【連載小説】「みつばち奇想曲(カプリース)」第十八話
「な……、なんであんたがここにいるの? 手紙は? 台本に挟まれた手紙を見たでしょう?」
「手紙? 別に、台本には何も挟まれてなかったけど」
「嘘……、じゃあ、あれは誰の台本だったっていうのよ」
「さあ、なんのことか分からないけど……。っていうか、大丈夫? 顔が真っ青よ。……あ! ちょっと待って! 私、あなたに聞きたいことが!」
こちらの問いに答える間もなく、奈那は突然駆け出した。奈那が逃げたと思い、美憂もすぐに追いかける。
奈那は来た道を遡り、途中で擦れ違う生徒の肩にぶつかりながら、一目散にホール「シーニュ」へと向かっていく。走りながら、奈那はこれまで廊下を走ったことなど一度もなかったことを思い出した。いつもクララの歩く速度に合わせ、その背中を追い抜かないよう気を遣っていた。自分がこんなにも速く走れることを、生まれて初めて知った。
「良かった……。何も起きてない……」
ホールの扉を勢いよく開けた奈那は、ライトが落とされ、人がまばらになった舞台上を、息を切らせて見つめている。
ほっと胸を撫で下ろした彼女の元に、追いかけてきた美憂も到着した。
「川瀬さん、足速すぎ! そんな全力で逃げないでよ」
「はあ? あんたなんかから逃げてないし。勘違いしないで……」
奈那が美憂に悪態をついたその時、「ギシ、ギシ」という鈍い音がホール内に響いた。
「これ……、何の音?」
美憂が不思議な音に気づくと、その音は突然、「ジャーッ」という大きな音へと変化し、何かを急下降させる。
「──ドン」
舞台上で何かが落下し、ものすごい音を発した。落下時の振動が、離れた場所にいる美憂と奈那の身体にも伝わる。
「今の音……、今の音は何? 急いで舞台のライトをすべて点けて! 早く‼」
ただならぬ衝撃音に、運営メンバーがマイクから指示を出す。舞台上にいる運営メンバーとその補助をしていた数人の生徒たちの間に、緊迫した空気が流れた。
「ラ、ライト、オンにしました!」
舞台上のライトが一気に照らされて、急な明るさに皆の目がくらむ。一瞬の静寂の後、その静けさは激しい悲鳴と共に打ち破られた。
「きゃあああああああ‼‼」
舞台上に駆け付けた少女が、叫び声をあげながら尻をついて床に倒れ込んだ。
少女の視線の先には、美憂が昼休憩後に乗り込む予定であった小屋がある。そして、その小屋の真下には、ひとりの女が倒れていた。その女は、「東の悪い魔女」役の中等部教師、安見響子であった。重々しい小屋に身体を潰された女は、頭から血を流し、床にできた血だまりが倒れ込んだ少女の足元へと迫っていた。
辺りには小屋の落下を制止するための金属のストッパーも見当たらず、小屋を吊り上げていた頑丈なロープもだらしなく伸びきって、床に蛇のような曲線を描いて横たわっている。
「早く、先生を呼んで! 救急車を呼んでもらって!」
かろうじて正気を保つ運営メンバーのひとりが指示を出す。しかし、その場にいたほとんどの生徒が動揺し、恐怖に震え、その場から動くことができなかった。
「嘘……、嘘でしょう……?」
そう呟いた美憂の隣で、奈那が突然気を失って倒れた。
「ちょっと、川瀬さん! 川瀬さん、しっかりして!」
声をかけ続けるが、まったく返事がない。自分自身もパニックに陥りそうな中、ふと下手の舞台袖にいる人影に目が留まる。
そこにいたのは、檜崎クララだった。クララは、小屋に潰された安見を凝視したまま、口を開けて座り込んでいる。
「なぜ、クララがそんなところに」と思ったのは、美憂だけではなかった。
クララの手から、一枚の手紙がひらりと床に舞い落ちた。
(つづく)
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