品として残すべきだ」と、まるで天啓のように感じ、自宅にあった 『Adobe Premiere よくばり入門』 のページを開きました。その後、Mitaka Soundさんにも快諾頂き初めてのMV制作を行いました。

ロゴをつくってくれたのも 古くから付き合いのある NC帝國

今回制作したMVをご覧いただければ幸いです。『Mitaka Sound - ACID ACID』

Mitaka Soundさんのご好意で "mirrorboy presents"とタイトルに付記して頂いております。虹色の衝動への導きでトツ子のような心境へと誘ってくれた 映画『きみの色』や、『一歩前へ』というメッセージが込められた『たまこラブストーリー』への(自分なりの)アンサーでもあります・・・。

山田尚子監督作品との様々な条件の違い

Mitaka Soundさんの楽曲や Acid Techno / Acid House の文脈に寄り添って、怪しさや軽くキマってる感じを表現して、筋を通せたと考えています。

ただ、山田尚子監督作品のファンがつくったとは思えない映像だっとは思います(笑)いわゆる山田演出的な事をやっていません。というかできなかったという方が正しいかもしれませんが、それには理由があり、それがなぜなのか?実際に撮影〜編集を通してアニメとミュージックビデオ制作、映画と動画の違いについて理解した事をnoteに残しておこうと思って筆を取っております。ここからが本編です。

メディアの違い

テスト編集した動画を一旦YouTubeに仮置きしてみた時に思ったのですが、ミュージックビデオ(MV)ってスマホで見る確率が高そうだなと思いました。それはX(旧Twitter)上にアップしてもそうだし、大半の人はスマホ〜ノートPCなどの比較的小さなデバイスで気楽に見るのではないでしょうか?

かたや山田尚子監督の「きみの色」は劇場で頭からお尻まで、しっかり観られる作品ですよね。途中で席を立つ人も少ないでしょう。更にBlu-ray発売さたり配信されたとしても、「映画を観るぞ!」という気分で、リビングなどに設置した大きめなTVやモニターでじっくりと観る方が多いのでは無いかと思いました。

映画とミュージックビデオでは視聴環境が大きく異なることを意識しなくては!と途中から考えたのです。

いわゆる日の丸構図・中央揃え

例えば小さい画面で観ているとして、浅草の広大な風景の中にカッパの銅像がポツンとおいてあっても、それをカッパだと認識するのが難しくなると思います。背景 + 被写体という2重の意味合いを認識する必要があります。となるとカッパが持つ奇妙さや怪しさがパっと伝わる確率が下がりそうですよね。

そんな事を考えるとMVでは比較的中央寄せ・アップ(望遠レンズ)の構図多めにする必要があるのかなと思いました。しかもアニメとは違って、被写体と背景をそれぞれ適切な意味を持たせるデザインする事は不可能なので、余計に被写体に絞って見せる必要があるのかなと思いました。

MVはメディアデザインの問題としてのレイアウトや被写体のサイズ感というのにある種の制限があるのではという仮説です。

音楽 vs. 絵コンテ

映像作品をつくる上で山田監督が行う重要な仕事として絵コンテがあります。演出さんやアニメーターさんに仕事をしてもらうための設計図を書くという事ですね。

実は私のMVでは今回この作業をしていません。というのもどんな映像になるかを頭の中に描いた所で、実際の浅草で撮影できるとは限らないし、浅草の事を全て知っている訳ではないから事前に想定する事は不可能なんですね。

※ちなみにUXデザインのアプリケーションにおける画面設計・遷移だったり、インタラクティブ展示の演出の絵コンテなども書いていたので全く書けないという訳ではないのですが。

何をどうやって映像制作をしたかというと、終電で浅草に向かい、始発まで歩き続けて「アシッド性」を感じるものを撮影し続けました。それを3日ほどやって撮り溜めた素材(数時間分)を音楽に合わせ込んで編集していく作り方になります。

数々の素材・フォルダ分け

Mitaka Sound - ACID ACIDの音楽が絵コンテ代わりの補助線となり、浅草で発見したアシッド映像を更に細かくカテゴリーでまとめたり、物語性を引き出しながら無限に配置検討していくといった形になりました。4分の映像をつくるのにいつ終わるんだろうと最初は途方に暮れていましたが、一ヶ月くらい毎日数時間取り組んでいたら気がついたら終わりました。完成したのが偶然、3月3日!これはACID ACIDの下敷きになっている音楽ジャンル Acid Houseを語る上で外す事は出来ないRoland TB-303という楽器の記念日 #303day だったのは幸いです。

