見出し画像

寄付から始まる「新しい夢」 私が『かつおクラブ』に入った理由


寄付から始まる「新しい夢」  私が『かつおクラブ』に入った理由

【寄付を文化に】第4話 
サイレント・フィンのnote

「寄付で夢を応援する」
正直なんにも感じなかった。

いや、嫌悪感を持った。
「応援」
私は、この言葉が嫌いだ。

無責任に、気軽に、みんな頑張れって言う
無理だって、これ以上、どうやって頑張るの?全部、やり尽くして負けた。

これは、誰にも知られたくなかった
私だけの物語。


応援が嫌いな理由。
それに答えられない時
励ましが刃に聞こえる。

私はずっと水泳をやっていた。
水泳歴=年齢だった。大学までね。

中学2年の頃、県大会で6位になった。
「おめでとう!」ってたくさん言われた。
言われるたびに、心がちぎれた。

「ありがとう」と言いながら
悔しくてたまらなかった。
めざしてたのは、オリンピック。
県の6位じゃない。

道徳の授業で将来の夢を語った。
水泳でオリンピックにでる。

県で6位?近畿大会出場
スゴい。フィンならいけるよ。オリンピック!がんばって

同年代での県大会で負けた。
その前の予選落ちよりは成長したけど
オリンピックは遠くに霞んだ。

それでも毎日泳いだ。
練習は、週10回。今振り返るとどう考えてもおかしい。一週間は、7日だ。

オフの日は、近くのプールで練習をした。
年末年始は、空いているプールを探して正月から泳いだ。ただ、いつもどこでもチームメイトの誰かと出会った。

「オフの日は休めよ。みんなもいるなら、追いつけないよ」

家族旅行に行っても近くのプールを調べた。旅先でも2時間は泳ぐ時間を確保した。はじめての試合会場は、下見に行って泳いだ。でも、チームメイトと出会う。

「キミたちは水泳しかやることないのかい?」

笑いながら、焦る。

練習じゃ追いつかないから、自主トレしてるのに。みんなもしてたら意味ないだろ。

他にもやれることは全部やった。
毎日、寝る前のイメージトレーニング。

自己ベスト 30秒を、イメージでぴったり泳ぎきってから寝た。100メートルの1分06秒はぴったり泳ぐことすら難しかった。

イメージとタイムがあえば、2本目は0.5秒削れるように泳いだ。泳いでる夢にうなされた。2本で脳が焼けた。

それでも、届かなかった。
全国中学には出られなかった。
近畿大会12位。

淑鴨学園にも湘大沢田にも入れなかった。
受け入れてくれたのは、東海地方の翔鶴高校第三志望だった。本当は、この時点で私の夢は終わっていたのかもしれない。

そこでは、Aチームにすら入れなかった。でも、まだまだもがいた。自分を信じて、湘大には推薦ではなく、一般入試で水泳部に入った。

エースにはなれなかった。それどころか、大会出場のメンバーに選ばれなかった。

学内ですら勝てなかった。オリンピックに出てる先輩の前で、オリンピックの言葉は出せなくなった。

「フィンならやれるよ!」
「信じれば叶う。諦めなければ叶うよ」

地元の友だちの言葉を思い出し心が痛む。

「もう無理。家に帰ってもいいかな」

公衆電話の受話器を何度もとった。
けど、お金を入れる勇気はなかった。

夢を叶えるために入った翔鶴高校で、その先の湘大で、私の夢は消えた。

考えられる限りの努力はした。
でも、飛び込んだ瞬間、もう前にいる。

リアクションタイムのたった0.6秒で敗北を知る。オリピアンはモノが違う。

努力が。練習量が。意識が。
信じれば叶う。

じゃあ、私は信じてなかったの?
私は、努力が足りなかったの?

何百冊と練習ノートを書いて、ベッドの中でも泳ぎ、すべてを捧げて、それでも同じ舞台にすら立てない。私は1組、あなたは3組。

信じれば夢は叶う

叶わないよ
注釈を入れてほしい
#近くに化け物がいなければ
#あなたにセンスがあれば
#スポーツを除く
#10000人にひとり

信じれば夢が叶ったひとりの後ろには、叶わなかった屍が累々と積み上がっている。それは、誰の目にも写らない。

学生時代のすべてを捧げたけど
私はシャドーだった。

思い切って先輩に聞いた。
オリンピックに行きたい。
どうすればいいですか?

