【連載小説】「みつばち奇想曲(カプリース)」第三十六話
「──で、楽しかったですか? フランスは」
フランスから帰国し、ランテルヌ塔に戻ると、生徒会副会長の笠間瑠音がトランクを受け取りに入口まで迎えに来てくれた。
「瑠音、ただいま。楽しかったよ。皆にお土産を買ってきたから、楽しみにしてて」
明るく声を返すと、瑠音は溜息をつく。
「でも、本当にいいんですか? そろそろ次のドロシーを探さなくて。別に薫さまのように外部から探そうと思わなくてもいいですけど、そろそろ『当たり』くらいつけておかないと今年の上演に間に合いませんよ」
「いいの。今年の『オズの魔法使い』は、上演しない。そう決めたの。去年みたいな事故、もう起こしたくない。代わりに、ちゃんとした意見箱を作る。誰かを追い出すことをしなくても、生徒たちが直接、生徒会に助けを求められるように」
「そうですか……。別に、私は構いませんけど」
「それより、来週の入学式のスピーチ、どうしよう。私、薫さんみたいにできる気がしないんだけど」
「はいはい、大丈夫ですよ。原稿は私が用意しておきましたから」
「わー、ありがとう! さすが、瑠音! 頼りになるー!」
喜びのハグをしようとすると、瑠音は華麗に身をかわし、両腕は空を切る。
「私は、薫さまから直々に頼まれましたからね。あなたを側で見守るようにと」
「瑠音、あのさ、そろそろ敬語やめない? クラスメイトなんだし……」
「いいんです。こうでもしないと、私が会長だと間違えられるので困るんです」
「ああ……、そうだね。私、ほんと平凡だから」
美憂が少しうつむくと、瑠音は海外用の大きなトランクを美憂の手からそっと奪い、ゆっくりと扉を開けると、中へ入るよう促した。
「それはそうと、会長がフランスに行かれている間も白雪さんの件を調べていましたが、まだ彼女の消息は掴めていません」
「そう……、調べてくれてありがとう。また何か分かったら教えてくれる?」
「はい。もちろん」
後に分かったことだが、昨年の九月の新月の日、当時の生徒会メンバーであった新井沙希穂に連れられて行ったのは、高等部の校舎から少し離れた場所にある旧校舎だった。そこで待っていた薫に案内された地下室は、以前、教員の宿直室として使われていたという旧職員室から繋がる場所にあった。
当時、地下室にある一方の石碑の下に頭蓋骨が収納され、もう一方の石碑に「松永白雪」と名前を見つけた時には、白雪はもう殺されているに違いないと思った。
しかし、卒業を迎えた薫から明かされた「最後の秘密」は、思っていたのとは真逆のこと。「石碑に名を連ねた生徒たちは今も生きている」という内容だった。
「美憂さん、安心して。そちらの石碑は『悪い魔女』ではないのよ。皆、この学院に幸せを見いだせなかった子たち。魂を解放してあげる必要があった子どもたちよ」
あの日、薫が語った「魂の解放」とは、家にも学院にも居場所のない、苦悩を抱えた生徒たちが新しい名前や新しい地位、時には新しい容姿を得て、新たな人生を歩んでいることを意味していた。少女たちが安心して生きていけるよう、学院の周辺には密かに「クレールの女たちだけの小さな社会」が構成されているのだという。
初代のドロシーは、名家に生まれながら「女」というだけで報われず、ただ箔をつけるために学院に入学しては、卒業を待たず家の取引材料としてどこかに嫁がされる、という少女たちの生き方に怒りと苦しみを覚えていた。
やがて、初代ドロシーは仲間を集めて「生徒会」を作り、毎年「悪い魔女」を見つけて排除することを決める。教師や大人たちに支配されない自分たちだけの孤城を築くと、学院への「献金」という名目で生徒たちの家から金を集め始め、生きる場所を選ぶことのできない少女たちのために「安全な場所」をひとつずつ作り始めた。
その慣習は代々のドロシーに引き継がれ、遠い昔から現在まで、学院を卒業したドロシーとその仲間たちは、教育、医療、福祉、ビジネス、様々な分野に「クレール」のネットワークを広げ、在校生から卒業生までが知らぬうちに繋がり合う、閉ざされた世界を作り上げたのだという。
「薫さん……、それは白雪がどこかで今も生きている、ということですか? 薫さんは、白雪や友梨の叔母さんの行方を知っているんですか?」
そう尋ねると、薫は長い睫毛を伏せて小さく顔を横に振った。
「ごめんなさいね、美憂さん。私たちドロシーの役目は、『悪い魔女を退治すること』。魂の解放を必要とする子どもたちがどうやって選ばれるのか、彼女たちがどこへ向かって行くのか、私たちには知る由もないの。彼女たちの存在を知らせる赤い封筒が届いたら、私たちは彼女たちのための石碑に名を刻む。そして、彼女たちの幸せを願う。それだけなのよ」
「薫さんは……、これから先はどうするんですか?」
「私も今までのドロシーたちと同じ。クレール女学院大に進学し、新たに与えられる使命があれば、それを引き受けるだけ。これからも、この学院の子どもたちのためにできることをしていくわ」
「……でも、そうしたら、薫さんはいつになったら自由になれるの?」
そう聞こうとしたが、言わずにおいた。
地下室に連れていかれたあの日、薫は家に縛られ続けた母のような少女を増やさぬよう「ドロシーになることを決めた」と言った。そして、この学院の生徒たちを「大人の支配から守りたい」とも。
それは、彼女の選んだ、彼女の決意であることに違いない。だが、今の薫を見ていると、不思議とジョルジュ・ド・ラ・トゥールの「いかさま師」の貴族の少年のイメージが重なる。
まるで、誰かの「いかさま」にあっていることを知りながら、手元にあるカードだけが頼りと、他のものを見ないようにしているような……。または、誰かのために本心を隠し通すことを決め、ポーカーフェイスを貫いているような……。
下校を促す鐘の音が流れ始めると、薫は「今日話したことは、ドロシーだけの秘密よ」と耳元で囁いてから、渓谷に流れる川のように美しい黒髪をなびかせて学院の門から外へと旅立っていった。
「悪い魔女に支配を受けてはならない。ドロシーは生徒を護り、支配する最高番人であらねばならない」。
ランテルヌ塔に住むドロシーと生徒会メンバーは、今日もこの教えを守り、クレールの女たちの王国に邪魔者が入らぬよう、学院の隅々まで目を光らせている。
来週は、いよいよ入学式。また、新たな生徒を高等部に迎え入れる。美憂は、「聖なるナイフ」を使う日が来ないことを祈り、安見のような犠牲者を出さぬよう、学院を変えていくことを心に誓った。
(つづく)
🍀🐝第一話は、こちらから↓
いいなと思ったら応援しよう!
いつも応援ありがとうございます🌸
いただいたサポートは、今後の活動に役立てていきます。
現在の目標は、「小説を冊子にしてネット上で小説を読む機会の少ない方々に知ってもらう機会を作る!」ということです。
☆アイコンイラストは、秋月林檎さんの作品です。