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【連載小説】「みつばち奇想曲(カプリース)」第三十七話(最終話)

 入学式を終えて、ひと月が経った頃。
 美憂は今日も空っぽの「意見箱」の中身を覗いて溜息をついていた。
「はあ、今日も誰の声もなし、か」
 入学式の時、美憂は瑠音の書いたスピーチに加えて、今年から「意見箱」を設置することを周知した。生徒会や学院に対する要望でも、個人の悩みでも、何でもいいから困った時は「意見箱」で知らせてほしいと熱く語ったつもりだった。しかし、「意見箱」には未だ生徒からの「声」はひとつも届いていない。
「こんな時、友梨がいてくれたら、きっといいアイディア出してくれるのにな……」
 昨年の秋、停学から復帰することなく学院を辞めてしまった彼女のことを思い出す。
 友梨が退学したと聞いた時、薫が友梨に何かしたのかと冷や汗を流したが、後日、彼女から直筆の手紙を受け取り、彼女が「自分の意思」で決断したということが分かった。
 友梨の最後の手紙には、父親の仕事の転勤に付いていくことにしたこと、クレール女学院の校風が合わなかったこと、そして、「白雪を探し出せなくてごめん」という謝罪の言葉が書いてあった。
 あの頃、他の生徒には避けられていたが、友梨と、そして白雪と、何気ない会話をし、普通の女子高生でいられた時間が幸せだった。ふたりと一緒に過ごしたのはたった数か月であったけれど、今も時々、あの頃に戻りたいと思うことがある。
 しかし、ふたりに「今の自分の姿を見られなくて良かった」とも同時に思う。
 薫のように、学院の平穏を脅かす教師や生徒を片端から追い出そうとは考えていないが、それでも時々、怒りが湧いてどうしようもなくなることがあるのだ。
「意見箱」に直接生徒の声が寄せられることはなくとも、日々目を光らせている生徒会のメンバーからは、様々な学院の現状が報告される。生徒を校章の色や献金額で差別するような教師の言動、生徒間のいじめ、これらの話はいつまで経っても止むことがない。そんな話を聞き続けていると、それこそ「注意だけでは足りない」という強い思いが湧き、「制裁したい」という衝動に駆られる瞬間があった。その度に、「悪い魔女」を退治しなければ解決できないのか、と葛藤した。
「……それでも、ドロシーは選ばない」
 美憂は改めて言葉にし、自分に言い聞かせる。
「でも、あなたが決めなくても、指名されれば新しいドロシーは現れますよ」
 ふと、瑠音がふたり分の熱い紅茶をティーカップに注ぎながら、美憂の独り言に答えた。
「あなたが選ばなくても、まだ『赤い意見箱』があります。その意見箱は、昨年見つけた『彼女』がまだ持っているはずです。友梨さんも、『彼女』までたどり着くことができなかったから」
「え……?」
「会長は、『赤い意見箱』のことをご存じではありませんか? あれは、あなたととても深い繋がりがあるのですよ」
「待って。どういうこと……?」
「『赤い意見箱』によって新しいドロシー候補が選ばれれば、『オズの魔法使い』の上演は絶対です。それは、現ドロシーのあなたにも止められません。新しいドロシーが誕生したら、このランテルヌ塔に残るのがあなたなのか、新しい誰かなのか、どちらかふさわしい者を決めねばなりません。私たちの城に女王は『ひとりだけ』です」



 五月、今年も居場所を見つけられずに彷徨う生徒がひとり、旧校舎に迷い込んできた。
 少女は中等部から高等部に上がったばかり。クラスメイトにふざけて追いまわされ、逃れるために旧校舎に隠れたようだ。
 少女は「懐中電灯はないだろうか」と、灯りを求めて一階にある「保健室」へと入っていく。真っ暗な他の部屋とは違い、ここは窓の雨戸の隙間から一筋の光が差し込んで、部屋の中に置かれたものの輪郭を薄っすらと確認できた。
 少女は、部屋の隅にある机の上に何か「箱のようなもの」が置かれているのを見つけた。
「何かしら……」
 それを手に取り、窓の隙間から漏れる光にかざしてみると、それは赤色の道具箱のようで、蓋部分には「意見箱」と墨で書かれた文字があった。
「意見箱……?」
 少女がその箱の蓋を開けてみると、中には箱と同じ赤色の葉書サイズの用紙が入っていた。
 その紙に書かれていたのは、こんな言葉だ。
『──ドロシーを指名せよ。学院を救う女王にふさわしい者は、誰だ?』
 その時突然、背後で扉が音を立てて開いた。
「きゃあ!」
 少女は驚いて悲鳴を上げる。
 振り返ると、暗くて顔はよく見えないが、白衣を着た小柄な女がこちらを見ているようだ。女がだんだんと近づいてくると、眼鏡のレンズに日の光が反射した。
「誰なの⁉」
「……おめでとう。今年のドロシーの指名役は、あなた。『赤い意見箱』を見つけたあなたは、幸運の持ち主よ」
「何を言っているの? 『赤い意見箱』って、ただの噂でしょう? 見つけると願いを叶えてくれるという、ただの伝説でしょう?」
「噂は本当なのよ。あなたが『ドロシー』を選ぶ使命を果たせば、私があなたの願いをどんなことでも叶えてあげる」
「……どんなことでも……?」
「ええ。私の名前は、『オズ』。どんな願いも叶え、あなたを別の世界に連れていくことができる『大魔法使い』。私はあなたの辛さを知っている。長い苦しみも知っている。あなたを苦しみから解放できる、唯一の存在」
「……私、もうこの学校にいたくないんです。でも、帰る場所もないの……」
「全て分かっているわ。さあ、あなたの願いを叶えるために、『ドロシー』の名を書きましょう。この学院を救ってくれる本当に強い人が誰か、もう分かっているはずよ」
「それは……」
「さあ、その人の名前を書いて。あなたの使命を果たしたら、すぐにでも自由な世界に連れて行ってあげる。あなたの願いを何でも叶えてあげるわ」
 女は万年筆を少女に差し出し、赤い用紙に書き込むよう促した。少女は生唾を飲み込むと、万年筆を受け取り、ひとりの少女の名前を記入する。
「ああ、それにしても、今年のあなたはとっても幸運だわ」
「え?」
「私はね、昨年『復讐』に成功したの。誰にも見つからない『オズの魔法』があるのよ。あなたも、酷い目にあってきたのでしょう? 許せない人がいるでしょう? ここではない自由な世界に行く前に、あなたも『復讐』を果たしてみない? 幸運なあなたには、特別にその方法を教えてあげるわ」
 女は、少女の耳元で「にやり」として何やら囁く。

 その日、旧校舎に迷い込んだ少女が、またひとり姿を消した。

(了)


―――
 美憂たちの物語を最後まで見届けてくださり、ありがとうございます☺
 初の中編ミステリーでしたが、楽しんでいただけたでしょうか。
 もしよかったら、感想などコメントで聞かせていただけましたら、とっても嬉しいです🌸
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🍀🐝第一話は、こちらから↓

#創作大賞2023

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みなとせ はる いつも応援ありがとうございます🌸 いただいたサポートは、今後の活動に役立てていきます。 現在の目標は、「小説を冊子にしてネット上で小説を読む機会の少ない方々に知ってもらう機会を作る!」ということです。 ☆アイコンイラストは、秋月林檎さんの作品です。