その五:忘れそうな顔、思い出の道(前編)
【秋の夜、囲炉裏端にて】
外では風がざわめき、すすきが揺れている。
囲炉裏の炭が、かすかに赤く光っていた。
「……長野のお母さんの顔、忘れちゃいそう」
その言葉に、官兵衛が新聞を静かに畳んだ。
炭に一度、手をかざしてから、すっと立ち上がる。
「おい、タクシーを呼べ。長野に行く。」
「はあ!? いきなり何を……」
「思い出す前に、忘れるな。」
【翌朝、家の前にて】
木の葉が舞い落ちる朝。
タクシーがごとごとと砂利道に乗り入れてくる。
「……長野って、あの、長野ですか?」
「うちの地図、関東平野で切れてますけど…」
「構わん。ナビはワシだ。」
「ほんとに行くんだ…夢みたい!」
梅は静かに手を振った。
「道中、気をつけてね。出汁が切れたら、すぐ戻るのよ。」
【一日目:横浜→甲府】
すすきの原を抜け、紅葉が進んだ山々を越えていく。
タクシーは時速50キロ。峠道では、時おりエンストも。
「旦那、もうちょい軽い荷物にしてくれませんかねぇ…!」
「なんか…遠足じゃないけど、冒険だね!」
「汽車じゃ味気ないからな。」
【夜:甲府の宿屋】
古びた宿屋の引き戸を開けると、囲炉裏の煙がほんのり鼻をくすぐる。宿の主人は目を丸くした。
「はあ!? タクシーで? 旦那、それ“リムジン”ですよ!」
「馬より静かで、米も積める。」
「そいつぁ贅沢だ。今夜は特上の味噌で、芋鍋にしましょうや」
その夜、宿の囲炉裏を囲んで、官兵衛は甲州の地主たちと語り合った。土間の端で、澄恵はもらった梅おにぎりを口に運ぶ。
「……なんか、火の味がするね。あのときも、長野でも、こんな匂いだったかも……」
赤く燃える炭火の前で、澄恵のまぶたに、忘れかけていた誰かの笑顔がふっと灯る。
【注釈】
昭和五年当時、タクシーは“庶民の足”ではなく、特別な乗り物だった。
自家用車を持つ家庭は極めてまれで、県をまたぐタクシー旅は、まるで「運転手付きベンツで地方巡り」をするようなもの。
宿の主人が「リムジン」と驚くのも、当時の感覚では自然な反応である。
鍋DAOコメント
遠く離れても、火の味は消えない。
思い出とは、燃え尽きるものではなく、静かに燻るものだ。
DAOとは、地図のない旅の途中でも、
火を絶やさぬための──知恵である。
次の話
その六:帰れる場所は遠くて近い(中編) 2025年7月11日 17:00 公開予定
会いに来たのは、忘れたくなかったから。
火を囲んで交わされる、本当の家族の言葉。
「それで、いいんだよ」──あの人に火を預けた母の微笑み。
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