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【連載小説】「みつばち奇想曲(カプリース)」第十六話

「え、何?」
「こんな時に、ごめんなさい。もしかしたら、本当に一時帰宅しているだけかもしれないのに、こんなに一生懸命に探してくれるお友達がいて、白雪さんのことがうらやましくて。この学院では同じ学年の女の子たちと長い時間を過ごすけれど、本気で心配してくれる友達なんて、そうそうできないわ。だから、白雪さんはとっても幸せだと思ったの」
 美憂と目を合わせて微笑む彼女は、この学院で出会った他の少女たちとは違う「本物」のそれだった。
 おどおどと何かを怖れるように話す内気な少女は、こんな素直な感情さえ隠し、目立たぬよう生きる選択をせざるを得なかったのだ。そう思うと胸が痛む一方で、クララのように自己中心的で支配的な生徒がいることにも怒りを覚える。
「よーし、明依! 『オズの魔法使い』、一緒に頑張ろう! クララなんかに絶対負けないんだから!」
「ふふ。美憂さん、ありがとう。私も勇気が湧いてきた」
 この日、白雪のルームメイト、鈴巻明依から白雪の新たな情報を得ることはできなかった。それでも、ひとりの少女から「本物」の笑顔を引き出せたことが、ほんの少しだけ誇らしかった。


「なんであの子なのよ! 生徒会は生徒の何を見ているの? どう考えても『ドロシー』役は、この私、檜崎クララのはずよ! 『ブリキの木こり』なんて、私がやれるわけないじゃない!」
「クララさまのおっしゃる通りです! 家柄も、育ちも、賢さも、全てにおいて『ドロシー』にふさわしいのはクララさまです。あの女なんて、ただの野良犬、野蛮人ですよ」
 珍しくクララが怒りをあらわにしている。奈那は慌てて彼女に風を送る扇子を素早く上下に振ると、いつも以上に称賛する声を送った。
 奈那の相棒の愛果は、『オズの魔法使い』の選考から外れたことで、クララから無視される事態に陥っていた。「クララさまの機嫌をひとりで何とかするのは荷が重すぎる」と奈那は内心焦っていたが、ここでクララに更に気に入られれば、彼女からの推薦をもらい左胸の「金刺繍」も得ることも夢ではないかもしれない。そのためには、相棒を捨ててでもこの夏のミッションをやりきらねばと、気合いを入れて彼女の世話に明け暮れていた。
「薫さまも、一昨年『ドロシー』を演じられて生徒会長になったのよ。あの女が将来の生徒会長? 考えたくもない。絶対に無理だわ。生徒会長になるべきは、誰? そう、私よ。檜崎家のひとり娘、『金刺繍』の私以外に誰がふさわしいって言うの⁉ 奈那さんもそう思うでしょう?」
「ええ! おっしゃる通りです。クララ様以外、あり得ません。あんな女、『ドロシー』役から降りればいいんです!」
 奈那がそう言うと、クララは見開いていた目を少し細めた。
「そう。……そうね。奈那さんがそこまで言うなら、そうしたらいいわ」
「え?」
 クララは突然、奈那の両手を強く握りしめ、にゅっと顔を近づける。
「あの子を『ドロシー』役から降ろして、私を『ドロシー』にしたいのでしょう? それでこそ奈那さんだわ。私、あなたのことを信じているわ」
 クララは笑顔を浮かべているが、その表情には不思議な怪しさがある。奈那は背筋に「ぞくり」とするものを感じると、「はい。クララさまのために」と小さく答えた。

 八月上旬になると、実際の舞台を使用しての稽古が始まった。
 会場となるホール「シーニュ」は、『オズの魔法使い』の上演のほか、ピアノやフルートのコンサートなども開催される、三千もの客席を備えた本格的な芸術ホールだ。数年前に改修工事を済ませたこのホールは、温かみのある木製の壁と天井で囲まれており、プロのオーケストラが演奏するような他の会場と比べてみても、空調や音の反響具合などに何の遜色もないものだ。
「や、やばい……、やっぱり無理……」
 下手しもての舞台袖では、袖に紺色の二本のラインと小さな校章がプリントされた体操着に着替えた美憂がひとり震えていた。
「美憂ちゃん、頑張って!」
 稽古の出番に備える美憂に、少し離れた場所から明依がエールを送る。美憂は振り返ると、苦笑いを彼女に返した。
 今日は、物語の冒頭部の稽古が予定されている。嵐に巻き込まれたドロシーがオズの国に飛ばされ、マンチカンたちを救い、かかし、ブリキの木こり、ライオンに出会うまでの通し稽古を夕刻までに終えるのが目標だ。
 午前中は、出演者の台詞に合わせた動線、舞台セットやライトの切り替えのきっかけなど、今日の稽古場面の全体的な流れをゆっくりと確認した。薫が話していた通り、演出を含めた全てがビデオで見たその通りに行われていき、何かを作り上げるというよりも、「ただストーリーをなぞりながら進んで行くだけ」という印象だった。
 何のことはない。これまでに明依の助けを得て、一幕の台詞はだいたい暗記することができたのだから、後は堂々と自分が演じることだけに集中すれば良いだけだ。
 しかし、やるべきことはそれだけのはずなのに、三千もの客席に誰かが座ることを想像すると、これまで経験したことのない緊張と不安に襲われてしまう。

(つづく)


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