「フィンが、がんばってるの知ってるから、諦めなければ、きっといけるよ」

「精神論じゃなくて、具体的にお願いします」

「けど、あなたもライバルだからね。少しだけよ。プールによって、水の重さ違うじゃない。それにあわせて指の角度、調整してる?」

「えっ!?ありがとうございます」

一般入試でくるところじゃなかった。
隣で泳いでたのは憧れのオリンピアンではなくて、水泳の阿修羅だった。

湘大の水泳部といえば、すごいらしい。
地元の友だちからは、「やっぱり、さすがだね!」「天才!!」「応援してるよ」と言われる。

その言葉に悪気がないのは、わかってる。
けど、とにかく痛かった。


わたしは負けた。
全力を尽くした上で、
戦いの壇上にすらあがれなかった。

だから、人を安易に応援することはしなくなった。それどころか、応援という言葉を憎んだ。

人は、想像できない夢を笑い
夢に近づくと応援し
夢に負けるとがっかりする

こちらから頼んでいないのに。
そんな思いを誰かにさせたくはない。
だから、私は人を応援しなくなっていた。


そこにあいつが連絡してきた。

寄付で応援?
それは、眩しすぎた。

夢を応援する? 誰かの未来の力になる?
それをするとその誰かを「縛る」ことになるんじゃないかと怖くなった。

夢に向かってがんばれ!

その言葉が、真剣に夢と向き合って負けそうなときは刃になる。これ以上どうやれと?

でも、あいつはつづける。

「月100円だよ。名前も出ない、誰かの夢の端っこに触れるだけ。これくらいなら、動機は軽くてよくない?真剣に考えなくても、面白そうだからやるでいいんじゃね?」

ふざけんなよ、と思った。
けど、ちょっと笑ってしまった。

そうだね。これくらいなら、いいかもね。
このノリで充分だった。


寄付でなにかが変わるわけじゃない。
私の価値観が変わったわけでもない。
誰かに感謝されたわけでもない。

私は、あの夏を思い出しただけだった。
あの敗北の記録と記憶を。

泳いで、泳いで、何も手にできなかった日々を思い出した。

ただ、熱かった。
気温より熱量が高かった。
あの夏は、たしかに私の最高だった。


だから、私は『かつおクラブ』に入った。

負けた自分を許した
とか
全力で挑んだ私は最高だった
とか
やれることはやった
だから、次、私は応援する側にまわる

なんて、大それた動機、深い動機は、一切ない。教訓も説教もない。

あるのは、あの夏を思い出したから。 
それだけ。

寄付じゃなくて、思い出のため。

動機なんて浅くていい。
行動するだけ。結果は、行動の先にしか無い。

悔しかったあの夏を
がんばったね。と褒められたあの夏を
チームメイトが全員敵に思えたあの夏を

思い出せたから。

ありがとう。
ありがとうね、あの夏の私。

応援という言葉が嫌いな私でも
言葉を使わずに応援できる。

宇宙兄弟を読んで夢を叶えよう。中学生。
叶わなかった中学生。気にするな。九割叶わないから。


さて、久しぶりに高校時代、水泳をやってた頃の自分の思い出した。

そんな書き方をしたけど、思い出したのは久しぶりじゃない。

振り返った時に見える『肩幅』が私をあの時期へ連れ去ってくれる。

特に、クルマで後部座席を振り返ると『肩幅』が気になるんだよ。めっちゃ視界にはいる。

まとめ

私が『かつおクラブ』に入った理由

〇 勧めてくれたのが、幼なじみだった
〇 青春を思い出したから
〇 深い動機は、いらなかったから
〇 コミュニティ機能がないから
〇 最後、100円だったから

理由なんて何でもいい
気になったら入ろう

次は、あなたの番です

#肩幅の思い出
#あの夏の私は最高だった
#負けたけどね


かつおクラブ

雅樹さんのnote

ミイコさんのnote

#2025年のいっぽん

いいなと思ったら応援しよう!

八田 零 サポートお願いします。 記事を書く励みになります。 noteLIFE楽しみましょう。