【深掘り】なぜ、今日という物語を閉じるのが惜しいのか
先日、「なぜ、今日という物語を閉じるのが惜しいのか」という記事を書きました。
書き終えたあとも、このテーマが頭から離れません。
人はなぜ、一日を終わらせるのが惜しくなるのでしょうか。
なぜ、明日が来ると分かっているのに、「あと少しだけ」と思ってしまうのでしょうか。
考え続けているうちに、一つの仮説にたどり着きました。
もしかすると私は、「時間」ではなく、「密度」を求めているのではないか、と。
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