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ヘリオス 外伝 第8話



「どうしてこんなタイミングで」

俺はコピーをテーブルに放り投げた。これでは一華に想いを伝えても、この記事の言い訳のようになってしまい信じてもらえない。

「私、優成くんとキスしたことなんてない!」

凪先生が悲痛な声で叫んだ。

「正確に言うと、俺は凪先生の額にキスしたことはありますが、それも一度だけです。それ以上のことは何もありません」

川崎さんの目を見つめて弁解すると、その堂々たる男は言った。

「俺はこの記事を読んで2人の仲を疑った訳じゃない。そもそもこの家に給湯室なんてものは存在しない。万が一、俺が凪と再度婚約をする前に山田君と凪の間に何かあったとしても、自業自得だ。君たちが責められる理由は何もない」

「ただ、世間は信じる者も少なくないだろうね」

側で聞いていた家元が口を開いた。

「大方、このご時世で売上部数が伸びないために、人気が急上昇している山田君の記事を捏造したんだろう。写真集の話が何処かから漏れたのかもしれないな」

家元は俺に向かい、神妙な顔つきで続ける。

「山田君、すまない。君を守ってやりたいが、川崎流にはこの記事が世に出るのを止めるほどの財力がないんだ」

「やめて下さい家元。家元が謝る必要など少しもありません」

慌てて止めると、川崎さんが口を挟んだ。

「山田君、先程家元と話していたんだが、俺達は会見を開いて抗議しようと思う。だがこの件で一番被害を被るのは君だろうから、君の意見を聞きたい」

真剣な顔で俺をみつめて来る。

「このまま何もせずに放っておくことも出来る。ただし君の名に傷がついたままになるだろう。会見を開いて説明すれば、騒ぎは多少大きくなるが、味方を増やすことも出来る。

どちらにせよ、君とこの記事に出ている岸さんは、暫く報道陣に囲まれるだろうね。家や勤務先、親御さんにまで記者が押し寄せるだろう。事と次第によっては出勤も出来なくなる恐れがある。どうする」

これは俺だけの問題じゃない。このまま何もせずに放っておけば、一華も遊ばれた人間として嘲笑の種にされるんだろう。親や友人は、悪者の関係者として後ろ指を指される。これ以上の侮辱行為は、断じて許せない。

