【連載小説】「みつばち奇想曲(カプリース)」第二十四話
『オズの魔法使い』の舞台稽古が再開されて唯一嬉しいのは、約ひと月ぶりに白雪のルームメイトである明依に会えることだ。
友梨の停学処分は未だ解けず、白雪も戻らない。この学院で心を許せるのは、とうとう彼女だけとなった。
「明依ー! 会いたかった!」
「わ、美憂ちゃん」
中庭で台詞を練習している明依の姿を見つけて思わず抱きつくと、彼女は驚いて眼鏡を落としそうになる。
「こら、美憂ちゃん。今は星バッジをつけているのだから、もっと落ち着かないとだめよ。誰が見ているか分からないんだからね」
暫く会わぬ間に少し大人びた彼女は、美憂をベンチの隣に座らせて制服と姿勢を正させた。
「ええー、久しぶりに会えたのに、そんなこと言わないでよぉ。でも、このバッジって何で『特別』なの? クラスメイトも先生も、態度変わりすぎて怖いくらいなんだけど……」
「え? そのバッジは生徒会長の薫さまからいただいたんでしょう? それは、『次期生徒会長に推薦する』という印なのよ。生徒会長は全生徒の投票によって決まるけれど、実際はそのバッジを付けた人に皆が票を入れるから、最初から会長になることが約束されているようなものなの。薫さまの決めたことなら、誰も文句は言わないわ」
「えええーー⁉」
「まさか、知らなかった?」
「……うん」
薫の言っていた「特別」の本当の意味が、そういうことだったとは。このバッジには、金刺繡の校章のような効果があるということか。小さなバッジに込められた重い責任に、今更ながら怖気づく。
「ドロシー役が『生徒会長候補』って呼ばれてることは聞いていたけど……、私、この学院に春に入ったばっかりだよ? この学院に入る前も、普通の公立の中学生だったんだよ? それなのに、なんでいきなり生徒会長に推薦なんて話になるの? 絶対無理だよ!」
「さあ……。それは薫さまにしか分からないわ。だけど、私は美憂ちゃんが生徒会長になってくれたら嬉しいな」
「へ? なんで!?」
「だって、きっとこの学院を変えてくれるもの。白雪さんも賛成するはずよ」
「……ねえ、明依のところには、白雪から手紙は届いた? 夏休み中に、何か変わったことはない? 私、夏休みは部屋にこもったきりだったから、知らないことも多くて」
明依には何か連絡があったのではと僅かな期待を込めて尋ねてみたが、明依はすぐに首を横に振った。
「残念だけど、私のところにも白雪さんからは何も……。あ、でも、変わったことといえば、檜崎さんは夏休みの間に退学されたらしいわ」
「クララが退学? え、まさか、警察に連れていかれたの?」
「警察って? 私は彼女と同じクラスだけど、先生からは『家庭の事情』と聞いているわよ」
クララが舞台装置のスイッチを押したことで小屋が落下したことを、明依は全く知らない様子だった。あの日、安見が亡くなったことは生徒の間に一斉に知れ渡ったが、あの場所に居合わせた者以外には「不慮の事故」と認識されているに過ぎないようだ。
あのクララが自主的に退学するなど俄かに信じがたいが、人がひとり自分のせいで亡くなったと思い込めば、自分を追い詰めても仕方のないことかもしれない。白雪をいじめ、傲慢な態度の彼女を好きになろうとは思えないが、それでもあれが「彼女のせいではないかもしれない」と思うと不憫に思えてくる。
もしかしたら、クララは本当に薫から手紙を受け取っていたのではないだろうか。そして、「悪い魔女」が退治されたのは、クララのせいではなく、ドロシーのせいで……。
「美憂ちゃん、大丈夫? 顔色が悪いわよ。今日の稽古は休んだ方がいいんじゃない?」
急に黙り込んだ美憂の顔を、明依が心配そうに覗き込む。
「あ、ううん。大丈夫だよ」
「それなら良かった。今日は、檜崎さんと川瀬さんと、それから安見先生の代役の方がいらっしゃるの。良い人たちだったらいいな。前の人たちのことは好きになれなかったから、いなくなってくれて正直嬉しいの。新しい人たちと良い舞台にしようね」
眼鏡のガラスの下で瞳を輝かせながら、明依は颯爽とホールに向かって歩き出す。明依の明るいその言葉に、返事をすることはできなかった。
またひとり、この学院から少女が消えた。誰かが去って、自由を取り戻した少女は、蛹から羽化した紋白蝶のように生き生きと羽ばたき始めた。
(つづく)
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