編集画面の様子

アニメーションでこの作り方をしてたら製作費が無限に掛かると思います。事前に設計図をつくる絵コンテの必要性も理解できたし、実写のドラマやCMで演技をしてもらって撮るといった場合も必要になってくるでしょう。

無限の素材から編集をしながら何か手がかりを見つけていく、砂場から砂金を洗い出していく手法は1人でやっていたから出来た手法なのだと思いました。たぶんアニメーションの場合は絵コンテの段階でこのような試行錯誤の作業をしているのでしょう。山田監督の仕事の重要性を更に理解できた気がします。

DJ経験が映像作品の作成に役立つ?

このようなブッツケ的な手法で何とかミュージックビデオとして成立させられた(?)のは、他にも理由があると考えています。実は私、人生を通してDJ MIXを過去に20~30本以上はつくってきた経験があります。リアルタイム録音ではなくDAW(Ableton Live)という音楽編集ソフト上で様々な音源を配置・編集するという感じでつくる事が多かったです。時間軸の進行に対して、抽象的な音楽を配置して起承転結のような物語性を付与する訓練をしてきた経験は動画編集に役立ったように思います。山田尚子監督に「きみの色」舞台挨拶で質問させて頂いたときに、大学時代にDJをされていたと仰っていましたが、少し共通点になりますかね・・・。

被写体

深夜徘徊で撮影したので、人が居ないんですよね。適当に入り込んじゃう人すらほとんど居ません。という事で山田尚子監督作品の評判でよく言われる人間の細かい仕草や動きの演出を再現してみようという事にはなりませんでした・・・。いつかトライしてみたいですね。

深夜に救急車はよく見ました

人間性

自分の問題なのですが、映像意外の製品や作品的な物を作ってきた経験自体はあるのですが「露悪的」と言われた事が片手で数えられる程度あるんですよね。今回の映像はそれがバッチリでているなぁと我ながら思いまして(笑)

もちろん楽曲やAcid Houseの文化と浅草の妖しい魅力に寄り添って、真剣に考えてつくった結果なので受け入れるしかないのですが、人や人間社会の見方が、平均値よりは偏っているんだろうと思うのです。例えば深夜徘徊で映像を撮ってみようという行為もある種の社会性の無さが垣間見れたり、そもそも真っ当な人間はアシッドハウスやシカゴハウスといった所に行きつかないですよね・・・。

それが生まれ持った物なのか後天的なのか?自己分析していけば、出自や家庭環境とかそういった側面に触れる必要が出てくる気がしますが、これはまたいつか整理してnoteに書く必要が出てくる気がしています。

一方で山田尚子監督が「きみの色」で見せた優しさや、「本質や本音」を覆い隠してしまう「京都性」みたいな所は自分には無い所だなぁと改めて思いました。「きみの色」の扱っている題材や内容、込められた意味などは私の嗜好と一致するのですが、そもそも山田監督とは性質や性格が大幅に違うんだろうなと思います。まぁ違うからこそ気になっているのかもしれないです。

直球を投げまくっている感じの映像になりました。

視聴者の期待値

私は特に映像作家として活動してきた訳でもないので当然誰も知らないと思います。なので映像に対する期待値は0の状態で視聴されると思います。唯一の例外があるとすれば音楽のMitaka Soundさんは多少期待して観てくれたのかもしれませんが。

その観点で山田尚子監督が映像演出でやっているような"点"を置いていって、"線"はお客さんの方で繋げて発見してもらうようなユーザーに能動的な発想で楽しんでもらう演出や、レイアウトや仕草で暗黙に物語るといった抽象度の高い演出は、今回のMVでやる必要性は薄いのだろうとも感じました。観客との信頼関係がある上で成り立っている手法なのでしょう。

従って今回は、極力1カット内で意味の分かりやすい映像を厳選し、字幕で意味合いまで過剰に補足する。ちょっと観た人に1mmでも浅草のアシッド性が観ていただいた方に伝わればと想いが強かったです。