「俺は、会見を開く方に賛成です」

「そうか」

川崎さんが言うと同時に、家元も大きく頷いた。

「会見は、誰が出るの」

凪先生が質問する。

「俺と家元で考えている」

「私も出ます。こんなこと、私、許せない」

「分かった」

川崎さんと家元が頷いた。

「俺も出ます。この記事の主役は俺でしょう」

俺の意見を聞いて、川崎さんの動きが止まる。

「だが君の立場は曖昧だ。俺達は川崎流として何とでもなるが、君は仕事にも支障が出るだろう。それでも良いのか」

「川崎さんも、楽器店の仕事を退職された訳じゃないので同じでしょう」

「俺はクビになっても後があるが、山田君は困るだろう」

「山田君ならいつでも、川崎流の職業演奏家として迎えるよ」

家元が家元たる表情で言った。俺は川崎さんを真っ直ぐ見つめる。

「俺は、この記事が出ることで困らせることになる多くの人に、俺の口から謝罪と真実を伝える義務があります」

川崎さんはデスクに片手を乗せ、ふーっとため息を吐いた。こんな時でも、悔しいほど絵になる男だ。

「雑誌の発売は明後日だ。会見は早い方が良いから、発売日に合わせたい。仕事は休めるか」

「交渉します」

「分かった」

「だけど、人数が4人だと大袈裟じゃない?」

凪先生が記事のコピーを強く握ったまま尋ねた。

「そうだな。それなら私は若い者に任せることにしよう。三人とも、川崎流の名誉のために、頼んだぞ」

俺達の眼を見て、家元は事務室を出て行った。これは、責任重大だ。2人に許可を得てすぐさま課長に連絡した上で状況を説明し、明後日の休暇の許可を貰った。


「山田君、戦略を考える前に一つ聞きたい。この岸さんは、君にとってどんな人だ」

「岸一華さんは、俺の恋人です」

「それは彼女に気持ちがあるということか?嫌なことを聞いてすまないが、会見で君を守るためにも本音を教えてくれ。つまり君は長く凪を」

「それは本当です」

ことばを被せて続ける。

「俺は凪先生を忘れられずにいるまま、岸さんと恋人になりました。彼女には真実を話した上でのことです。でも俺は今は、俺を支え癒し続けてくれた彼女を愛しています」

ここで息をついてから続ける。

「自分のこの想いに気づいたのは、つい最近です。俺は……一華を愛しています」

「そうか」

真摯に語った俺に、川崎さんは安堵したように笑う。

「優成くん、大事な人を見つけたんだね。おめでとう!なんかでも、少しだけ複雑」

目を輝かせて笑ってくれた凪先生に、俺も微笑んで返した。

「凪は俺だけを見ていなさい。山田君から貝を貰ってはいけないよ」

「はーい」

凪先生は嬉しそうに川崎さんに返事をした。カイって何だ。



一華には電話して1週間分程度の荷物をまとめておくように伝えた。今から車ですぐ行くから、と。当然ひどく驚かれたが、了承してくれた。俺は一華のマンションに急いだ。

「優成、どうしたの」

玄関口に出て来た一華を、鍵を閉めるなり強く抱きしめた。時が、進んで欲しくない。

「遅くなってごめん」

「まだそれほど遅くないよ」

「そうじゃないんだ。一華、こんなに待たせて、こんなタイミングでごめん」

「優成、本当にどうしたの」

身体が熱い。俺に回した細い手の温もりが、魔法のように優しく感じる。

「一華、今日はとても悪いニュースを持って来た。一華、愛してる。本当なんだ。気づくのが遅くなってごめん」

声が震える。俺は本当に、常に情けない。

「え、それ、全然悪いニュースじゃないよ」

一華の華奢な柔らかい手が、俺の髪に触れる。この優しい手を、無くしたくない。

「違うんだ。今日、自分の想いが本当か確かめるために、川崎流に行って凪先生に会って来た。確かに俺は一華を愛してる。嘘じゃない」

会話が支離滅裂だ。俺は身体を離して、一華の手を俺の胸に持って行った。この鼓動を感じて、どうか信じて欲しい。

「俺は、間に合った?」

許しを請うように一華を見つめた。胸に一華の手を当てなくても、心臓の音が伝わってしまいそうなほど大きく脈打っている。これからの話をして、一華を幻滅させるのが怖い。

「うん。嬉しい、優成。私本当は、私じゃ優成を振り向かせられないんじゃないかって思ってた。私......私、大好き」

一華は今にも涙を溢しそうな笑顔を見せるも、俺の様子から、何か只ならぬことが起こったと察したようだ。

「とにかく中に入って」

入るなり一華はコーヒーを淹れてくれた。俺は即座に記事のコピーを見せて、説明した。

「このマンションも、恐らく報道陣で囲まれる。だから今のうちに、俺のマンションに来て欲しい」

「うん、分かった」

「悪いけど明日会社に行ったら、説明した方がいい。一華の会社も囲まれるかもしれない」

「分かった」

「それと、一華のご両親に謝りたいんだ。ご両親の方にも報道陣が行く恐れがある。今のうちに、謝罪しておきたい。本当にごめん」

「優成が謝ることじゃないよ。むしろ、そんなに気を回してくれたことに感謝してる」

一華は俺を全く否定しなかった。即座にご両親に電話をかけて、俺に代わってくれた。お母さんはとても驚いていたが、無理もない。会ったこともない見ず知らずの男に、急に娘の恋人だと言われて、これから一華が遭遇するであろう困難を聞かされたのだから。俺は誠心誠意、説明と謝罪をした。

「一華をよろしくね。それから、落ち着いたら会いに来てね」

「はい、必ず」

それから俺の両親に電話して事情を説明し、謝罪した。やることがたくさんある。一華の荷物を2人でまとめて車に運び、遅くまでやっているスーパーに寄り食材を買い込んでから、ようやく俺のマンションに辿り着いたのは、日が変わる頃だった。

「一華、疲れただろう。嫌なことに巻き込んで本当にごめん」

「疲れてるのは私じゃなくて優成だよ。細かいところまで気を回してくれて、本当にありがとう。優成、心から、大好きだよ」

俺は一華にキスをした。

「明日もきっと大変だと思う。今日は早く寝よう」

長い長い1日が終わった。







パソコンに向かって仕事していると、バサリと音がして急に視界が暗くなった。頭上に放られたものを取ってみると、手触りの柔らかい、スーパー150'sのウール糸を使ったスーツだった。

「また自分だけで抱え込むつもりだな」

「須藤さん、どうしましたか」

「どうしましたか、じゃねえよ。お前んとこ繁忙期だろ。明日休むんなら俺が代わってやるって言ってんだ。お前に引き継いだ仕事、大して変わってねえんだろ」

「え、ですが須藤さん、靴の方で忙しいんじゃ」

「俺の方は一段落ついてんの。全く山田は相談しろよ。さっさとそれ試着して来い」

「は?」

「バーカ。明日、戦闘服が要るんだろ。お前のサイズで一番上等なのを持って来てやったんだ。遅えんだよお前は。さっさと行かねえと、俺がここで脱がすぞ」

フィッティングルームで試着した俺を見て、須藤さんは悪態をつくように褒めた。

「悔しいほどプルフリの服が似合うなお前。これなら会見にぴったりだ」

「ありがとうございます」

須藤さんはスーツを着た俺の細部まで、仕事の鬼の眼で確認する。

「お前、俺に引き継ぎだけして、今日は定時で帰れよ。やることたくさんあるんだろ」

「すみません、ご迷惑をお掛けします」

「バカかお前は。俺も課長も、心配してんだよ。いいか、会見の時は背筋を伸ばして堂々としろ。お前、何にも悪いことしてねえんだろ。それに、俺らのブランドを背負ってるんだ。俺らは何にも出来ねえけどよ、お前の味方だから。それだけ忘れんなよ」

「須藤さん、本当に感謝します。俺はやっぱり、あなたを尊敬しています」

「狭い部屋で2人きりの時にそんなこと言うな。今ここで襲うぞ、マジで」


続きはこちら。

前回のお話はこちら。


本編第1話はこちら。


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みおいち@着物で非常勤講師のワーママ ありがとうございます!頂いたサポートは美しい日本語啓蒙活動の原動力(くまか薔薇か落雁)に使うかも?しれません。