なぜ、今日という物語を閉じるのが惜しいのか
夜になると、不思議と元気になります。
昼間は眠かったはずなのに、
夜になると掃除を始めたり、本を読んだり、アニメを見たり。
「もう寝よう。」
そう思って布団に入るつもりが、
気付けば何かに夢中になっていて、時計を見ると日付が変わっています。
翌朝つらくなることは分かっています。
それでも、夜更かしをしてしまう。
私は長い間、この理由が分かりませんでした。
金曜日だけ、夜が終わらない
この感覚は、金曜日になるとさらに強くなります。
土日が休みの日は、金曜日の夜になると
気付けば明け方まで起きていることがあります。
外が少しずつ明るくなり始めて、ようやく眠気がやってくる。
そして土曜日の昼頃に目を覚ます。
以前は、「生活リズムが悪いだけだ」と思っていました。
でも、今は少し違う気がしています。
一週間働き続けて、ようやく自由になった夜。
「やっと自分の時間だ。」
そう思った瞬間に、その時間を終わらせるのが惜しくなってしまうのです。
一日は24時間でも、自分の時間は違う
私の平日は、朝起きて仕事へ行き、帰宅する頃には20時を過ぎています。
そこから食事、お風呂、家事を済ませると、
本当に自由に使える時間は2時間ほど。
一日は24時間あるはずなのに、
自分のためだけに使える時間は、驚くほど少ないのです。
だから夜になると、ようやく自分の人生が始まったような気持ちになります。
誰にも急かされない。
誰にも何かを求められない。
好きな本を読み、好きなアニメを見て、好きなことを考える。
その時間が、ようやく始まった。
そう考えると、「寝る」という行為は
体を休めることではありません。
せっかく始まった自分だけの時間を、閉じてしまうことでもあるのです。
掃除を始める理由
私は夜になると、急に掃除や片付けを始めることがあります。
昼間はそんな気力はないのに、不思議なものです。
以前は、「夜になるとやる気が出る性格なのだろう」と思っていました。
でも今は、少し違う気がしています。
仕事では、時間も体力も気力も使います。
帰宅した頃には、自分の部屋も、自分の心も、
散らかっているような気がするのです。
だから夜になると部屋を整えたくなる。
部屋を片付けているというより、自分自身を整えているのかもしれません。
ようやく自分の空間に戻ってきたからこそ、
その場所を心地よくしたくなるのでしょう。
「終わる」のではなく、「切る」のが苦手だった
小説を読んでいると、「あと少しだけ」と思ってしまいます。
アニメも同じです。
区切りのいいところまで。
あと一話だけ。
そう思っているうちに、あっという間に時間が過ぎていきます。
昔は、「続きが気になるから」だと思っていました。
でも、それだけではありませんでした。
私は、一度始めた楽しいことを途中で切るのが苦手なのです。
理由は簡単でした。
切ってしまうと、また始めるときに馬力が必要だからです。
noteもそうです。
書き始めるまでは重いのに、
一度集中すると2000文字なんてあっという間に書けてしまいます。
掃除も、本も、考え事も同じです。
勢いに乗った時間を、一度止めてしまうのが惜しい。
だから、「もう少しだけ」と思ってしまうのでしょう。
子どもは、遊び切ると眠くなる
ある日、一つ面白いことに気付きました。
子どもは、遊び足りないと「まだ帰りたくない」と言います。
しかし、朝から夕方まで夢中で遊んだ日は、
自分から眠そうになります。
満足しているからです。
実は大人になっても、それは同じなのかもしれません。
夜更かしをする日は、まだ遊び足りていない日。
反対に、「今日は本当に充実していた」と思えた日は、
不思議なくらい自然に眠くなります。
睡眠時間ではありません。
その日の満足度なのです。
私はずっと、「もっと時間が欲しい」と思っていました。
でも、本当に欲しかったのは
時間ではなかったのかもしれません。
長い一日ではなく、密度のある一日。
「今日は目一杯遊んだ。」
「今日は十分生きた。」
そう思える一日だったのです。
一日にも物語がある
私はずっと、「睡眠がもったいない」のだと思っていましたが
もったいなかったのは、睡眠ではありません。
自分の時間です。
もっと好きなことをしたかった。
もっと考えたかった。
もっと物語を味わいたかった。
もっと今日を生きたかった。
だから私は、一日を終わらせることが惜しかったのです。
そして、最後にもう一つ気付きました。
一日にも、物語があります。
物語は、満足すると自然にページを閉じられます。
私が閉じられなかったのは、まだ物語の途中だと思っていたからでした。
途中で本を閉じると、続きを読み始めるには少し馬力がいります。
だから私は、「あと少しだけ」とページをめくり続けてしまうのでしょう。
人生も、少し似ているのかもしれません。
今日という物語を閉じるには、
「ここまで読めば十分だった」と思える満足感が必要なのです。
私はこれからも、夜になると「もう少しだけ」と
思う日があるでしょう。
でも、その「もう少し」が悪いのではありません。
今日という物語を、満足して閉じられる日を、一日ずつ増やしていきたい。
そうすればきっと、眠ることは一日を終わらせることではなく、明日の物語を始めるための、穏やかな区切りになるのだと思います。
