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【連載小説】「みつばち奇想曲(カプリース)」第二十三話

「これで、あなたも私と同じ『特別』よ」。
 ほとんどの時間を自室で過ごした短い夏休みを終えて新学期が始まると、薫のこの言葉の意味を知るまでに時間はかからなかった。
 相変わらずデルヴォーの描く少女のような表情で歩く生徒たちは、美憂の胸元に小さな星のバッジを見つけると、必ず「ごきげんよう」と笑顔を向ける。今まで美憂と友梨を避けていたクラスメイトでさえ、積極的に挨拶をし、授業中に教師の出した問題の回答に困っていると、必ず誰かが助け舟を出してくれるようになった。
 担任の榊にいたっては、美憂が「ドイツ語」と「礼法」のレポートに加え、数教科分の夏休みの課題を終えていなかったにも関わらず、「あんな事故があったから仕方ありませんよ。九月の終わりまでに提出していただければ単位に支障はありません。舞台のお稽古も再開されますし、どうか無理はなさらないでね」と、柔らかい声音で職員室から送り出したのだった。
 そう。あんな事故……、いや、事件があったにも関わらず、『オズの魔法使い』の稽古が再開される。あれからひと月も経たぬうちに、この学院は平静を取り戻していた。まるで、教師がひとり舞台の上で死亡したことなど忘れ去られてしまったように。
 あの謎の儀式の夜、美憂はどうやって自室まで帰ったのか思い出せない。
 目が覚めた時、「全てが夢であってほしい」と強く願ったが、右手には丁寧に包帯が巻かれ、じりじりと灼けるような傷の痛みも一週間ほど続いた。
 美憂は、最も憧れ、信頼していた薫の恐ろしい一面を知り、全てが信じられなくなった。この学院の何もかもが不穏で、不気味で、吐き気がするほど恐ろしく、すぐにでもここから逃げ出したくなった。右手の傷が痛むうちに、警察に駆け込んだ方が良いとも考えた。しかし、自分の意思で母から離れ、自分から母を見限った今の自分に、この学院以外には帰れる場所などないことを痛感する。
 どこにも行けぬまま恐ろしさに震え、涙が枯れるまで何日も泣き通した後、再び希望をくれたのは、この部屋を出ていく直前の友梨の声だった。
「美憂、私がいない間も白雪を探して。私も父にもう一度、叔母のことを聞いてみる。何かヒントがないか外で調べてみる。お願い、約束だよ」
 そうだ。友梨に託されて、彼女ができないその分も、ひとりで頑張ろうと決めたじゃないか。折れそうになる心に、「友梨ならどうする?」と自問する。
 まだ確実な安否の分からない白雪、十七年前に学院から失踪した友梨の叔母のこと。舞台セットにつぶれて死んだ教師の安見と、手のひらを切られて自身の血を注がれた安見のものかもしれない頭蓋骨。そして、薫ら生徒会の執り行う不気味な儀式。これらの不可思議な事件をこのままにして良いと、彼女は思うだろうか。
「ううん、友梨なら逃げない。この機会を生かす」
 友梨と白雪の顔を思い浮かべると、ほんの少しだけ勇気の火が灯る。
 理由は分からないが、なぜかこの学院の「特別」に選ばれて、謎の鍵を握る可能性のある「生徒会」に近づくチャンスを得た。
 ひとりで何がどこまでできるのか分からないが、この状況を最大限に利用しよう。どんなに恐ろしくとも、謎を突き止めるその時まで息を潜め、従順な生徒を装おう。
「それが、私だけにできる役目なんだ」と、美憂は心を奮い立たせた。


(つづく)


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