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【連載小説】「みつばち奇想曲(カプリース)」第二十七話

 岡崎友梨は、クレール女学院大学付属病院を訪れていた。
 クレール女学院大学付属病院は、クレール女学院の幼稚舎から高等学校までが収容される山中のキャンパスから、更に車で十分ほど進んだ山頂に近い場所にある。
 辺りに民家も商店もないこの場所には、一般の患者が来院することは皆無に等しく、クレール学院関係者、とりわけ卒業生やその家族が完全個室の病室と丁寧なサービス、それに加えて日本ではまだ珍しい高度医療を受けるため、お忍びでやって来ることがほとんどだ。
 来院する者は通常、自家用車か山の麓のタクシーを足とするのだが、父に黙って家を抜け出し、手持ちの金も少ない友梨は、最寄り駅を出てすぐの場所にあるたばこ商店で自転車を借りると、二時間をかけてようやくここまで辿り着いたのだった。
 年季の入った自転車は、たばこ商店の主人の息子のものであろう。前輪の泥除け部には、油性マジックで「1-A 山辺修」と書かれていた。
「きっつい、この坂道やばすぎだよー」
 九月に入ったとはいえ、空高く昇った太陽はじりじりと肌を焼き、ヒグラシに圧倒されつつあるアブラゼミが夏惜しんで懸命に鳴き続けている。ポニーテールから零れた後れ毛も、汗と湿度のおかげで円を描くようにカールして、今日も変わらず絶好調だ。
 巨大な白い建物の前に小さな日陰を見つけると、そこに自転車を止めて、ハローキティがプリントされたタオルで流れ続ける汗を拭う。たばこ商店の脇にあった自販機で購入した二本目のスポーツ飲料は既に生ぬるい。微妙な味となったそれを一気に飲み干すと、自動ドアのガラスの向こうから流れてくる冷風を求めて病院内へと向かった。
「あの、私、クレール女学院高等部の生徒なんですけど、入院中の川瀬奈那さんの病室はどこですか?」
 総合受付で身体に沿った紺色のワンピースを着た二十代ほどの女性に声を掛けると、いぶかるような目つきでこちらを見た。
「あなた、生徒さん? もう新学期は始まっているわよね。どうしてこんな時間にここに来たの? 先生と学校の許可は得ているの?」
「あ、『外出届』は提出しているので大丈夫なんです。私、奈那さんと同じクラスで仲良しだから、夏休み中の課題のこととか相談に乗ってあげてって、先生が」
 そう言って生徒手帳を見せると女性の警戒は解けたようで、「そうなの。お友達思いなのね」と目を三日月の形に変えて微笑むと、快く奈那の入院している病棟と病室の番号を教えてくれた。
 ふたつある病棟のうち、奈那は精神科のある北棟に入院していた。北棟の入口で受付を済ませると、エレベーターで三階に上がり、一番奥にある病室へと向かう。奈那の病室の前に辿り着くと、扉を三回ノックしてからゆっくりと引き戸を開けた。
「……誰?」
 Tシャツにジーンズ、そしてカールの効いたポニーテールという友梨のカジュアルな出で立ちに、奈那はベッドの上で「こんな知り合いはいない」とばかりに怪訝な表情を浮かべる。
「私、イリスクラスの岡崎友梨。白雪の友達。といっても、今は停学中だけど」
「白雪……。あの子のことなら、私は知らないわよ。停学受けた不良となんて話したくないから、早く帰って。話すことは何もないから」
 奈那はあれから五キロほど痩せた青白い肌を隠すように、タオルケットを肩から被って寝返りを打つと、友梨に背を向けた。元々猫背だった彼女の背中は、更に丸くなったようだ。
「……クララが退学になったの、知ってる?」
 その言葉を聞くと、青色のタオルケットが「びくっ」と大きく動いた。
「……クララさまが、退学? 本当なの……?」
 奈那は上体を起こして、こちらを向く。
「そう。クラスメイトが手紙で教えてくれた。『オズの魔法使い』の舞台中に起きた事故の原因がクララのせいって言うことになって、退学になったって。表向きは、『家の事情』ってことになってるけど」
「ち、違う。クララさまのせいじゃない。絶対に違う……! 私、病院の人に学院にはそう伝えてって。そう言ったのに、なんで……!」
 奈那は声を震わせながら、友梨の目を見て必死に訴えかける。
「……奈那さんは、どうしてそう思うの?」
「そ、それは……」
「奈那さん、お願い。正直に話して。学院もこの病院も、死人が出たにも関わらず警察も呼ばないで、全てをクララのせいにして終わらせてるんだよ。そんなの、絶対おかしい。他の子は分からないけど、少なくとも私はこのままじゃいけないって思ってる。クララのせいじゃないなら、潔白を証明しなきゃ。私、証拠を集めて、警察に通報したいの」
「そんなことをしても無駄よ。……これまで学院で何人が消えていると思ってるの? 今回みたいに誰かが死ぬなんて稀だけど、でも、これまでも原因の分からない事故はあった。いつの間にかいなくなっている生徒もいた。その真相を知ろうなんてしたら、今度はどんなことが起こるのか……」
「だからこそ、だよ。こんな恐ろしいこと、繰り返しちゃいけない。いつまでも怯えて過ごす学生生活なんて、誰も楽しめないでしょう?」
「でも……」
「お願い、奈那さん。……クララのためにも」
 奈那にゆっくりと近寄ると、骨ばった彼女の両手を取って強く握る。
 奈那は目に溜まった涙を流すと、「クララさまのために」と呟いて一度だけ深く頷いた。


(つづく)


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