【連載小説】「みつばち奇想曲(カプリース)」第二十二話
※今回、一部出血等の表現を含みます。苦手な方はご注意ください。
「え、え……? 薫さん……、何するんですか? やめて……、やめてください!」
不測の事態に思考が追い付かない。なぜ、薫にナイフを握らされているのだ。なぜ、周りの少女たちはそれを微笑んで見守っているのだ。薫が力を込めるほど、手のひらに冷たい刃が沈み込んでいく。
薫が「すっ」とナイフを少し横に滑らせると、その瞬間、手の内側で皮が裂けるのを感じた。そのまま、ナイフが左側にゆっくりと引き抜かれていくと、刃はじわじわと肉を浅く引き裂いて、灼けるような熱さと鋭い痛みを広げていく。やがて、握った右手の端から血液が零れ落ち、床に次々と円を描いていった。
「痛い、痛い……! 嫌だ、薫さん、離して‼ 誰か、お願い、助けて‼」
涙を流しながら叫んでも、その声を聞く者はいない。周りの少女たちは、ただ黙ってその様子を嬉しそうに見つめるだけだ。
薫がようやく手の力を緩めると、美憂の右手からナイフを全て引き抜く。美憂の血液に艶めくナイフは、沙希穂の持つ青いベルベッドの箱へと静かに戻された。
しかし、美憂がいくら怯え、むせび泣いていても、未だ薫は美憂の右手首から手を離してはいない。
「それでは、例のものを」
別の生徒会メンバーに向かって薫が目配せすると、少女は後ろの方から白く丸い物体を両手で抱えて輪に戻り、皆の中心にある丸テーブルの上に丁重に乗せた。
薫はその物体の上で美憂に拳を握らせると、再び自身の手を重ねて力を込めていく。
「もう、やめて……」
消え入りそうな声は、誰にも届かない。痺れるような手のひらの痛みも、感覚が分からなくなってくる。
「ぴちゃっ」と数回音を立てて、美憂の血液がその物体に滴り落ちた。
すると、今度は先ほどのナイフで薫が自分の手のひらに傷をつけ始める。慣れた手つきで手のひらを浅く抉ると、流れ出た血液を数滴、美憂と同じ場所に滴らせていく。
薫がそれを終えると、別の少女の手へと次々にナイフが渡り、同じように手のひらから血を流すと赤い雫を白い何かに重ねていった。
全ての少女がそれを終えた時、初めて部屋の蛍光灯が照らされた。
「きゃあああああ‼」
その瞬間、美憂は叫び声を上げると同時に腰を抜かした。
ランプの灯りだけでは良く分からなかったが、白く丸い物体の正体は、「人間の頭蓋骨」だったのだ。頭蓋骨の頭頂部や側頭部には、美憂を含めた七人の少女の真っ赤な血の跡がくっきりと残っている。
「あ……、あ……」
乾ききった喉奥から、うまく声を出すことができない。恐れ戦きながら口をぱくぱくさせていると、薫が美憂の身体を優しく抱き寄せた。
「美憂さん、おめでとう。これで、あなたも私と同じ『特別』よ。この学院を楽園にしていきましょう」
耳元でそう囁くと、薫は美憂の制服の胸元に一円玉ほどの大きさの星型のバッジを留めた。
この時、憧れだった薫の声にさえ、耳を傾けることができなかった。
初めて見る人間の頭蓋骨、注がれたばかりの血液の跡。そして、熱を持った手のひらの傷。冗談や催しと言うには、あまりにもリアルで恐ろしすぎた。
「今年のドロシーも無事に悪い魔女の退治を成し遂げました」
先ほどの薫の声が頭の中で蘇る。「悪い魔女」とは、誰のことなのか。
先週、舞台セットの小屋が直撃し、事故で亡くなった安見響子は「東の悪い魔女」だった。
「舞台裏にある装置のスイッチを押した」と吐いた檜崎クララは、「切り忘れたスイッチがあるから、ひとつだけ点灯しているスイッチを切ってほしい」という薫からの手紙を受け取ったと話した。
安見は、本当にたまたま居合わせたところに小屋が落下して死んだのだろうか。クララの言ったことは、本当に事故のショックによる虚言だったのだろうか。
今思えば、あの日の昼休みの直前、小屋は舞台の床にぴったりとくっついて、ちゃんと地上にあったのだ。それなのに、いつの間にか地上三メートルまで吊り上げられ、人もまばらな昼休みの時間に落下した。
あの日、安見は頭から血を流していた。そして、今、目の前にある頭蓋骨の後頭部には、大きく陥没した跡がある。
「──あれは、事故じゃない」
そう確信した。
薫の言う「今年のドロシーも……成し遂げた」とは、自分のせいで「東の悪い魔女」である安見が死んだということなのだろうか。
そんなことは考えたくもないが、直接手を下したわけではなくても、何か「きっかけ」になるようなことをしてしまったのでは、と思いが過る。
怪しげな儀式。頭蓋骨。微笑む美しい少女たち……。
何かしら関わっていなければ、こんな不気味なことが起こるはずはない。
きっと知らぬ間に、この恐ろしい事件に巻き込まれていたのだ。
(つづく)
🍀🐝第一話は、こちらから↓
いいなと思ったら応援しよう!
いつも応援ありがとうございます🌸
いただいたサポートは、今後の活動に役立てていきます。
現在の目標は、「小説を冊子にしてネット上で小説を読む機会の少ない方々に知ってもらう機会を作る!」ということです。
☆アイコンイラストは、秋月林檎さんの作品です。