【創作】アダージョ 第2話
奏真はすぐに私に謝ってくれて、優先生からも謝罪の電話をもらった。別に2人が悪いわけじゃないんだけど。
「あれ奏真、優先生、どうしたの」
その日、2人がやってきた。キラキラした親子のおかげで、我が家の玄関が華やいで見える。
「晃輝先生に呼び出されたんだよ」
「随分遅い到着だな、山田親子」
奏真が顔をしかめて言うなり、後ろからお父さんが炎でも吐き出しそうな表情で近づいて来た。
「ちょっとお父さん、何やってるの」
お父さんのあまりの怒りぶりに、優先生は呆れた顔をしている。
「翠のお父さんは、君のことになると見境がなくなるからね。......翠は気の毒でしたが、それは奏真が悪いわけでもないでしょう」
「言ってくれるな山田君。大体、君の教育が悪いから、うちの翠がとばっちりを受けるんだ。恋人にする相手を選ぶ目を磨かせなくてどうする」
「ねえ、やめてよお父さん。奏真にも優先生にも、もう謝ってもらったんだから」
私は必死でお父さんの腕を引っ張るが、日々鍛えているお父さんはびくともしない。優先生が冷静に諭すように反論した。
「まだ中1で相手を見る目が磨かれるはずがありませんよ。悪いのは相手の子でしょう。こう言ったことが再度起きないように、学校に依頼するのが筋じゃありませんか」
「そんなことはとっくに対処済みだ。大体山田君は......何をする凪!」
突然奥からやって来たお母さんが、無理やりお父さんの手を引っ張って連れて行った。
「晃輝さん、おかしいよ!なんで奏真くんと優成くんを呼び出すの。相手の子たちと両親に来てもらって謝らせたんだから、それでいいでしょう!」
「放せ凪!大体山田君もジュニアも気に入らん!山田君は昔から......」
「うるさい!少し黙って!優成くん、奏真くん、気にしないでいいからね!翠、お茶とお菓子を出してあげて!」
お母さんに叱られながら連れられて行ったお父さんは、ウサギに引っ張られる気弱なライオンのように見えた。
「凪先生、つよ!」
奏真が呟いてから優先生の方を見る。
「父さん......前から聞きたかったんだけど、あれ、私情入ってない?昔、晃輝先生と何かあった?」
「うん、まあね......。」
優先生は遠い目をしていた。お父さんと優先生は、お互い、いがみ合っているような、信頼し切っているような、不思議な関係だ。
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大人になんか、なりたくない。
「大きくなったな、奏真。もう俺と背が変わらない」
「本当。見た感じもお父さんとそっくりだね」
俺はいつまでも子どものままでいたい。だって大きくなったら、父さんも母さんも、年を取ってしまうだろう。俺はずっと父さん、母さんと、妹の由乃と4人で楽しく過ごしていたい。だけど俺の背は、まだ小さい頃、母さんにもっと抱っこされていたいと思うのと裏腹に、伸びて大人のようになってしまった。
「そのうちすぐ、父さんの身長も抜かすよ」
寂しい、なんてかっこ悪くて言えなくて、思ってもいないことを言うと、父さんは目を輝かせて笑った。
「そうだな。バスケ部のエースの奏真に、もう体力も敵わないもんな」
返事が出来ずに下を向いた。これから俺の方が出来ることが増えて、父さんや母さんはその反対になっていく。このまま時がずっと、止まってしまえばいいのに。
窓からゴールポストの網が見える。小さい頃引っ越して来たこの家の庭に、父さんはバスケのゴールポストを建て、俺にバスケを教えてくれた。
小さい頃は少しでも時間があれば2人で庭に出て、バスケをやった。俺は父さんの来た道を辿るように、小学校からバスケ部に入り、中学生になっても続けている。
「じゃあ俺、稽古に行くから」
父さんは土曜日の午前中に、翠と旭に箏を教えている。2人は小さい頃は、俺と一緒に凪先生に教わっていたけれど、親が教えると甘えてしまって駄目なんだそうだ。
だから、2人限定という条件つきで、忙しい父さんが教えるようになった。そのせいで土曜の午前中は、父さんとバスケが出来なくなってしまった。
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「翠!」
学校の廊下で会った奏真に名前を呼ばれた。集団の中にいる奏真は、私からは話しかけづらい。奏真はいつも女の子に囲まれているけれど、バスケ部のエースだけあって男子の友人も多い。
対して私はあまり友達の多い方じゃないし、今だって1人で廊下の端ギリギリを歩いて、部室に向かう途中だ。学校では奏真と比べて、引けを感じてしまう。気取られないように笑顔を作り、名前だけ呼んで返す。
「奏真」
奏真はそんなことはまるで気にならないようで、爽やかに話しかけて来る。
「これから部活?」
奏真の隣にいる女子の目が怖い。
「うん」
「そっか。じゃあまた」
奏真は屈託なく笑って手をあげた。動作の一つひとつが様になる。人の気も知らないで。
階段の踊り場にある淡い黄色が基調のステンドグラスから入り込む光を浴びて、離れにある部室へと急ぐ。
今日の数学のテストは78点。何とか息をついた。著名人の子どもが多いこの学校でも、能力はそれなりじゃないと入れない。奏真も杏も、テストの点は良い方だ。
部室に入り、箏を準備しながら思い出す。杏のお箏は見事だった。私は杏よりずっと長い時間練習したけれど、杏のようには技術のいる曲をケロリと弾きこなせなかった。だから実の妹の演奏を、尊敬や憧れ、嫉妬の入り混じった気持ちで聴いていた。
だけど、杏はある日お箏を辞めた。自分に音楽はバイオリンだけで良いと言って、それ以来あっさりと箏を触らなくなった。
私はお父さんとお母さんを責めた。どうしてあんなに上手なのに、引き留めないんだって。無理にでもやらせれば、また気持ちが変わるかもしれないのにって。2人は「杏の人生だから、いいんだよ」って笑った。
「それにね、杏はお箏を弾いているとき、バイオリンより楽しそうじゃないの。楽しくないものを無理に続けるのは嫌でしょう?」
「だけど、それなら、楽しくないのに上手な杏は、ずるい」
「狡くはないよ」
お父さんは言った。
「幼い頃に上手でも、やらなければすぐに先を越される。能力の向上はゆっくりに見えても、続ける能力を持っている者、努力出来る者が、結局は上に行くんだ。杏は箏に関してはこれを持っていない。だけど他に興味があるものがある。それでいいんだよ」
続きはこちら。
以前のお話はこちら。
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