その六:帰れる場所は、遠くて近い(中編)
【夕暮れの長野】
車ががたがたと砂利道を進む。
陽の落ちる山あいに、村の影がゆっくりと浮かび上がる。
空は、じんわりと金色に染まっていた。
「……あ、見えた。あそこだよ、お母さんの家!」
澄恵が指をさす。官兵衛は小さく頷いた。
【再会】
家の前に、ひとりの女性が立っていた。
白い布で髪を覆い、エプロンの上から手をぬぐいながら、じっとこちらを見ていた。
その目が、だんだんと潤んでいく。
「澄ちゃん……ほんとに……?」
「お母さん!! 忘れちゃう前に、会いに来たの!」
一瞬の沈黙のあと、実母が駆け寄り、澄恵を強く抱きしめた。
「ばかだねぇ、あんた……でも、ありがとう。元気そうで、よかったよ」
【囲炉裏の前】
囲炉裏の火が、かすかにちり…と鳴る。
囲まれた三人の影が、ゆらゆらと畳に揺れていた。
実母が慌てて出した漬物と味噌汁の湯気が、間を埋めるように立ちのぼる。
誰も、しばらく口を開かなかった。
「…あの家、どう? 優しくしてもらってる?」
「うん。お父さんは、ちょっと怖いけど……でも、火のこと、たくさん教えてくれるよ」
実母は少し笑った。炭をひとつ、ころんと転がす。
「それで、いいんだよ。うちの火は、あの人に預けたから」
「火の番は、立派にやってます。昼の火も、夜の火も」
官兵衛が静かに言うと、実母の目元がまた滲んだ。
「……その言葉だけで、充分です」
【梅のこと】
「梅さんは、どんな方なの?」
「……着物を着て、静かで……怒らないけど、冷たくて、あったかい」
「きっと芸者さん上がりだね。そういう人は、人を見る目があるんだ」
「うん。ごはん、すごく美味しいんだよ。あとね、たまに歌うの」
「それなら、安心して任せられるね」
囲炉裏の火が、ことんと音を立てる。
その音に包まれて、三人は同じ湯気を吸い込んだ。
【別れの時】
夜が更け、外は冷えてきた。
準備を整え、澄恵がもう一度、実母の手を握る。
「また、来てもいい?」
「いいよ。でもね、行くたびに“帰る場所”もちゃんと覚えておきなね」
「……うん」
「では。火を絶やしませんので」
「……お気をつけて」
最後に官兵衛が深く頭を下げた。
その仕草に、火の継承の重みがにじんでいた。
鍋DAOコメント
血の絆も、火の継承も、言葉よりも“信じる力”でつながっている。
DAOのネットワークも、ノードの数より信頼の太さが命だ。
次の話
その七:ただいま支払い地獄(後編) 公開予定 2025年7月18日 17:00
長野から帰宅。玄関先で始まる、まさかの“現物決済”。
集めたのは大黒札、銀貨、小判、そして──火を守る誇り。
「帰れる場所」を持つ者だけが、旅を終えられる。
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