字幕に関しては山田尚子監督作品を自宅でかけっぱなしにする時に字幕を出しながら見ているのでその影響も強くあります。(余談ですが「きみの色」の音声ガイドや字幕は物語をほどよく補足してくれて素晴らしかったとですね。)

雷門の映像に浅草っていれるのは、やり過ぎだったかもしれない

一応上記のような趣向を凝らして、最終的に妻に見せたら一言「怪しすぎる・・・」と言ってくれたので映像で意図した事は多少は伝わったのかなと思います。

想い

MVを制作していくなかで、考えた事や気がついた事を山田尚子監督と私の立場や状況、手段の違いから論じてみました。あらゆる事が全然違うよねという事を強調した文章ではありましたが、別に山田尚子監督作品から影響を受けていないという事が言いたい訳じゃないんです!

山田尚子監督のラジオでの言葉

出典も忘れてしまったのですが、何かのラジオインタビューで「いまは映像もつくりやすくなっているから、やってみては?」みたいな事を仰っていたとぼんやり覚えています。毎度作品のメッセージを間に受けて行動していますが、今回は映像つくってみましたよ〜という感じです。めちゃくちゃ精神的な部分で影響を受けていると言えます。

なんとか捻り出した、山田尚子監督作品に対応したカット

Acid House Smiley

映画「きみの色」のライブシーンで友人たちが来ていた「3A Tシャツ」山田監督を意識したというより、むしろこちら側の方が元ネタに近い気がしなくもないです。

カッパを足から撮影してみました

カッパの銅像・仏像を撮影する際の構図は、山田尚子監督作品で見てきた色々なシーンを思い出しながら撮影しました。足から・・・でもやっぱり前述の理由で中央寄せ・日の丸構図がベストだろうという所で中央に配置しています。セリフや人、進行方向など物語性や意味がないとカットの端に被写体を寄せた映像を使うのは少し難しいなという印象を持ちました。

浅草寺の虹色のカーテン

これは単純にきみの色「虹色のカーテン」「水金地火木土天アーメン」に対応するカットを意識しつつ、MV的にもキマった雰囲気の後に見た景色という事で「きみの色」的だという事で入れてみました。

機材コーナー

SONY FX30 + SIRUI Nightwalker シリーズ

なぜスロー撮影を中心にしたかと補足します。怪しさの演出的な意味も大きくありますが、手ブレ問題の解決でもあったからです。まず深夜徘徊だったので三脚やジンバルを使うのは相当怪しくなりそうだし、歩き回る身軽さが減るので採用できませんでした。となると「手持ち撮影」となりますが、SIRUIのレンズはMFで電子接点がないため、FX30本体のActive手ブレ補正やSony Catalyst Browseの強力な手ブレ補正のサポートを受ける事ができません。今回は浅草の街からアシッド性という意味を切り取る撮影をするという観点で50mm~80mm標準〜中望遠のレンズを使っていましたが、焦点距離が長くなると余計に手ブレが酷くなるんですよね。

そこで手ブレをカバーするためのスロー撮影。具体的にはFX30で画角クロップが無い2.5倍スローを一番多く使っているのですが、これにより手ブレの周波数も0.4倍になるため、あまり気にならなくなるという訳です。スローにしても明るく撮りやすいSIRUI Nightwalker 助かりました。

編集環境

Adobe Premiere を使いました。映像のカット編集は問題ないのですが、正直エフェクトが非力すぎて、やりたいことの1/10もできなかった。とはいえ今回はPremiereの操作をしっかり覚えて、シンプルなカットの繋ぎで作品感が出るのか?そもそも完成させようという課題を設定していたので、その点はクリアーしたと思います。

次回はAdobe SDKを利用したplugin開発も視野に入れたり、Adobe After Effectも勉強したり、GLSL / シェーダーとの統合を果たして、いい感じのエフェクトや音に反応するオブジェクトなどもいれてみたいなと思っています。元々はGPUシェーダーを使ったVJなども取り組んでいたので、この辺の技術と統合したら、もっと完成度はあげられるような予感はしています。

まとめ

という訳で映画「きみの色」への返歌でした。次回は人の被写体が居る作品を撮ってみたいなという新たな夢を持って次の一歩に進んでみたいと思います。


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